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2019年上半期の未公開映画ベスト5

 2019年上半期は100本ほど観ることができましたが、その中から面白かった5本を紹介します。

5.Keep Smiling (ジョージア)

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 「低所得で子供が3人以上いる母親限定」の美人コンテストに参加した10人の女性。優勝すればアパートと賞金を獲得できるとの触れ込みで、それぞれに複雑な家庭事情を抱えた女性たちは互いに競い合いますが、実は彼女たちの不幸を見世物にする茶番でした。それに気づいた女性たちが取った行動は……。

 途中までは「女たちの仁義なき戦い」という感じでテンポよく楽しく見ることができますが、中盤からがらっと様相が変わります。経済的に豊かとは言えないジョージアの状況、社会の中での女性の立場、それに対してどう抗っていけばいいのか。

 ジョージアは東西交易の要衝として度重なる侵略を受けながらも、ジョージア正教会を中心とした独自の文化を貫いてきた国です。近年は反露・親EU政策を明確にしており、2009年に呼称がグルジア(露語読み)からジョージアに変更されたのもこの現れでした。近年のジョージア映画は信仰がテーマになっているものが多い印象です。1991年の独立以降ジョージア正教会が息を吹き返し、信仰の力強さを取り戻した一方、複雑な民族構成から人口の10%がイスラム教徒とも言われ、地政学的に不安定な状況が続いています。

 日本ではジョージア映画への注目度が近年にわかに高まっています。2018年2月には巨匠テンギス・アブラゼ監督の「祈り 三部作」が上映され、10月には新旧のジョージア映画20本を特集上映する「ジョージア映画祭」が開催されました。今年8月には『聖なる泉の少女』(旧邦題『泉の少女ナーメ』)の公開が控えています。

Keep Smiling(2012)
გაצלןმმთ
監督:ルスダン・チコニア Rusudan Chkonia
製作国:ジョージア、フランス、ルクセンブルグ
2012年アカデミー外国語映画賞 ジョージア代表
ヴェネツィア国際映画祭ヴェニス・デイズ コンペティション部門
モンペリエ地中海国際映画祭 コンペティション部門

4.SGaawaay K'uuna (カナダ)

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 SGaawaay K'uuna。いったい何語か見当もつきませんよね。これは「ハイダ語」で作られた史上初の長編映画なんです。

 ハイダ語とはカナダのハイダ・グワイに住むハイダ族の固有言語です。他のどの言語とも似ていない孤立言語で、現在では母語話者が数十人しかおらず、UNESCOの消滅危険度評価では「極めて深刻」にランクされています。

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 ハイダ・グワイ(ハイダ語で「我々の島」、旧名クイーンシャーロット諸島)はこのあたり。

 物語は19世紀のハイダ・グワイを舞台にし、海難事故で自分だけ生き残った若い男が狂気に陥って熱帯雨林に逃げ込みGaagiixiid(野生人)になるという古い伝説をベースにしています。主演のTyler Yorkは本職は木彫り職人ですが、鬼気迫る演技を見せていました。

 撮影はハイダ・グワイの人たちを中心に行われましたが、ハイダ語を話せなくなっている人も多く、5週間にわたる言語トレーニングが行われました。出演者の一人で73歳のSphenia Jonesは10代の頃からほとんどハイダ語を話す機会がなく、「久しぶりに大声でハイダ語を話せて楽しかった」と語っています。文化人類学的に重要な試みであるとともに、豊かな森と海を舞台にした色彩感覚も鋭く、劇映画としても非常に高いクオリティを保っていました。

Edge of the Knife (2018)
SGaawaay K'uuna
監督:グワイ・エデンショー、ヘレン・ハイグ=ブラウン Gwaai Edenshaw, Helen Haig-Brown
製作国:カナダ
Leo Awards 作品賞、監督賞、編集賞受賞
トロント国際映画祭 ディスカバリー部門出品
バンクーバー国際映画祭 最優秀ブリティッシュ・コロンビア映画、最優秀長編カナダ映画賞、カナダ映画観客賞受賞
バンクーバー映画批評家協会賞 カナダ作品部門作品賞

3.White Rabbit (米)

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 『イエスマン』や『SEX AND THE CITY』などに出演している韓国系アメリカ人女優であり、現代アートのパフォーマーでもあるVivian Bangが主演を務めた作品です。1992年のLA暴動について韓国系の視点から描いた彼女のアート作品「Can You Hear Me / L.A. 92,」に感銘を受けた監督が、彼女の生き様に着想を得て製作しました。

 舞台は現代のロサンゼルス。多くの移民が住むこの地域で、一人の韓国系アメリカ人としてアイデンティティの揺らぎに直面しながら、奇妙な路上パフォーマンスを繰り返す女性の物語です。コメディ映画でありながらVivian Bangの半自伝であり半ドキュメンタリーでもある不思議な作品です。

