見せてほしいのは未踏のブルー・オーシャン
まえがき
この内容は過去に同タイトルではてなさんとKADOKAWAさん運営の小説サイト・カクヨムさんに投稿したコラムを一部改稿したものとなります。
昨年末から年始にかけて開催されていたWeb小説コンテストに先立ち、私自身どのようなものを読みたいか、という点について語ったものです。
反響は……私自身の力不足もあってほとんどなかったですが、投稿場所を変えてみたらどうかな、と思いまして、noteさんの初投稿ついでに移行してみました。以前読んでいただいた方に関しては重複するところも多いと思いますが、ご了承ください。
以下、本文となります。
青い海ってこんなにキレイなんだ、って
こんにちは。どこにでもいる残念なつぶやき垂れ流しツイッタラーです。
カクヨムコンテスト4開催の発表があったということで、私がどんなものを読みたいのかをダラダラと書き連ねていく予定の本コラムなのですが、まずはタイトルの由来からお話させていただきます。
実はこれ私の言葉でもなんでもなく、ある方の受け売りなんです。
ある新進気鋭のプロデューサーがTwitter上で述べていた一文がタイトルの由来です。以下にその一文を抜粋してみます。
"全くリスク取らない人が飽和してて、そこから一歩リスク取ったところはブルーオーシャン"
どうでしょう。Web小説の分野に身を投じている作者さんですと何か感じるところがあるのではないでしょうか?
あ、「リスク」と言ってもですね、なにも「不正してのし上がれ」、ってそそのかしてるわけじゃないです。
完全に別の世界でご活躍されている方なのですが、これはその方の業界やWeb小説に限らず、コンテンツ作り全般にいえるのではないかなと。そう思うのです。
その方がそういう意味でおっしゃっていたとは限りません。あくまでも私の解釈です。そのことをご了解いただいたうえで申し上げますと、これを「自分だけのオリジナリティで攻めていけ」というふうに読みました。
ド素人のオリジナリティがなんぼのもんじゃ、という言葉が聞こえてきそうです。わかります。
曲がりなりにもアマチュアWeb小説などという舞台に数年身を置きましたけれど、もっと「その人だけのもの」が見たい――ということを強く感じるんですよね。
もちろん今何が流行しているか、という分析は必要だと思いますし、流行に全力に乗っかかるのも戦略の一つかとは思いますが……
みんながみんなそれをしたら埋もれてしまうだけです。
今の流行を可能な限り把握した上で、そこから変化を加えてみたり、いっそ全部華麗にスルーしてみたり……と、「あえて」道を踏み外すいうことも時として必要なのではないかなと。
新しいことへの挑戦は、失敗することもあるかもしれません。
失敗する「リスク」を考えれば、それはとても怖いことです。
でも、「前人未到」の地をかき分けて進んだ果てに待ってるのは、誰の手も入ってない澄んだ海。
さぞや美しく、心動かされることでしょう。
私は、それを見てみたい。
とはいえ、誰かが見てくれるという保証もなければ評価されるかどうかもわからない。限りのある人生、そんな中で一か八かの博打をしろ、って言ってるに等しいので、人様に強要したりできるものではない。百も承知です。
なので、私の勝手な願望にとどめておきます。
でも、コンテストも4回めとなりますと正味の話、そろそろ新鮮味もなくなってダレてくる頃合いだと思うんです。
ここらでいっちょ、Web小説どころか日本のコンテンツ産業のすべてに大きな影響を与えてしまうほどのを、ガツンと。見せたりましょう?
