表現者とギター弾いてる人の違いについて考えてみた。

ギターの入れ方が変わってきた

こんばんは、ギタリストの北島健吾です。最近いろいろと面白いです。

最近の面白さを話すにはまずは比較をしたい。

ちょっと昔の話をしますと、ぼくは数年間ヴィジュアル系っぽいサウンドのバンドをやってたんですね。ヴィジュアル系っぽい音楽が好きだけどヒゲが濃すぎて気持ち悪いからメイクできなかったんだけども。

とにかく、そういうバンドをやってました。

主にバンドでは曲を作りまくっていて、採用曲でも没曲でもとにかく曲にしてアレンジまでしてからスタジオにもっていってああでもないこうでもないしてました。

どちらかというとその時は曲をアウトプットしていくことが使命だと感じていたんですね。バンドで作った曲を演奏する楽しさの虜になっていたのもあります。

自己実現みたいなもんです。「あ、こうなるのか!」というたのしさ。

あと音楽理論を使って覚えていく段階だったと思います。そりゃもうコード理論の経験値を稼ぎたい時期だったので、難解な転調を含む曲もたくさんやっていました。

ただ、その時のギターの弾き方って自分なりには正解が決まっていて、置きにいってる感じがありました。こうすればハズれはしないだろうとか。まぁ理論が頭にあった時期なので。

ジャズの音楽理論などを学んで『アウト』などができるようになったり、部分転調などが取り入れられるようになったとしても、それはすでに知っていること。『アウトだけどもはやノーマル』の範囲だったのです。

歌物以外をやりたい

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