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ゲームとわたし

「ゲームばっかりして!」

今の子供たちもこのセリフでお母さんに叱られるのだろうか。eスポーツのプロスポーツ化や、職業としてのゲーム配信が浸透した現代ではむしろ推奨する家庭がいても当然かもしれない。

僕がバリバリ少年期だった約20年前は「ゲーム=悪」という通念が確かにあったと思う。我が家もご多分に漏れず、特に幼少時から視力の弱かった母は我が子の目が悪くなることを懸念し、ゲームに対する風当たりは強かった。

とはいえ、完全にゲームから遮断されたわけでもなく、逆に父は新しもの好きだったりしたため、案外プレステ2あたりまでの世代のゲーム機はいくつか買うことが許された。しかし子供たちにとってあまりに酷だったのは、母によって厳格に敷かれたルールだ。

●土日祝に限り1日1時間。

当時は毎日ゲームができる家が本当にうらやましかった。ましてや、プレイ時間を決められていないような友達に対しては、僕がそいつの親を「どういう教育してんだ」と説教してやりたいくらいだった。

僕と兄に与えられたゲームの時間は、休日に限り1時間のみ。つまり基本は週に2時間。月に10時間前後。1カ月のプレイ時間がゲーマーの1日のプレイ時間と同じか短いくらいだ。
このルールによって僕ら兄弟は様々な葛藤と戦うことになる。

●クリアへの長い道のり

まずは、なんといってもクリアまでに時間がかかることが難点だ。
「マリオブラザーズ3」や「グラディウス」などのファミコンの名作は、僕が物心ついた時からすでに我が家にあり、何度もプレイした。しかし、これらの作品はセーブができない。毎回電源を入れれば1面からのスタートである。だからマリオ3で初めてクッパを確認したのは大人になってからだったはずだ。確か大学生になった兄が春休みだか夏休みだかで帰省した際、「今日俺はマリオを終わらせようと思う」みたいなことを宣言した後、日がな一日、あずき色のコントローラーを握りしめて、ようやく十数年越しにクッパの討伐を成し遂げたのだ。今思えば、セーブできないゲームであの難易度はかなり酷な話である。

僕が人生で初めてクリアしたRPGはファミコン版の「ドラゴンクエストⅢ」だ。内容ももちろんだが、個人的な理由でこの作品にはいろいろと思い入れが強い。当時、半年かそれ以上の時間をかけてようやくクリアすることができたため、一大スペクタクル巨編だと認識していたが、大人になってスマホのリメイク版をプレイしてみたところ3日ほどでクリアできてしまい、なんだか物寂しい気持ちになったのを覚えている。途中でセーブデータが消滅するなど、惨たらしい試練を乗り越えながら、小学生にとっての長い長い数カ月を要した大冒険も、実際は片手操作で3日の旅行だったのだ。
それにしても、今の小学生は大変である。ドラクエ11だってしっかりやったら100時間くらいかかる。もし我が家と同じルールなら年単位を費やす苦難な旅になってしまうのだから。

●ゲームは進化する

ちなみに僕がファミコンのドラクエ3をしていた頃、周囲ではスーパーファミコンのリメイク版が流行っていた。我が家は頑なにスーファミは買ってもらえなかったため、自分だけ原作版で話を合わせていたのを覚えている。友達の家でスーファミ版を見た時、ラーミアのグラフィックの違いに度肝を抜かされた。「ドンキーコング」を初めて見た時なんて(立体だ!!!)とドラミングするほど興奮したものだ。どうせ最初から最後までは遊べないので、いつもトロッコの面だけ何回もさせてもらったのはいい思い出である。

しかしその後、1996年。僕が小学3年の時に「ニンテンドー64」が発売された。スーファミこそ買ってもらえなかった僕ら兄弟も、今回は新しもの好きな父親を上手く抱き込んで、なんと発売日に64を買うことができたのである。ゲームを発売日に勝ったのは後にも先にも64だけかもしれない。
これが本当にすごかった。今まで横顔しか見たことなかったマリオが、主に後頭部ばかり見せながら3Dの世界を前後左右、縦横無尽に駆け回る。まさに未来のゲーム機だった。