他ジャンルからのミックスがブレイクスルーを生み出す
キャリアもないド新人に求められてるのって、別によくある内容をそつなくまとめる才能とかじゃなくて、荒削りだろうが面白くて、なおかつ「新しそう」に見えるものを出してこれるかどうかなんじゃないか、と割と本気で考えています。
とはいえこんだけ創作があふれかえった昨今。
まったく過去作とかぶらないなんて不可能。
ということを加味しますと、100%新しい必要はなくて「新しそう」に見えるかどうか、がポイントなのかなと。下読みの人だろうとWebの読者さんが相手だろうと、それは同じだろうと思います。
小説家になろうさんさんやカクヨムさん他、小説サイトだけを見るのではなく、たとえばマンガやゲームなり、別の分野でブームとなっていることを小説にも持ち込んで組み合わせる――これだけで、かなり目新しくなるはずです。
そもそもなろうさんの作品たちが、ライトノベルにロールプレイングゲーム要素を持ち込んでブームとなったものですしね。
まったく別の分野から要素を持ってくる、という手法は広く使われ、かつ新しい読者さんを連れて来れる、といえるのではないでしょうか。
絶望ではなく、希望を
今の日本は少子高齢化が進み、衰退していくのを待っているだけのようにも映ります。全人口の3分の1にもなっており、しかもこの先さらに増え続けることがほぼ確定している高齢層。それをごくわずかな若年層で支えていかなければならない。
ブラック企業と呼ばれる労働環境の劣悪な職場が全国にはびこり、現場では悲鳴が上がっている。一部の職場では、外国人を技能実習制度という実質的な移民制度を使ってしわ寄せを押し付けているという現状があります。
選挙で政治を変えようにも、あまりにも人口に差がありすぎて若年層の声は多数決では反映しづらい。
よりよい社会に変革することが非常に困難な構造になっている――
大雑把に語るだけでも、絶望的な社会のように感じられてしまいます。
日本はバブル崩壊以降失われた20年だか30年、と言われて久しいですね。
長く続く停滞の時代。バブル崩壊以後の世代は日本が希望に満ちあふれている、というビジョンを描くことができないのも無理はない話です。
ごく一部の上流層を除き、日本の成長を、景気がいいということを実感したことがなく、日本がよかった時代を知らないんですから、どうしたらよくなるのか、そもそもいい時代ってなんなのか――ということがわからないんだと思うのです。
そんな中で、誰か希望のある社会を、「物語」として描いてくれている人っていらっしゃらないとは言わないまでもごくごく少数なのではないでしょうか。
大なる悲観は大なる楽観に一致する、というのは藤村操の言葉ですけど。
絶望を描くのは希望を描くよりもはるかにラクなんです。
でもたぶん多くの人はそんなのを見たいわけじゃないと思うんですよね。
もう現実が辛い、なんてことはわかりきってるんですよ。
現実ではないものを見せてくれる「物語」として消費しなくったって、嫌という程「体験」しているんです。今を生きる私たちにとってしてみれば、もう今この世界そのものが、やがて来るであろう滅びを待つだけのディストピアなんです。
そんな状況下で絶望的な創作世界を見て楽しむ精神的な余裕はもはや今を生きる人たちには残ってないんじゃないかなと。
絶対にもう駄目だ、と諦めそうになってしまうほどつらい現実。
でも、こんな未来もありえるかもしれないよ――と提示してくれる方がいて、すべてではないにしろ一定程度信じるに足るだけの説得力があれば、敗戦後の日本のように急激に伸びることだってできるかもしれない。今が辛くても明るい未来の可能性があってそこに突き進めるのならば、きっと耐えることもできるはずなんです。
せめて創作の世界だけでも「希望」を語ることを放棄してはいけないんです。
誰かが「希望」を語ることを絶やしてはいけないんです。
絶望的に見える状況。そんな中、たとえほんの少しであったとしても、明るい未来が見える物語。
私がいまいちばん読者として純粋に読みたいのはそういったお話なのであって、おそらくその想いは多くの方と同じくしているはず。
ここではないどこかにある異世界という救済。それもいいでしょう。
でも私は、私たちが生きている『イマココ』で救われる話が見たいのです。
いまだ誰も見たことがない、希望のお話。
そんな物語ならば、ブームの分析なんて打算的なものを吹き飛ばして、自然と多くの人の心を打つはずなんです。
というわけで、誰か書いてください(他力本願寺)(台無し)
や、私自身ももうちょっともがいてみるつもりですけど。
とはいえ私自身今短編と長編で異世界転移を書きましたし説得力がないと見られてもやむなしなんですが……
色々と書きましたけど、あとひとつ。せっかくなのでこの場をお借りして申し上げておきたいことがあるとすれば、若い世代へ向けてお話を書く、という努力は絶やしてはならないんではないかな――ということです。
