パーキンソン病

事件はお隣で起きている

10月5日土曜日、午前中は保育園の運動会で次男が大活躍し、家族イベントがひと段落した後、我が家の近所で少し騒ぎが起きた。

夕方4時になろうかという頃、女性の悲鳴が聞こえた。

通りがかったサラリーマンが「大丈夫ですか?」と、隣のおばあちゃんに声をかけていた。

状況を聞いてみると、どうやら同じように声を聞き、見ると玄関先で倒れていたそうだ。バランスを崩して倒れていたらしく、おばあちゃんはどこか痛そうにしている。聞くと背中と腕、足が痛いらしい。

骨折していたら一大事なので、サラリーマンの方には救急車を呼んでいただき、私と妻でおばあちゃんのお世話をするのだが、一緒に住んでいるはずのおじいちゃんはなかなか出てこない。しばらくして2階から顔出し、何があったのかを遠い耳で説明を聞いてからようやく降りてきてくれた。

ただ、降りてきたおじいちゃんはおばあちゃんに向かって「何をしているんだ。近所に迷惑をかけたら、だめじゃないか。」と怒ってばかり。おばあちゃんを玄関に腰を下ろさせようとするが、おじいちゃんはそんな調子でしゃべり続けどけてくれない。

お隣は80代の老夫婦二人でお住まいで、奥様は数年前からパーキンソン病を患っている。認知症でもあるようで、会話が通じないことがちらほらある。旦那様は私が越してきたころから鉢植えの世話が大好きで、明るい時間はいつも園芸の作業を一人黙々としていた。今でも大量の水やりで八の受け皿にたまった水から蚊が沸いて困っているのだが、認知症が進んでおり、この作業を延々続けているようだ。

そして、サラリーマンの方は近所のアパート管理会社の人のようで、警察と待ち合わせをしていたらしく、ちょうど2名到着したお巡りさんのうち、一人が対応を支援してくれた。

怒ったおじいちゃんに、別に迷惑ではないよ、という話をし、何があったかをこんこんと説明していくうちにようやく落ち着いてくれたようだ。そして一旦おじいちゃんから離れたところにおばあちゃんを座らせ、警官が手を握りつつ状況を聞いていると、おばあちゃんは涙を流しながら話をしてくれた。旦那に怒られ怖かったのかもしれない。

そうこうしているうちに、救急隊が駆けつけてくれ、おばあちゃんは救急車内で手当てを受けることに。特に骨折はなかったようで、病院の搬送には至らなかった。

近所の方も数名様子を見に来てくれて、大した騒ぎになったのだが、お隣老夫婦の娘さんの連絡先をご存知の方がおり、電話で状況を伝えてくれたらしく、1時間後に長女と思しき女性が駆けつけてくれた。

その日はしばらくぶりに気温が高く真夏日となった。集まった近所の面々は久しぶりに蚊に刺され、そういえば別件の警官は何の事件で来たんだろう?と首をかしげながら解散となった。

パーキンソン病

パーキンソン病は指定難病であり、完治が難しい。50代以降に1000人に一人は発症する病だ。症状が進むと歩行が困難になり、姿勢制御に難をきたす。隣のおばあちゃんは、座っていても右側にバランスを崩し倒れてしまうほどに症状が進んでいるそうである。今回の転倒もこの姿勢保持障害の影響で、石畳のある庭先でバランスを崩したのだろう。

初期の症状のころはパーキンソン病とは知らずに整形外科に通われていたそうだが、虎の門病院分室を紹介されパーキンソン病と分かったようだ。セカンドオピニオンとしてほかの病院も受診されているらしいが、先日の様子では病の進行に身を任せるしかないのだろうか。

寄り添った背中

お隣の娘さんの話では、病院側でも長期的にパーキンソン病患者を受け入れることは難しいそうで、現在は施設を探しているところらしい。

「うちのは寝たきりだから」と、おじいちゃんに聞いていた。症状が良くなっているとは思えず、近所の方々と話をすると、私がいつも平日いないので知らなかったのだが、お隣はほとんど雨戸を締め切っており、太陽の光を浴びることもないようだ。

私が引っ越してきたころのお隣さん夫婦は、手をつないで、明るい陽気の中ゆっくりと近所を散歩していたものだ。ゆっくり歩く二人に挨拶するたびに、心がほっこりしたのは昨日のことのようだ。

いつしか病気を患ってからというもの、すっかり姿を見せなくなったおばあちゃん。痩せて頼りない笑顔で玄関先でたまに挨拶を交わすことはあった。近所の方の話では、日に浴びないことで病気の進みが早まったのではないかと仰っており、科学的に証明されているか知らないが、少なくとも精神的に良い方向には向かないだろうし、心が身体に想像以上に作用することは私も同じ考えで認識しているので間違いないだろうと思っている。

思えば、たまにおじいちゃんが家の中で怒っているような声を聞いたり、奥様に割りと冷たい対応の声をかけていることを耳にしていた。その逆もあったかと思う。熟年夫婦でも喧嘩するもんだなぁと呑気な感想を抱いていた。

この一件でも怒ったおじいちゃんの対応に、随分怯えていた様子だったとのことで、私の妻は少し怪訝な顔をしていた。

春先のまだ寒い日の夜22時ごろに、カギを忘れて締め出されたおばあちゃんを帰宅した私が見つけ、玄関のドアを叩きなんとか家の鍵をおじいちゃんに開けてもらい事なきを得たこともあった。その際も、「迷惑をかけてすいません」と何度も何度も謝罪の言葉を受けた。

本心で全く迷惑だなんて思っていないし、むしろ何か力になりたいからすぐに声をかけてほしい。ちょっとしたことでもすぐ話してほしいし、頼ってほしいとお伝えしていたのだが、これらの出来事の様子から、家庭の事情を話すことは恥だと思っている節があるように感じられる。今後、超高齢化社会となるが、こんな話はおそらく日本中で日常的に起きるに違いないと我が身を持って実感した。

奥様が施設へ移り、一人生活するようになれば、おじいちゃんも認知症が進むだろう。

陽だまりの中を二人背中を寄せ合って歩く姿が、なぜだか脳裏から離れない。

創作意欲の支えになります!