男の子を育てるということ

先日友だちに言われた言葉がある。

「女の子は生まれながらにして母性を持ち女性だけど、男の子は男の子として育てないと男性にはならないんだって」

※LGBTとはまた別軸、身体的性別やsexualityと内面がフィットするのが当たり前(例:見た目が男の子だから男の子)っていう考えに対して私には理解不能で、外見はただのハコやハードにしか過ぎず、内面が総てを司り、内側が女の子なら女の子、男の子なら男の子だと個人的には考えるため、ここでいう男の子、女の子の定義については性自認ということも補足します。(QIXジェンダーなどのQueerはさらに補足が必要かも)話が逸れるけど、Queerが決してマイノリティーだと思ってない。

なるほど。
成長をした先に、自然と男性になると思っていた私には驚愕の事実。
この話は、生物的にという話ではなく、精神的にということだと思うのだけど。でもなんというか、妙に納得した。

よく言われるように、男の子にとって段階別に最も大きな影響を与える存在としてこのようなことが言われている。

⑴ 誕生~6歳まで …… 母親(もしくはそれに変わる人物)
⑵ 6歳~14歳まで …… 父親(もしくはそれに変わる人物)
⑶ 14歳~成人まで  …… 信頼できる親以外の同性の大人

男の子をシングルマザーで育てている私は、6歳からの子育てに悩んだ理由がこれを見るとよく分かる。
私は、父親にはなれない。
彼は、父親に近しい存在が欲しかったのだ。(今はその問題もだいぶ解決しているので過去形にしておきます)

弟や友人たち、習い事の先生や学童など、近しい男性性を持った人が
彼に「男性の姿」を教えてくれたことを今になるとありがたいと思うし、
彼を見るとたまにいろんな人の面影を感じることがあるからなんだかちょっと面白くて、生まれながらにして性格が築かれている訳でもなく、後天的に作られていくっていう話をいつも思い出す。

シングルマザーでなければ、この時期、同居する父親が最も影響を与える人になるわけだけど、母子家庭で育つ男の子は父親に変わる人物を探す。
彼は、まさに今その真っ只中で、憧れの男性をいつも心に描き目指している気がする。

男の子を男性として育てるために、その視点で私がしていることは実は結構あったことに今になって気がつく。
(ちなみに今の所、性別は男だと本人が言っているので男性を目指してる。もし、自己申告で女の子だって言われたら、迷うことなく女の子として育てるし女性を目指す、そこにはなんの迷いもない。)

その1つが、リスク教育を学べるアウトドア教室。
禁止をしない。少年期にいかに身体・精神において根っこ部分を作れるかを研究し心身ともに鍛え教えてくれているところ。
その一環で毎週末、登山やアウトドア経験をしている彼だけどもちろん平日もロープワークなど実践的なカリキュラムをこなしつつ
縦割り教育として未就学児〜小学生と過ごすことで大きな経験をさせていただいている。
逃げることのできない環境下で考える力、生きる力を身につけることができる。本当に素晴らしい教育に彼は6年間所属した。
運営している皆さんにはただただ感謝しかない。

他には、8歳位から私は彼の前で「何にもできないちょっと手のかかるふわっとした女性」でいる笑(これすっごくおすすめw)
それによって彼の心の中には「自分が守らないと!」というヒーロー魂が芽生え、小学6年生になった今となってはまるでナイトのような息子になった笑
つい先日も、メディアがあまりにも忙しくてしんどさが顔に出ていたのだろう、、、ソファーで横になっている私に、一言も言わずに私が大好きなディズニーの古いシンデレラの映画を流してくれた。
「シンデレラ〜〜〜♪」とオープニングを見ただけで泣けた、、笑
他にも心の琴線に触れることをしてくれる。
とにかく私が好きなことに興味が高くてリサーチ力がハンパない。
こんな小さな男の子でも、大好きな人に笑顔になってもらいたいと相手が何を望むのか考え行動できるようになった。

様々な経験や体験を通じて、彼は``与えること``が自主的にできるようになった。なぜなら、与えたことで相手が笑顔になることが何より自分にとって幸せだから。

私にできることなんて本当に何もない。働いて生活を整えるのみ。
ただ1つだけ、彼には、自分の力を信じる気持ちをいつでも伝えてきたつもり。
生活にユーモアも欠かすことはなかった。
スペシャルなことはあまりせずに、ただそこにある日常を大切にしてきた。(以前話したことがあったけど、今も変わらず二人で映画を見る日常は続いてる)

先日、Facebookのタイムラインにこんな言葉たちが流れてきた。

「男は女性の笑顔を見るために生きてる」

男性は「自分」のために生きるとうまくいかない。
「他人」のために生きるとうまくいく。
男性は自分のために生きると、支配が強くなりやすく、エゴが暴走しやすい。
なぜなら、男性は「力」を「認められたい」から。
男性は、認められたいから、「挫折」「失敗」を怖れる。
認められたいから、力ある人を見て「競走」する。
男性が他人のために生きると、「力」で他人を笑顔にできる喜びを知る。
本質は「ヒーロー」。

これを見たときに、改めていずれ男性になる男の子を育てる大人として大切なことを思い出した。
私は、自他共に認めるフラットな思考の人間だ。
だから性差で何かを強要することは人一倍嫌だ。
でも、性別っていうものはあったほうが安心すると思っている。

その前提があった上でお伝えすると、私は男の子を授かったので、何かを守ることや喜ばせることができる、ベクトルが自分ではなく外に向いているそんな寛大な思考を持った親切な男性を社会の中に育てたいのだとそう思う。

それにはまず、少年期となる今、愛されている・認められている感情を常に感じることが大切だと信じ実践してきた。
(補足すると愛情の伝え方はキャラ弁とかではない、登山をする彼のお弁当は真っ茶色のハイカロリー弁w)

彼は、今日まで何かのスキルを特化して伸ばしてこなかった。
やり方を教えてもらって工夫して習得することは、もう少し先で十分だと考えていたからだ。
今はただ、心身ともに柔軟なベースを作ること。
目指す先は、どど〜〜んと大きな器の広さ。安定感。

最近あまりお伝えしてこなかったけど、相変わらず彼はアウトドア人生を歩んでいる。
小学生の総仕上げとして、毎週、山・川・湖・海へ行き熱心に考え動いている。
春休みは、奥多摩一三山縦走トレッキング完全制覇し、
今週は九十九里海岸90kmツェルト泊キャンプで1泊2日御宿から犬吠埼を目指してひたすら歩くみたい。
今年の夏もほとんど東京にいない。

来春には中学生になる。
所謂、THE男の子というフェーズもあとちょっと。
少年期から青年期に移行していく。
ここからはいよいよ自分の使命がなんなのかに向かって自分を知る時期に入ると思う。急がず焦らず一歩ずつenjoy

でっかく、でっか〜〜〜く
世界を感じることができる人になってほしい。
そして、いつかできる愛する人の笑顔のためにいつでもヒーローであってほしい。

私にとって男の子を育てるということはそういうこと。

《お知らせ》
私は、enkaraという保護犬メディアを運営しています。毎週木曜日``元保護犬と暮らす家族のセカンドストーリー``を公開しています。もし良かったらご一読ください。

今日も、noteを読んでいただきありがとうございます。

Kaori

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Kaori

愛玩動物飼養管理⼠ DOGLifeShopを10年間経営の後、ITベンチャー企業にPR/IR参画。現在はPRフリーランス。⽝と暮らしから⽣まれるハピネスをより多くの⽅に周知し、⽝と⼈間のより良い未来の形を⽬指しチャレンジ中!https://www.enkara.jp/
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