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なんてことない 日記 - 今日もどこかで赤とんぼのメロディが聴こえる(後編)

昨日の続きですが うちの子は赤とんぼの詩(歌詞)に色々思うところがあったそうです、




子供「15歳でお姉ちゃんがお嫁に行って、この子にお手紙くれへんようになったん? 👧 」

十五でねえやは 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

赤とんぼ(3番) / 三木露風

私「ねえやのことやな、この詩の場合のねえやは子守のお姉さんやからこの子の実のお姉ちゃんやないんよ。メイドさんみたいなもんやね 👩 」

子供「15歳でお嫁に行けるもんなん? 👧 」

私「日本の 現在の法律では結婚できる年齢が男女ともに18才の成人 からやけど、この歌が生まれたんは大正時代、とはいえ作詩の三木露風が見た赤とんぼであるアキアカネや幼い頃の思い出を描いているから ベースは明治時代 やね。

明治時代は女の子は15歳で結婚できたらしいで、15歳なんて母ちゃんから見たらめっちゃかわいい子供やな 👩 」


子供「15歳で結婚は早すぎてイヤやわ 👧 」

私「しかもこの時代の女の子の就学率はめっちゃ低くて学校に通わして貰えんかってん。現にこのねえやは15歳より手前でこの子を負っていた、つまりおんぶしていたから学校どころやなかったやろうな。

義務教育ってホンマ有り難いことなんよな〜 👩 」


娘を育てている一人の親としては、このねえやを何とも切なく思います。それは現代人の感覚なのでこの時代と背景が異なるじゃないか、と言われたらそれまでなんですけど。

私「このお里の便りには諸説があって、一般的によく推測されているのはお嫁に行ったねえやからのお手紙。

そしてもう一つはこの詩を作詩した三木露風のお母さんからのお手紙説やねん、それというのも三木露風が幼い頃に両親が離婚しはったからお母ちゃんはお里の実家に帰ったんやて。

せやからねえやがお母ちゃんの代わりにおんぶしてくれて、夕焼け空の下 アキアカネ見てたんかな。

よって寂しいけど、お母ちゃんからのお手紙が来なくなった説 👩 」

子供「離れて暮らすお母さんから手紙が届かなくなるなんて、悲しすぎるわ〜 👧 」

私「そしてさっき見つけた面白い説が お里がねえやの名前だったらいいのに説、同志社女子大学の先生のコラムやねん。

もし ねえやの名前がお里ちゃんやったら、お母ちゃんからお手紙が届かへん… っていう寂しい説はなかったことになる やん? 👩 」


子供「ウチはねえやからのお手紙やと思ってた、何で お手紙が来んようになったかは 実はねえやが死んじゃったから 届かなくなったんかな っていう理由かも…って 👧 」

私「うわーっ、そんなん悲しすぎるゥ! 👩💦 」

子供「可哀想やから ねえやからのお手紙、ウチが考えたるわ。

“坊っちゃん、お元気ですか? ねえやは元気ですよ。

今 ねえやのお腹には赤ちゃんが居ます、赤ちゃんが生まれたらますます忙しくなって坊っちゃんにお手紙が書きにくくなるかもしれません。ごめんね。

でもねえやは元気に暮らしてるから心配しないでね。

またいつかお手紙書きます、それじゃ〜ね〜 🤗 ” 

お里より 👧 」

私「最高やん!お里ちゃんからのそのお手紙 👩 」

子供「これやったら坊っちゃんも寂しくないもんな 👧 」

お里(仮名)死亡説を考えた人と同一人物とは思えんくらい、ハッピーで前向きなお手紙やで 🤩




そんなこんなで私達の心に染み入る赤とんぼの歌、染み入りすぎてこんな面白い記事を見つけました。


なんと、作曲担当の山田耕筰 曰く

「幼き頃夕焼けの中ねえやに背負われて飛び回る赤とんぼ見ました、優しかったねえやは私の初恋の人 でした。桑の実を小籠いっぱい摘んだのはよい思い出です…

皆さんも同じような経験があるでしょう?上手に歌わなくてもよいのです、同じ気持ちで歌ってください。」

解説したという文章が『日本童謡全集』の中にあって、オラ おどれーたぞ。

え、作詩したのは三木露風… 🤯


これは この年代あるある なんでしょうか。それとも三木露風に話を聞いて、※ 三木さんから聞いた話です と前もって説明したのに インタビュアーが付け加えるのを忘れたのでしょうか?(今やったら大炎上やで!)

それともこの心染み入る詩を見ているうちに、幻のお里ちゃん(仮名)との思い出が脳内で作り出されたのでしょうか…


真相は夕闇の中、あの頃のアキアカネだけは知っていると信じたいです。




オマケ:

私「Tちゃん、赤とんぼの歌、3番 歌える? 👩 」

夫「知らん。赤とんぼの歌自体 何やったかなレベルやのに、何で3番限定なん? 👨 」

私「十五ーで ねえやーはー 嫁に行ーきー ♪ 👩 」

夫「1番しか知らんわ 👨 」

私「明治時代の女の子は15歳で結婚できたんや、きっとこのねえやのお里ちゃん(仮名)は働き詰めでもしかしたら長生きしてへんかったかもな。明治時代女性の平均寿命44歳やし… 👩 」

夫「ヒェ~ 👨 」


それにしてもうちの夫は ジェンガ といい、赤とんぼといい 昔の歌にめっきり弱いんですよ。私が古い人間なのか !? その答えはやっぱり 夕闇の中、あの頃のアキアカネだけは知っていると思います。


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