家庭用ゲーム機でさえこんなに進歩しているのに、我が家のルールは相変わらず古い体制が敷かれたままだ。今でも忘れはしない、あまりにも64のマリオがしたすぎる僕は、自分の9歳の誕生日に「今年は物はいらないからゲームを2時間させてくれ」と泣いて懇願した。子供にとっての誕生日プレゼントはその半生において思案すべき最重要事項の一つだ。その権利を放棄してでも、当時の僕は束の間の自由が欲しかったのだ。それにしても、今考えれば2時間は少なすぎるだろ。
結局それで時間をもらったのか、却下されたのか、時間も物ももらえたのか、記憶は定かではないが、9歳にしてタイム・イズ・マネーの価値観を習得していたのは、ある意味哀しい事実である。

●隠蔽工作の難しさ

しかしこの頃から、母親がパートに出るようになる。つまり兄が部活の日であれば、学校から帰宅し、母親が帰ってくる夕方5~6時までの1~2時間程度の間だけ、僕は家に一人になる日が増えた。

隠れてゲームをするチャンスだ。

・・・と口で言うのは簡単だが、現実にはそれがなかなか困難だった。
まず、子供ならではのバカ真面目さがゆえ、罪の意識から強い葛藤に苛まれる。大抵はこれに時間を取られているうちに何もできず親が帰ってきてしまうのが常だ。さらに、我が家にはもう一つゲームに関してお堅いルールがあり、それが隠れてゲームをする行為の妨げになっていた。

それは遊んだゲームをしまう時のルールだ。

昔、プレイステーションのCMでパラッパラッパーとクラッシュ・バンディクーの着ぐるみが「ゲームをやめたら片付けよう」と歌いながら、遊んだ後のゲーム機を片付けていた。その中で「コードはくるくる」とコントローラーにコードを巻き付けてからしまうシーンがあるのだが、僕はそれが不満だった。というか生ぬるかった。
ほとんどの家庭では、遊び終わったゲーム機をしまうといっても、そのままテレビ台の下に入れたり、カゴにまとめて入れる程度だと思う。効率面を考えてもそれが最適だ。
我が家ではゲーム機やソフトの空き箱はすべてそのままとっておき、毎回毎回遊んだ後は本体をビニールに包み、コントローラーやコードは針金でまとめて、それぞれを発泡スチロールの型にはめ、箱のふたを閉め、買った時の状態に戻し、棚にしまう。という一連の作業が必要だった。先日帰省した時も未だに64は64の箱に収まっていてゾッとした。

ゲームは子供部屋ではなく居間に置いてある。話を戻すと、この一連の作業に時間がかかってしまうため、親が帰ってきてからではごまかす余裕がないのだ。よって、もし隠れてゲームをするにしても、親の帰宅時間を予想し、それより少し早くやめて片付け始めなければいけない。その駆け引きが非常にスリリングだ。
当時飼っていた愛犬のリキは外飼いで、家主が帰ってくるとまだ結構離れている時点で気づき、嬉しくなってよく吠えた。だからその鳴き声を頼りに急いでゲームをしまえばまだ間に合うというテクニックも覚えたが、いかんせんこの犬が何もなくてもよく吠える犬だったのでかえって混乱のもとだったともいえる。

そんなこんなで結果的にズルしてゲームをすることはなかなか難しかったのである。まあ正直何度もしたはしたのだが、結局そんな状況でやっても親の帰りが気が気でないため全然楽しめなかった。

●攻略本はズルか?

