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成功する日本企業には「共通の本質」がある ダイナミック・ケイパビリティの経営学 菊澤研宗|経営ノート

すごくスッキリ、好き


取引コストと不条理

理論とは言えない議論は置いておいて、今個人的に最も研究したいのが、ダイナミック・ケイパビリティ理論である。このダイナミック・ケイパビリティこそ、不確実性の高い世の中を生き抜くすべだと考えている。

ちょっと脱線。本を読んでいると、ごくまれに目の前の霧が晴れたように「そういうことだったのかっ!」となることがある。自分がモヤモヤしていることを、賢い人はとっくに解明しているということに気付かされる体験である。

今回、菊澤教授の本を読んで、この体験をした。ダイナミック・ケイパビリティの話ではない。取引コストと不条理の話である。「なぜ企業の不祥事や不正は起きるのか?」を菊澤教授が取引コストと不条理の話で説明をしてくれたら、私の長年のモヤモヤはスーッとなくなった。

この取引コストの存在を考慮しつつ、個々人が損得計算して行動すると、組織は不条理に陥るというメカニズムを理解する必要がある。

「ダイナミック・ケイパビリティの経営学」菊澤研宗

現場で起こっていることを俯瞰してみると、そこには高い取引コストがあって、それゆえに合理的に失敗するという不条理に陥っている。それ、よくわかります、本当にその通りだ。「参謀の思考法」の時に触れたモヤモヤが、なくなった瞬間である。


ダイナミック・ケイパビリティとは

さて、本題。ダイナミック・ケイパビリティとは、既存の知識・人・資産およびオーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)を再構成・再配置・再編成する能力である。一言で言うと「変化対応的な自己変革能力」

個人的にダイナミック・ケイパビリティを理解する時は、4つの単語を軸にしている。以下4つである。

  1. Sensing 感知

  2. Seizing 捕捉

  3. Orchestration 編成

  4. Transforming 変容

※一般的にダイナミック・ケイパビリティは、この中の3つの能力に区分される。感知能力、捕捉能力、そして変容能力。

この4つの単語を覚えておくと、ダイナミック・ケイパビリティへの理解が深まる。環境の変化を「感知」し、機会を「捕捉」し、既存の資産・資源を「編成(再構成)」し、自己を「変容」させる能力=ダイナミック・ケイパビリティである。

別に難しい話ではない。例えば転職をする時のことを考えてみる。

働いていると、環境の変化を感知する。テクノロジーの進歩によって働き方も大きく変わっている時代において、古い働き方をしている自らの環境に「ギャップがある(これはマズイ)」といったような感知

そうした時に外の世界に目を向けていると、同職種や今までと違った職種ながらチャレンジができる転職の機会を捕捉できる。そして、今までのキャリアの棚卸しをして、専門的なスキルであったりポータブルスキルを転職希望先に合わせて再構築

最後にWill(したいこと)Can(できること)Must(すべきこと)の重なりを加味しながら、希望する転職先に身を置く(変容)。何も特別なことはない。環境が変化をすれば、自らも変わるというだけのこと。

ただし、学ぼうとせず環境の変化になかなか気付けない、所属する会社に依存し過ぎていて外に目を向けずに機会を捕捉できない、キャリアも会社にぶら下がっているので自律的なキャリアデザインができない。自分は何ができて、どこに貢献できて、何で憶えられているのかがわからないので再構築できない。そういう理由で自己変革能力を失っていることはある。

そうなると、今のまま何もしないほうが合理的という結論になってしまう。この行きつく先が、既存のパラダイムに固執をして合理的に失敗をするという状態である。


賛同反論

この本はありがたい本だが、菊澤教授の考えに賛同できる点と賛同できない点が、それぞれ1つあった。

賛同できる点は、株主利益最大化が日本企業の不条理を招いたという点。そして、株主利益よりも付加価値最大化にシフトすべしという助言。これは本当にそうだと思う。

一方、賛同できない点は、日本型企業組織が強いダイナミック・ケイパビリティをもつ柔軟な組織だという点。就職超氷河期を経験して2002年から働いている私が見てきた大半の日本企業は、オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)を強める経営しかしていないと考えている。菊澤教授が指摘している下記のような企業が、日本企業の現実だと考えている。

米国流の株主主権論のもとに、オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)によって業務・管理・ガバナンスを正しく行って効率化し、まじめにコスト・カットして利益を最大化するような経営(「知の深化」のみを行う経営)を行うべきではない。

「ダイナミック・ケイパビリティの経営学」菊澤研宗

日本人は真面目なので、オーディナリー・ケイパビリティを絶え間ない努力で磨いてきた。そして、真面目すぎて周囲の環境に過剰に適応しようとしてきた。もうそれは、誤った適応でしかない。それが現実である。ゆえに今の日本企業が強いダイナミック・ケイパビリティをもつ柔軟な組織だとは思えない。日本型企業組織≠日本企業なのかもしれないが。


ダイナミック・ケイパビリティは経営者個人の能力(私見)

ダイナミック・ケイパビリティは、経営者(ある程度少数の個人)の能力なのか、それとも組織能力なのかという議論がある。私は、ダイナミック・ケイパビリティは経営者能力に限定してよいと考えている。

理想は、組織能力としてダイナミック・ケイパビリティが埋め込まれていたほうがよい。そちらのほうが、持続可能な組織になる。ただし、現実問題として組織の再構成と変容(Orchestration & Transforming)を実現できるのは、一部の人間に限られる。

感知と捕捉(Sensing & Seizing)は、組織のルーティーンとして埋め込める。場合によっては、最前線の現場が一番敏感に感知できる。機会も捕捉できる。しかし、既存の知識や資産・資源を広く見渡せていて高い視座で指揮をできる立場は決まっている。経営者だ。

ある程度の不条理であれば回避できるのも、経営者だ。あらゆる経営資源に対して、最終的な責任をもつのは誰か。経営者だ。経営者1人でなく、経営層(役員含む)と言ってもよい。とにかくダイナミック・ケイパビリティは、最高責任者と言われる人に限定した能力と考えるのが現実に即していると考えている。

とはいえ、まだまだダイナミック・ケイパビリティ理論に関してはわからないことが多すぎる。ダイナミック・ケイパビリティの創始者ともいうべきティース教授の著書も読んでいるが、やっぱりわからない。

菊澤教授はダイナミック・ケイパビリティによって不条理は回避される可能性があると論じている。個人的にはそれ以上の可能性もあると考えている。もっと理解を深めたいと思わせる、それがダイナミック・ケイパビリティ理論だ。

環境変化に適応するこの能力によって、既存の資源を再構成・再利用して得られる付加価値の増加が、その変革に伴う取引コストよりも大きいならば、パラダイム変革が起こり、不条理は回避されることになる。

「ダイナミック・ケイパビリティの経営学」菊澤研宗


When confrontation is necessary, don't shy away from it. Confrontation is often necessary to achieve progress.

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