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テクノロジー × 教育:スタンフォードで出会ったアメリカのEdtech8選(2/2)

7月末に修士論文を出し終わった後は、9月中旬に公共政策プログラムの授業が始まるまで何もないので、アメリカをしばらく離れ、アジアで教育支援活動を行っているNPOでのインターンをしています。自分は個人的なツテでインターン先を見つけましたが、大学としても様々な形でインターンシップの機会を提供しており、例えばクラスメイトの一人は、Stanford Seedというプログラムを利用して、インドとUAEでインターンをしています。

Seedはビジネススクールが運営するプログラムなのですが、他学部の学生もウェルカムで、とてもスタンフォードらしいです。授業や研究活動だけでなく、こうした形で「働きながらではなかなか難しいこと」に取り組めるのも、社会人が留学する魅力の1つだろうと思っています。

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インターン先のNPOの代表とは、スタンフォードでたまたまお会いしました。こんな機会でもなければ、フィリピンの学校の教室に入ることは一生なかっただろうと思います。


さて、ようやくかい、という感じですが、Edtech8選の後半を書いてみました(前半はこちら)。会社・組織としての知名度はもとより、日本で馴染みのない形態のサービスを中心にご紹介したつもりですので、ご覧いただけたら嬉しいです。

5.TalkingPoints

5点目として、教員と「英語を母語としない保護者」のコミュニケーションを支援するためのアプリ「TalkingPoints」をご紹介します。

スマホやPCで保護者と教員がメッセージをやりとりする際、自動翻訳をしてくれる、というシンプルなアプリです。自分自身はこのアプリを触る機会はなかったのですが、
・日本語を含め、30以上の言語に対応していること
・教育の文脈に即した会話の翻訳の質が高いこと

などが特徴とのことです。いちいちGoogle翻訳に突っ込んでいられない(どっちが訳すんだという問題もありますし)教員と保護者の間を取り持ち、両者が一緒に子供の教育をしていけるようにしたい!というコンセプトですね。

アメリカ人は現在、4人に1人が移民の子(親が外国籍)であると言われていますし、アメリカ国籍であっても、言語的バックグラウンドは多様です(特に、スペイン語を話す人が近年激増しているそうです)。一方、幼稚園から高校まで教育は基本的に英語で行われますし、もちろん、法律、政治、ビジネス、大学など、英語がベースである領域は卒業後もたくさんあります。「たまたま英語を話さない家に生まれた」ことで、アメリカでの人生がまるまる不利になってしまうのは避けなければなりません。

また、アメリカでは「Underrepresented」(人口比率に比して、進学率などが芳しくない人々)や「First-Generation」(親が大学に行っていない大学生)への支援がとても重視されている…という話を以前の記事で書きましたが、そういった層と「English Language Learners」(英語教育を必要とする生徒)が重なっている地域も多数存在します。

したがって、どの州でも、マイノリティ、貧困層、障害を持つ生徒に加えて、「英語教育を必要とする生徒への支援」は、公平な教育を実現するための一大イシューとなっています。

そのため、学校教育内では、英語学習者のための別カリキュラムを用意したり、教材を追加で提供したりと、地域によって様々な取組が行われています。が、生徒に言語上の問題があろうとなかろうと、保護者が英語を話せなければ、学校と家庭が連携して良い教育を行うことはできないのではないだろうか…?という問題意識からスタートしたのがTalkingPointsです。

テクノロジー自体は「翻訳」というシンプルなものですが、
・社会的な意義と事業の内容がマッチしている
・「保護者の参画や理解」というビジョンが明確
・ユーザー(=先生)の「困りごと」を解決できる
・先生が小規模で使い始めるのは無料

など色々な特徴があるなと感じたのを覚えています。ForbesのAnnual 30 Under 30 Education (30歳以下の教育関係起業家30選)にも選出されるなど、好調なスタートを切っているようです。

代表がスタンフォードのMBAの卒業生であり、ビジネススクールの授業にゲストとして来て話をしてくれました。「スタンフォードのためなら、忙しくても授業や講演に顔を出そう」という人は本当に多いです。

余談ですが、アメリカには法的な「公用語」というものは存在しないそうです。なぜかは不明ですが、おそらく、とても多様な言語が話されている中で、決めようがないし、決める意味ももうあまりないのだろうと思います。