 個人的な日常を丹念に描きつつ、その裏側にある社会の問題点を想像させる。これが映画が普遍性を獲得するにあたって最も大切なことだと考えていますが、本作は「LAに住むひとりの中年女性の生活」の話から多くのテーマを想起させる良作でした。

White Rabbit(2018)
監督:ダリル・ウェイン Daryl Wein
製作国:アメリカ
サンダンス映画祭 上映
トロントLGBT映画祭 上映
バンクーバークィア映画祭 上映

2.Juntos (メキシコ)

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 きましたニコラス・ペレダ! いま世界で最もアツい監督の一人です。といっても「誰?」という感じだと思いますが……。

 ニコラス・ペレダは1982年メキシコ生まれ。メキシコとカナダのハーフで、トロントのヨーク大学で映画を学び、ほぼすべての作品をメキシコで撮影しています。彼の作品はヴェネツィア、ロッテルダム、トロントなど世界各国の映画祭で上映され、韓国の全州映画祭で特集上映が組まれるなど注目を集めています。そのテーマは「メキシコ社会における階級、文化、社会構造、メキシコ人の家族関係へのこだわり」と評されています。

 彼のスタイルは最近話題の言葉「スローシネマ」に分類されるでしょう。抑揚を削ぎ落とした物語、ロングショットの多用、ミニマルな会話、ゆったりとしたリズム……そういった映画が2010年頃から世界各地で同時多発的に現れ、評論家はそれらを「スローシネマ」の言葉でくくっています(そういう流派やグループがあるわけではありません)。近年のテンポばかりを追い求める映画に対するアンチテーゼとしての反応なのでしょう。

 その中でもニコラス・ペレダは異色であり孤高です。「Juntos」で主演しているのは親友ガビーノ・ロドリゲス。一度見たら忘れられない、いい感じにしゃくれた男です。彼の顔は毎回ニコラス・ペレダ作品に絶妙な味わいをもたらしてくれています。

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 彼の初~中期の映画に登場するのは実際の友人たちで、展開されるのは他愛のない話ばかり。「冷蔵庫が壊れてるの」「ほんとに?」「ほら中で何か鳴ってる」「上の階のボイラーじゃないの?」延々と繰り返される会話。

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 ニコラス・ペレダが優れているのはその時間感覚です。あるときは2人で会話もなくタバコを吸っているシーンを5分間見せたかと思えば、あるときは大胆に時間経過を省略します。今まで映画がすくい上げてこなかった日常の時間の流れ、その中にこそ人生の真に面白い機微がある。そのテンポは一度見たらやみつきになります。

「Juntos」、監督本人が全編アップロードしていました。

 日本でも(調べた限りでは)一回だけ、岡山県の宇野港芸術映画祭で短編『土への取材』 Interview With the Earth (Entrevista con la tierra)が上映されたことがあります。大地の音を収集する試みからかつてそこにいたはずの死者を想起させる、ドキュメンタリーと再現映像が融合した作品でした。

Juntos(2009)
監督:ニコラス・ペレダ Nicolás Pereda
製作国:メキシコ、カナダ

1.Pity (ギリシャ)

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 『ロブスター』で突如としてアカデミー脚本賞にノミネートされ、『聖なる鹿殺し』でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞し、文字通り世界を震撼させた「ギリシャの恐るべき脚本家」エフティミス・フィリップ。彼の脚本を映画化した監督は今まで3人だけ。ヨルゴス・ランティモス、アティナ・ラヒル・ツァンガリ、そして本作のバビス・マクリディスです。

 バビス・マクリディスは広告業界出身で、2005年のアテネ短編映画祭に出品した『The Last Fakir』で新人賞を受賞、2012年にエフティミス・フィリップと組んで40代の人生に迷う主人公を描いた『L』で長編デビューしました。

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 妻は事故で昏睡状態、周りから「憐れまれている状態の快感」が心の支えになっていた男。 ところが妻が回復してしまい……

 というたった2行のあらすじからそこはかとない怖さが漂ってきます。いい人でありたい、いい人だと思われたい、いい父親でありたい、いい社会的立場でありたい、そんな人間の当たり前の感情を掘り下げ、これでもかと残酷にえぐりだす。「同情」という心の支えを失った彼は予想もつかない行動をすることになりますが、それはけして荒唐無稽ではなく、人々の心に潜んでいるのかもしれません。

 非常に後味が悪い映画であることは間違いないのですが、それを違和感なく見せているのが独特のコメディタッチと音楽の使い方です。特に大音量で突然鳴らされる音楽は感情の起伏を効果的に表現しつつ余韻を残します。隅々までセンスの行き届いた怪作です。

Pity (2018)
監督:バビス・マクリディス  Babis Makridis
製作国:ギリシャ、ポーランド
サンダンス映画祭 ワールドシネマ部門 上映
ヘレニック・フィルム・アカデミー アワード 作品賞
香港国際映画祭 上映
ロッテルダム映画祭 上映


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