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可憐に咲く花から気づく``美の定義``

週末、結婚式に参列した。
嬉しそうな従兄弟を見て、私は小さな頃の彼の姿が重なり、心がほっこりと温まった。結婚式って愛に溢れていて胸が一杯になる。
その結婚式で、素敵なダリアの花束をいただいた。
今、目の前に可憐に美しく咲き誇る、
そのダリアを見て感じた。

美しさとは・・・

まず大前提として、美の定義は、人それぞれ異なる、比べる事ができない主観的なもの。

風が吹き柔らかく透き通るシフォンの布がフワッと上がる時とか、
夕方のマジックアワー、光の線が道端の雑草に当たるその煌めきとか、
丁寧に手作業で作られたものが朽ちていくその移ろいとか、
愛し合うふたりの姿とか。
そう、私は、儚さに美を感じる。

その瞬間しかないものや経年劣化に哀愁を感じ、美しさを見出す。

そしてもう一つは、強さ。
その強さとは、内面から湧き出るしなやかなポリシー。
人生を生き抜く賢さもプラスオンしたい。

綺麗美しいは、同義語のようだが、私の中では明確に異なる。
美しさにはそのものが持つストーリーがある

今、書きながら感じたのだけど、そう意味でいうと、美しさの定義として、
内面的な成熟度の高さを美とするヨーロッパの感性がしっくり来る。
生まれながらにして美しいのではない、自らの個性を受け入れて、その経験と選択と共に美しさは宿るもの。

私は、周りにある全てのものが美しいと感じる。
それは、美しいものと共にありたいと思うから。
ものだけじゃない、美しい感情や思考と共にありたいと思う。もちろん、自分自身も常に美しい人生を創り上げたいと思う。
なので、ありとあらゆることに対し、取捨選択は常にする。
その選択の責任は自分自身で取る。

思い起こせば、私は幼少期から美しいものが好きだった。
でも、その美しいものの定義は年々変化をしていき、
今ようやく自分がどんな人間で、何が好きで何が不得意で、どんなことに喜ぶのか、ピュアに明確に感じることができるようになった上で、美しさを感じるステージにいる気がする。
ナチュラルに自然体で心が喜ぶことを常に選択する。
そもそも、美しくあるにも、美しさを受け取るにも余裕と知性を持ちたい。
だから自分を日々アプデすることはマストだ。

私は、自分自身に魔法をかける方法は無限にあると思うのです。
その魔法を見つけることが美しさへの歩みなのではないかと思う。

今日も、noteを読んでいただきありがとうございます。
今週もよき時間を過ごしましょ〜♪

<お知らせ>
2019.7.13-14 ``TAKUHI``焚き火CAMPイベントを相模原でします。興味がある方はぜひ一緒に燻されませんか??7月の星空とのコラボです。ロマンがいっぱい♪私も今から楽しみです!

Kaori

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Kaori Ide

愛玩動物飼養管理⼠ DOGLifeShopを10年間経営の後、ITベンチャー企業にPR/IR参画。2019年5月から⽝との暮らしから⽣まれるハピネスをより多くの⽅に周知し、⽝と⼈のより良い未来の形を⽬指しチャレンジ中!https://www.enkara.jp/
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