若い世代はお金をたくさん持ってるわけではありませんし人口も少ない。
そして今後そこまで増える見込みがない。
そうなると、出版社さんetcも利益を追求していかなければならないエンタメ企業である以上、自然と人口ベースの多い層に向けたものが増えてしまうのは致し方ないところもあります。
それでも、若年層に寄り添い語りかけるような作品は絶えてはいけない。
私自身はもうお世辞にも若いと言えない年齢になってしまいましたけど、この点は意識していきたいと思ってます。
出版社の方々はこんないち投稿者に言われずとも、あの手この手で若い人に向けた作品を発表し続けておられることかとは思いますけれど……
わたしもまだまだ若い……え、初代プレステ? な、なんのことだか
改めて、カクヨムさんのコンテストは4回目。
4回目となりますと、ある意味で既存の読者さんもそれなりにいらっしゃいます。それを踏まえますと、今いらっしゃる方々に向けて書く、というのもある種の戦略なのかな……と思わないでもないです。
でも、せっかくの公開型コンテストなのですから、前人未到の澄み切ったブルーオーシャンのような、新しい地平を感じてみたいのですよ。
抽象的な話に終始してすみません。
具体的な作品として出していけたらいいんですけど。
私の世代は「今の子はマンガばかりで活字本を読まない」などとさんざん言われてきました。かくいう私も、小説に比べてはるかにマンガのほうを読んでました……小説投稿サイトの利用者らしからぬすみません。
ですが今の世代は「小説家になろう」さんを通じて、文字を読むということに抵抗を感じない子も多いかもしれない。
だとすれば、これは「小説」という文化を若い人たち主体のものにしていくチャンスです。
これまではマンガなどと比較してしまうと小さな市場であったかもしれません。
今後のあり方次第で、若い人中心の成長産業にしていくことができるかもしれないのです。ある意味でアニメやマンガよりも若い人向けとしてのポテンシャルはあるのではないか、と私は見ています。
どんどん若い才能が出てきて、まったく新しい地平を見せてくれることを願ってやみません。
ここからが追記:書籍化を狙わないフリをする
小説投稿サイト上でなんで同じような作品が乱立しているのか、ということを考えた時、やっぱりそれは「今の流行を分析しているから」ということになるのだろうと思います。
でも個人的に思うのですが、流行した時点で同じような作品を出してもその頃にはもう遅くて、新しい層が上位に食い込めるだけの座席はほとんど残されてはいないのでしょう。
今の書籍化の流れとかを見ていると、特にそう感じます。
現在のスタイルを確立し「小説家になった」人たちとの熾烈な競争を勝ち残らねばならず、わたしたちのような弱小物書きなどはハナから不利な試合を挑んでしまっているわけです。
詳細な分析を繰り返してまであえて不利なフィールドで戦っているのはなんでかって言うと、それはもうただ一点、現在書籍化していない作者さんたちもまた書籍化の恩恵に与りたい、ということに尽きるでしょう。手っ取り早く結果を出そうと思えば「すでに結果を出している人の真似をする」のがいちばんですから。
私自身書籍化を狙ってモゾモゾしているうちの一人ですし、それ自体はなにも隠すつもりはないんですが……
書籍化したい、と思って市場に合わせて。というのをみなさんやっている。その中で差をつけるってのはかなり至難の業だというのも痛感します。
ならば分析した結果現在の最良とされているエッセンスを「あえて」取り入れず、そこの中で競争するのはひとまず「降り」て、書籍化したい、と前のめりになった作品づくりはひとまずやめよう、と思い至りました。
まずは自分が書きたいと思うものを書いていくことで結果を出していければそのほうがかえって早道になる=書籍化もありうるのだと信じ、これからやっていこうと思います。
noteさんとの付き合い方
カクヨムさんを見てくださっている方なら私のことはだいたいおわかりだと思うのですが、私はどちらかというとエッセイや創作論方面で注目されている部類の、いわばあのWeb小説界隈ではやや異質な立ち位置の人です。
もともとnoteさんのようなコラム形式の文章をアップするのに適した場のほうが合っているのでしょう。
書店員エッセイなど、まとまった主題のものなどはあちらで継続していく一方で、こちらでは単発で発作的に書きたくなったことを書き連ねていく場所にしようと思っています。
というわけでほんとうに簡単な自己紹介兼過去作の移植でした。次には何を書くか未定ですがよろしくおねがいします。
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