当然だが、障害者スポーツには二面性がある。その本質に気づいてからがスタートだった。

▼「障害者とフットボール NO boarder」vol.1

カツン! ズズッ、カツン! ズズッ。

その音は、様々な人間であふれ返る新宿の道を静かに切り裂いた。人々はすれ違う前から音の存在に気づいている。しかし、何者であるかを意識の片隅で認識した瞬間、音の正体に目の、いや、意識の焦点を合わせようとしない。

ハッ、ハッ、ハッ。

徐々に荒くなる呼吸と、日常では耳にすることのない不思議な音が辺りに交互に響き、新宿駅へと進んでいく。すぐ隣を歩く私は、自然にしゃべることを止めていた。

「いまからどこに?」
「昨日の夜、友人と食事したんですが、店に財布を忘れてしまって。これから取りに行くんです。なんだか酔っ払ってしまいまして」

たわいのない会話を交わしたが、駅が近づくにつれ、私は話すことよりすれ違う大勢に目を奪われていた。辺りの人々が申し合わせたように示す、似たような光景に。

なんだか、目を合わせてはいけない。

自分とは違う何か異質な存在が不意に目や意識の中に入り込んで来たとき、人はそういう心理が働くのだろうか。私には、心のエンジンを一旦切ってしまっているように見えた。目に映っているはずのその音を立てる主が、まるで存在していないかのような行動を無意識にとっている。そして、隣を歩く私も人々にとっては丸ごと自分たちとは違う存在かのようだった。

さかのぼること、3時間前。

そのときはまだ、何も考えていなかった。ただ読み手にサッカーへの多様な価値観を持ってもらいたかったので、自分の中では「障害者とフットボール」というテーマだけは外せなかった。それはブラインドサッカーをはじめ、他の障害者スポーツを取材していく中で「誰もが知るべきだ」という漠然とした思いが、なんだか心の一角を巣食っていたからだ。正義感とか、障害者のために環境を変えたいとか、健常者にもできることがあるとか、そういう世のため、人のためといった類の思いは全くなかった。ただ、知ってほしい。それだけだった。

当初はインタビューを行い、取材対象者が発する言葉をそのまま伝えようと思っていた。しかし、脳性麻痺と生きる松村健一と新宿駅まで歩く間に起こったこの出来事があって、ここまでの900文字を書き上げるまで、ずっと「私が伝えることの意味」を自問自答し続けてきた。

その自分なりの答えが、この「NO boarder」である。

「メディアの方が代表チームではなく、クラブチームに目を向けてくれたことに感謝しています。障害者サッカーの取材は圧倒的に代表が多いから。そこに興味を持ってもらえたことが非常にありがたいです」

そのときは深く考えていなかったが、この松村の言葉に私はこう答えていた。

「代表チームから障害者サッカーに入ってしまうと、強い弱い、上手い下手でそのスポーツや選手を見てしまいます。エンターテインメント性が必要なのは理解しています。しかし、それだけだと障害者サッカーの本質の部分がわからない。

2014年にブラインドサッカーの世界選手権が渋谷で開催されました。前の年から取材していたこともあって、私も感慨深いものがありました。それはボランティアとして日本選手権の運営スタッフをした経験があり、このスポーツに関わっている人たちのことを知っているから。本当に、ブラインドサッカーを広く知ってもらう機会としては良かったと思います。

ただ初めて目にした観客の中には、下駄を履かせて見ていた人もいて、それがなんだか苦い気持ちになったというか。私には、それが魚の小骨のように喉の奥で引っかかったままなんです。だから、これまでブラインドサッカーの代表チームに関する記事は一度も書いたことがありません。

障害者スポーツは、すでに障害者という言葉がついている通り、二面性があると思っています。代表チームから入ってしまうと、障害者の部分が深く伝わりきれない。それで、私はクラブを入口にしたほうが障害者スポーツを本質から見てもらえるんじゃないかと、松村さんに取材をお願いしました。これが正解なのかもわかりません。だけど、クラブから見てもらったほうが障害者スポーツの素直な姿を受け取ってもらえるような気がして…」

ブラインドサッカーを追うようになって5年が経つが、JBFA(日本ブラインドサッカー協会)の関係者以外に本音を語ったのは初めてだった。

なぜ、そこまで伝え方にこだわるのか。

それは、2014年の世界選手権後に障害者スポーツの現実を目の当たりにしたからだ。あれは中断していたブラインドサッカーの関東リーグが再開した第7節のことだった。私はその日、福生で行われるリーグ戦を心待ちにしていた。理由は「少しぐらい観客がいるんじゃないか」と期待をしていたからだ。福生駅から試合会場まで大好きなロックを聞きながら閑静な住宅街を抜けていく。まだ試合開始まで時間があったのにテンションが高いから足取りが軽く、予想よりも早く会場に着いた。

