タイピングセラピー

書けない。身体が動かない。

14歳の深夜のような焦燥感というか、しなくても良いはずのしてはいけない性交のあとの水道水の不味さというか、そういう類のある種の憂鬱に心身を支配されている。

二度と酒を飲まないと誓う朝の、頭の中にのさばる鈍痛のような気怠さが体内を満たす。これは3月のせいだろうか、スギ花粉による生理現象だろうか。何かしなくてはいけない。されど何も出来ない。そんな手垢のついた灰色の毛玉が喉をつっかえる。

原稿が書けない。もといすべての業務に乗りだせない。書けないことが癖になってしまい、自分に耐えきれずまた今日もノートパソコンを折りたたむ。このままではいけないと思い、何か文章を書くことにした。大切な原稿を進めずにこんな誰のためでもない、もとい自分のためにもならないかもしれない文章を作っているのは非常に心苦しい。A誌、L社、並びに担当のBさん、連絡を返せていないKさん、M社の皆さま、あと家賃を滞納しているLさん(そう、僕の彼女は風変わりな名前なのだ)にはこの場で深く謝罪をしたい。

仕事をしていないという負い目から、映画を見たり読書をすることもできない日が続いた。が、どうせ何もできやしないのだから芸の肥やしにでもと現実逃避に音楽を聴きに行く。ライブハウスやクラブに出た。大きなドームにも行った。いま思い返せば本当に楽しいと感じたのは――何も考えずにいられた時間は――ほんのわずかだった。リュークが死神の世界で食っていたリンゴはきっとこんな味だったに違いない。

唯一の救いは最近料理が上手になったこと。何のレシピを参照するわけでもなく、なんとなく食べたいものをなんとなくの作業で作れるようになった。喜怒哀楽のバリエーションが乏しくなり、原因と矛先の不明瞭な怒りのみに振り回されるここ最近ではあるが、かろうじて味覚はあるみたいなので本格的に診断書のおりるような鬱ではないらしい。単純に「憂鬱だ」くらいの誰にでもあるような心の風邪なのだろう。ああ、久しぶりに複文を書いた。やはり長い文章は誰に読みづらいと言われようが自分はこれが心地良い。閑話休題。料理の話。自分の作りたいものを作る。作ることができる。生産性が全く無い毎日を過ごす中で、この「調理」という作業に向き合う時間は心を安らかにした。ある時、食卓に並ぶ品数の豊富さはそれそのまま現実逃避の成果物だということをメタ認知してしまい、また気分が落ち込む。洋服を手洗いした時のバケツの水のようにうっすら濁った思考が始まる。石鹸の良い匂いが立ち、泡が大きくなるが、汚れもまた黒く可視化されていく。

今日は卵が上手に巻けなかった。うっかりしてアスパラを冷蔵庫で挟んでボロにした。鍋の取っ手が燃えて小火になった。火を受けた取っ手は宮崎駿のアニメに出てきそうなしつこい粘度でドロドロに溶ける。プラスチックのむせる匂いが部屋中に攪拌した。かぼちゃでサモサみたいなのを作りたかったのに、味付けが足りずに結局ソースやマヨネーズで食べた。半分焦げて苦かった。

気持ちが整理できずに大きな声を出した。演技力の足りないジャニーズが出ている映画のうすら寒いラストシーンみたいで自分が浅ましく見えて惨めだった。言葉を操って生活しよう決意した人間の敗北だ。この文筆の世界がトーナメント戦ではなくリーグ戦であることを願うばかりだ。

せめて外に出ようと自分を励ましセブンイレブンでハイライトを買う。30時間ぶりくらいに吸ったけれど、美味しくともなんともなかった。煙草もまた、何もしていないわけではないという演出の小道具だったことに気付く。


これ以上はやめておこう。僕のいまの生活は、文章で書くにはあまりにも頼りなく、砂時計をじっと眺めるよりも遥かに退屈だ。

ここまでおよそ1400字。やっつけなけりゃいけない原稿のボリュームにはほど遠い。明日こそはやろう。そう決めたその明日は、もう昨日になってしまった。キーボードのバックスペースが壊れて久しい。

元気がないふりをしていて、結局この文章にタイトルを付けてタグまで付けて投稿するわけだ。別に大した病でもない。サリエリほどの苦悩すらも味わっていないのに、小さく居直って悲劇の主人公を気取っている自分がなんとも浅はかで醜い人間のように感じる。

肥大化した自意識は、己の思っているほど大きく深刻な血栓ではない。それはここまでの文字数こそが雄弁に語る。さあ、原稿は進むだろうか。

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かわい (ライター)

カタいことばっか言わないでさ……
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