6.Digital Promise
 

こちらはエドテクそのものではなく、テクノロジーの知識があまりない教育現場サイドと、教育現場の事情が分からないテクノロジーサイドの間を取り持って、テクノロジーを活用した教育活動の効果を高める活動をしている組織です。これまた、メンバーの一人がスタンフォード教育大学院の卒業生で、授業にキャリア形成の話をしに来てくれました。

これも特段、革命的な活動をしているわけではないのですが、印象に残った理由は大きく2つあります。

1つには、「ITコンサルティング」という分野は世界中にあって、ITシステムを導入したい顧客とシステムを作る側の間に立って、「作り手の都合にとらわれずに、顧客が本当に望むものを提供する」という価値を提供しているわけですが、それを教育の分野に特化してやるのはとても重要だと感じたからです。

昔IT関係の仕事をしていた身からすると、テクノロジーは「学習机」とか「黒板」とかと本質的に同じようなもので、「どう使うか」という議論なしに、効果が出る可能性は低いと思っています。黒板に何を書けばいいか決まっていない中で「黒板は教育を抜本的に変えられるはずだ」「黒板を配れば教育が変わる」と主張するのは変ですよね。同じように、テクノロジーも、タブレットだけ配れば効果が出るわけではなく、むしろ「タブレットは使いにくいな」→「テクノロジー全般はあまり意味がないな」という感想を使い手が持ってしまったら、逆効果にすらなりうると思います。

そうならないように、教育現場の感覚とテクノロジーサイドの知見をうまくミックスする団体の存在意義は大きいのではないか…と感じました。

もう1つの理由は、「リサーチ」という手法を通じて教育現場の意思決定を助けることを明言していたからです。

教育分野に限らず、政策・行政の分野に限らず、「あるサイドの信念はこう、反対サイドの信念はこう」というぶつかり合いはいつでも起こり得ると思います。その際、ぶつけっぱなしでは永久に何も決まっていかないので、リサーチなどを通じて客観的に議論をしていこう…という流れもまた、珍しくはないと思います。他方、教育×テクノロジーという分野で、建設的な議論を行うための方法として「リサーチ」を掲げている団体には初めて会いました。

普通のアプリなら、消費者から直接ダウンロードしてもらえる上に、フィードバックも受けられますが、エドテックは「学校」という媒介を通して生徒にサービスを提供するものが多いですから、学校という組織にとって「リサーチ」という手段が響くならば、とても有効なのだろう、と思っています。

7.Poll Everywhere

リアルタイムでアンケートやクイズの結果を集計し、スクリーン上に表示できるアプリです。スマホやPC(とネット環境)さえあれば誰でもその場で回答に参加できます。

日本でも、プレゼンテーションを面白くするツールの1つとして講演会などで使う方はいらっしゃるので、留学前から知ってはいましたが、スタンフォードでは、いくつかの授業で、かなり積極的に使われています。

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生徒がアプリから回答を送信すると…
(画像:https://www.polleverywhere.com/mobile)

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回答がすぐに講師のPC上に集計され、スクリーンで生徒にシェアできます。回答状況をリアルタイムでシェアすることもできますし、全員が回答を終えてからまとめて発表することもできます。
(画像:https://www.polleverywhere.com/support/articles/create-activities/activity-pages)

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選択肢を選ぶ以外にも、思いついた言葉を投稿してもらうなど、様々な出題方法があります。
(画像:https://www.polleverywhere.com/support/articles/create-activities/open-ended)

スタンフォードでは、一般的な「アメリカの大学の授業」のイメージどおり、自分たちの考えを発表しあうディスカッションの時間は多いです(みんなそれはもう積極的に話します)。一方、なんだかんだ、講師の話を聞き、正解のある問題を解く、という授業もたくさんあります。どちらも必要ということなのだと思います。

後者のタイプで最も代表的なものの1つは、統計学の授業かと思います。統計の理論自体について、生徒の考えだけをディスカッションしてもあまり意味はないですし、統計学というレンズを通して世の中を見るにはどうするか…という訓練は、教育学であれ、工学や化学であれ、MBAであれ、ほとんどの人が大学・大学院で学ぶことになっているようです(国際教育政策分析コースでは必修です。)

1年間受けた授業の中で最もPoll Everywhereが活用されていたのは、その統計の授業でした。

「今日の気分はどうか?」というアイスブレイク的な質問をしたり、出席者の趣味や睡眠時間などをその場で集計して、統計的な「ばらつき」を説明するために用いたり。一番よく使われたのは、シンプルに「理解度を確かめる問題を出す」という用途でした。上述のとおり、自分の考えを話すディスカッションでは、それはもうみんな活発に話し合いますが、正解/不正解が明確に分かれる問題については、国や人種を問わず、自信がない人はみんな手を挙げたがりません(統計の授業でも、みんな本当に全然手を挙げませんでした!笑)。