「どうだろう?」

ピッチのほうに視線を送ると、私の期待は脆くも崩れ愕然とした。世界選手権の会場には最大で1000人を超える観客が集まったのに、この会場には選手とクラブスタッフ、運営スタッフ、そして彼らの知り合いと思しき人以外、純粋にブラインドサッカーを観戦に来た人はほとんどいなかった。そこには、いつもの関東リーグと同じ風景が流れていた。

正直、世界選手権直後からいろんな媒体に記事の寄稿を働きかけるつもりだった。いまも変わらないだろうが、当時ブラインドサッカーを伝えられる書き手は少なく、私は「もし自分が書けばうまく伝えられる」という自負があった。しかし、いま振り返ると、障害者スポーツをわかっていなかったのは私も同じだった。

それまでブラインドサッカーを伝える第一人者になろうと、世界選手権、アジア選手権、日本選手権、関東リーグと、このスポーツの物差しを作るために多くの試合を観戦した。JBFA関係者、監督や選手、またボランティアとして関わっている人々と様々な話をし、プライベートでも「勉強をさせてほしい」と何人かの選手に時間をもらい、自分なりにブラインドサッカーの知識を得たつもりだった。でも、決定的なものが足りなかった。

それは障害に目を向けることだった。

そのことに気づいたのは、世界選手権の翌年から関わった福岡のスポーツ雑誌の仕事がきっかけだった。雑誌の2号目が発売された頃に、編集者から「新たな目玉を模索しているから何かいい企画がないか」と相談を持ちかけられた。どこかでブラインドサッカーの記事を発信しようと考えていた、私にとっては棚から牡丹餅だった。

その場で「地元出身の障害者アスリートを紹介する企画をやりましょうよ。毎号やる巻末の連載として。媒体のブランディングにつながると思いますよ」と提案をすると、後日それがすんなり形になることが決まった。

どうしてブラインドサッカーだけにテーマをしぼらなかったのかといえば、私自身が他の障害者スポーツを取材してみたかったからだ。他を知れば、よりブラインドサッカーを深く掘り下げられると考えた。だが偶然にも、このことがその後の私に大きな気づきを与えてくれる道を切り開いてくれた。

「障がい者アスリート×挑戦」という連載タイトルをつけ、第一回目はブラインドサッカーを選び、代表経験があった三原健朗を紹介した。彼を皮切りに、パラリンピック卓球やパラバドミントン、車いすテニスや車いすフェンシングといった障害者スポーツの選手たちを取材した。

この企画が、障害という私に最も足りなかったものと向き合わせてくれる機会を作ってくれた。障害には先天性のものもあれば、後天性のものもある。病気なのか、事故でそうなってしまったのか。目の病気であっても緑内障などいくつもの種類があり、それぞれで症状も様々ある。

「同じ」がないのだ。

だから障害と一括りに言っても、一人ひとりが異なる感情を抱きながら障害と生きている。

その障害に対する感情を私に教えてくれたのはパラバドミントンの選手、豊田まみ子だった。

彼女は生まれつき左ひじから先がない。しかし、バドミントンを始めた小学4年生から健常者と一緒に汗を流し、一般の大会に出場していた。高校は2度の全国大会優勝を誇る名門に進むことを選んだ。3年間レギュラーだったわけではないが、毎日みんなと同じように部活動に励んでいた。そういう日常を過ごしていたから、パラの大会に出ることなど想像すらしたことがなかったという。

「正直、パラの大会は一般の大会よりレベルが落ちます。最初は、出なくていいんじゃないかと迷いがありました。そうしたら顧問の浜司晃先生から『お前に障害者だから出たくないという気持ちがあるんだったらダメだ。それは心にも障害を抱えることになるんだから』と言われ、心にスッと刺さりました。それまで障害を持っていると特別意識したことはありません。普通に日常生活を過ごしていたから『なぜ、そんな場所(パラの大会)に出ていかないといけないのか』という思いがありました。だから、尊敬する先生の言葉が心に響きました」

私はこの話を聞きながら、豊田がそのときのことを思い出し、何とも言えない複雑な表情を浮かべたことを忘れることができない。このように言葉で説明を受けると、「そんなの当たり前だよ」というように思う健常者はいるだろう。だが、もしそう思う人がいるなら自分自身を買いかぶり過ぎかもしれない。

過去、私は自分自身を買いかぶり過ぎていた。

>>「障害者とフットボール NO boarder」vol.2へと続く


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障害者とフットボール NO boarder

ブラインドサッカー日本選手権の運営ボランティアをきっかけに、障害者スポーツを追うようになって5年。「障害とスポーツの在り方」を見つめている景色を、自身のフィルターを通してありのままに綴る。
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