限られた時間の中でいかにゲームを効率よく充実させるか、と考えた時、個人的には攻略本はOK派だ。
RPGなどで特に「攻略本に頼らず自分の力でクリアしてこそ本当に楽しめる」という考え方も納得はできる。しかし、当時の僕はそんなこと言ってられない。何しろ時間がない。そんな悠長に遊んでいたらあっという間に季節が変わってしまう。

月曜から金曜まで暇を見つけては攻略本を読み込み、ストーリーの流れ、敵の特性、ダンジョンの経路などなどを頭に叩き込み、計画を立て、何度もシミュレーションを重ねる。そしてその1週間の脳内プレイをすべて週末の2時間の本番につぎ込むのだ。そう考えると、今のネタを作ってライブ本番で披露する感覚と少し重なる部分もあるかもしれない。結末をわかった状態でクリアしても、ちゃんと感動はできるものだ。なにせこちとら実際のプレイ時間以上の時間と思いを費やしているわけだから。

●真のラスボス

少年期はこんな風に縛りの多いゲーム生活であったが、高校生くらいになると次第にその辺のルールも緩くなってきて、当初に比べるとかなり放任になった。とはいえ部活や受験もあるうえに、しっかりと根っこに植え付けられた感覚はもはやどうしようもなく、母親の目があるうちはゲームに没頭しすぎるということはできなかった。
しかし、大学進学とともについに一人暮らしを開始すると、タガが外れたように一日中ゲームに明け暮れた。ちょうど受験で我慢していたドラクエ8を一気にプレイしたかったからだ。

それなのに、一人暮らしを始めて5月6月と経つうちに、やがてゲーム熱は冷めていった。あんなにやりたかったゲームのはずなのに、次第に気持ちが離れてしまったのだ。プレイしている時はもちろん楽しんではいるが、どこか虚無感を抱いているし、クリアした時の達成感もさほど味わえなくなってしまった。

理由は明確だ。兄はどう思ってるか知らないが、結局のところ僕にとってのゲームは「母の決めたルール」という縛りプレイがずっとつきまとったものなのだ。
どのゲームをしようと、ラスボスはいつだって母親だった。ラスボス不在のゲームなんてものはどうしたって物足りないものである。

30歳を超えた今でも3DSだけは持っていて、たまにドラクエなどをちらっと遊ぶのだが、そこにかつての情熱はなく、逆に当時の情熱を思いなぞるための道具として手元に置いている感じだ。僕にとってのゲームはもはやノスタルジーグッズでしかない。
僕自身がもう感受性が安定してしまったいい大人だし、母親も今や温厚ババアになってしまった。ゲームとかつての関係性を再建することは、おそらく今後一切訪れないだろう。そう思うと少し寂しい。

●求められる「ゲーム芸人」

冒頭で触れた通り、今やゲームプレイヤーは立派な職業として社会に定着しつつある。もちろん「ゲーム大好き芸人」の需要も高まっていて、僕がまだ事務所にいたころはその類のオーディションの話がよく来ていたし、今も頻繁にあるに違いない。その度にゲームから離れてしまった自分を悔やんだものだ。

だから僕は同世代で未だに純粋にゲームそのものを楽しんでやっている芸人をすごく尊敬し、一方で恨めしく感じる。不真面目だと我慢させられてきたものを欲望のままにやり続けていた奴らが、いつの間にか時代が移り変わって重宝されるなんて、こちらとしては正直やるせない気もする。もちろん大人だからそれで本当に恨んだり愚痴ったりなんて幼稚なことはしないが、ちょっとうらやましいのだ。

先日、大学時代の友人宅で初めて「ニンテンドースウィッチ」を触らせてもらった。人気ソフトのスマブラで5人対戦に参加したが、誇張なしで本当に何が何だか訳がわからなかった。画面の中で起きていることに脳がまったく追いついていかないのだ。まず自分のキャラの位置をすぐに見失う。酷い時はそもそも何のキャラを選択したかすらわからなくなる始末だ。それに背景とステージとアイテムの区別がつかない。すべてのスピードが速すぎる。テレビに向かって何度も「待って」とお願いした。
ちょっと目を離した隙にゲーム界はどんどん進歩している。気づいたら完全に置いていかれていた。32歳、気をつけていないとこれからどんどんいろんなものに置いてかれていくのだろう。ノスタルジーとか言ってる場合ではない。

ゲームに関して感じていたことをチャチャっと書くつもりが、とんでもない長文になってしまった。僕自身ゲームは全然詳しくないが、ゲームを取り巻く各家庭の事情にはすごく面白みを感じるので、いつかそんな内容を話すトークライブがあれば出たいと思っている。

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小林ぼっち

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