そんなトピックを扱う際、Poll Everywhereを使えば、
・回答が匿名(誰がどれに手を挙げたか分からない)
・全員回答するまで待てる
ので、文字通り「全員」が、他の人の目を気にすることなく、授業内で自分の理解度を確かめることができます。

単に紙などがオンラインになるだけだと、「エドテクじゃなくてもできるのでは?」という疑問に答えられませんが、この場合、テクノロジーを入れることで授業のプロセスに変化を起こし、今まで実現しづらかったことを実現することができているなと思います。

また、例えば、参加者の回答をオンタイムで表示する形式だと、先に答えた人の回答が他の人をインスパイアして学びが深まりうる一方、マジョリティの回答に他の人が流されかねません。全員回答してから表示する形式にすれば、メリットデメリットは逆になります。

こういった、細かいけれども学習に影響を与える点をカスタマイズできるのも、授業ツールとして定着している理由の一つかなと感じました。多数決、クイズ、質問や感想を募集するなど、教育活動への応用の仕方は色々あるアプリだと思います!

8.New Classroom 

最後に、これぞ日本でイメージされるエドテク!というような取組をご紹介します。

生徒の適性と理解度に応じて、一斉授業、グループ学習、自習など様々な学習方法の「最適な組み合わせ」を生徒一人ひとりに提供する「個別化学習」を提供する学校です。テクノロジーの活用シーンは主に2つあって、

①生徒の理解度などのデータを日々分析して、最適な「学習スケジュール」や「学習方法」を提案する。

②学習方法のオプションの1つとして、「映像授業」や「オンラインのチューター授業」などもある。

というところです。①が学校としての最も注力しているポイントで、以下のビデオにコンセプトが分かりやすくまとまっています。英語しかありませんが、イラストだけでもコンセプトは掴めると思います。

動画の中にもあるとおり、「クラス内で半分の生徒が授業の内容を理解しているとした時、半分を置き去りにして次に進むか、半分を退屈にさせて復習するか」というジレンマをなくす…というコンセプトから始まった学校で、全米で既に13校にサービスを提供しており、シリコンバレーのエリア内でも1校導入されています。

もともとは、2009年にニューヨーク市の教育部局の中で試行的に始まった取組らしいですが、今は独立して非営利団体として、数学をメインに活動をしているようです。

他の個別化学習のサービスと比較したわけではありませんが、特徴的だなと思ったのは、

・プロトタイプの頃から、先生の評判が良いらしい(テクノロジーありきで、教育効果が明確でない取組は、だいたい先生のウケが悪いです。)
・既存のカリキュラムの代わりに実施することもできるし、補完的に利用することもできるとのこと。
・オープンスペース推奨だが、伝統的な施設環境下で実施する方法もあるとのこと。
・自己評価によれば、実際に数学の成績は他の学校よりも改善している。

などの点です。ちなみに、代表は、日本のインターナショナルスクールでの展開の可能性もあると言っていました。

番外編3:エドテクも「魔法の杖」ではない
2013年に、元グーグル幹部が「テクノロジーでビッグデータを活用し、理想の個別学習を実現する」と銘打って、学校法人 ”AltSchool” を起ち上げました。億ドル単位の資金調達に成功して、当初大きく注目されたらしいですが、2017年から閉校する学校も出てきており、最近、自ら学校を運営するのではなく、他の学校に対して、個別学習に関する教育システムを販売する(つまり、ビジネスモデルとしては、New Classroomsに近くなるのかもしれません)方向に転換することを決定したそうです。

もちろん、数年かけて蓄積された個別学習の知見は、他の学校にとって大いに役立ちうると思いますが、「テクノロジーで、完璧な個別化を自らの学校で実現する」という当初の理想には届かなかった模様です。

直接AltSchoolを見たわけではないので、この学校のクオリティについて何か言える立場ではないのですが、とにもかくにも、エドテクも、「これさえあれば質の高い個別学習が実現する!」というものではなく、どんなテクノロジーを何のためにどう使って、どんな教育を実現していけば効果が出るか…という試行錯誤の段階にあるのだろうと思いました。


いかがでしたでしょうか。日本にあまり例がないタイプのものを選んでいる(つもりな)ので、日本語でうまく説明できているか分かりませんが、もし質問などあればぜひお寄せください!


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