葛原式教育の全体像

僕の提唱する教育実践たち「#けテぶれ」「#学習界マンダラ」「#心マトリクス」「#図考」これらがどう関連しあい、葛原式教育を形作っているかを説明します。

まず僕の代名詞のようになっている「#けテぶれ

これは宿題を改革し、子どもたちに自己学習力をつけることをねらう実践です。ここでいう「学習」とは、いわゆるお勉強にとどまらず、

学習=自分の中にないスキルや価値観を吸収し、自分の中に定着させること

を言います。

つまり、「けテぶれ」はインプット的な性格が強いのです

けテぶれを行うことで「インプット」を自在に行うことができるようになる。言い換えると、「自分なりの学習法」を見出し、自分で知識をインストールしていけるようなるということです。だから、子どもたちは言うのです。

「けテぶれ」をやると勉強が楽しくなると。

さらにけテぶれは家に帰ってから、一人で取り組むという側面から、
自分のサボり心に出会い打ち勝つ経験をつむということも狙えます。

これを「心に勝つ」と言っています。努力をするためには効率的な方法を知っているだけではだめで、結局は自分が必死に頑張らなければ何もならないということを学ぶのです。自らが主体性を持つことの大切さに気づかせる。ともいえます。

「心に勝つ」ためのモチベーションは、自分の現状を認識し、改善の必要性を受け取ることで生まれます。「今自分はやばいなぁ。がんばらなきゃ!」という状態ですね。「けテぶれ」ではその認識も高めます。今、自分の何がうまく行っていて、何がだめなのか、これを鋭く分析させ、「自分」に対する認識を深めて行くのです。

この「自分に対する認識=メタ認知」とそこから生まれる「やらなきゃ!という思い=主体性」が「けテぶれ」という学習方法を支えるのです。

インプットが「#けテぶれ」ならば、アウトプットは…

「#NKS思考法」です。

「図考」は「抜き出し組み立て整理する」という思考の基本的、根本的な3段階にもとづき、物事を1つずつ積み上げながら考える力=論理的思考力=言語を操る力を養う実践です。

思考するためには"問い”がなくてはなりません。問いを解決するために有効な要素を抜き出し、その要素同士の繋がりを見出しながら組み立て、ノイズを排除しながら分かりやすい形に整理する。これが図考の基本的サイクルです。
この側面から、「探究的思考」を養う実践であるともいえます。答えのある「学習」の枠を超え、自ら答えを追い求める「探究」です。

論理を一つの結論にまとめ上げていくため、図で表すとこのようになります。
KJ法やブレストは「抜き出す」に特化した実践。ボーン図や大谷翔平選手が使っているたことで有名になったマンダラチャートは「組み立て」の段階を先に行うことで”枠組み”を作り、「抜き出す」を促進する図。マインドマップは「抜き出し、組み立て」を並行して行う図。

このように思考活動を促進させるようなアイディアはすべてこの「抜き出し組み立て整理する」の思考過程を補助する役割を果たしているのです。「整理する」を補助するアイディアが少ないことも特徴としてあります。

だから「図考」ではそこまでカバーしようとするのです。

インプットのけテぶれ、アウトプットの図考をまとめると以下のようになります。

主体性とメタ認知でしっかりと自立した学習者でないと、その上に探求的思考を賄う「NKS思考法」を乗せることは出来ません。

逆に言うと、学習者として自立していくと、子どもたちは自然と「探求」へとステージをあげていきます

インプットを支えるもう一つの要素が「#学習界マンダラ」です。

これの初期の名称は「循環型集団学習デザイン」でした。つまり、集団で学習する時に、その集団構成員それぞれの学習ニーズを網羅し、さらにそれらを"循環”させることで授業時間中に思考が止まる時間をゼロにする実践です。

これは「けテぶれ」で行う個人学習ではなく、集団学習であります。つまり子どもたちは集団の中で有機的に繋がり合い学び合うのです。だから子どもたちは言います。葛原先生の教室では授業で友だちと仲良くなれる。と。

彼らはこの集団学習を通して学ぶのです。自分の時間を他の人に使うことの気持ちよさを。友だちのわかった!という喜びが自分の喜びになることを。一緒に頭を捻って切磋琢磨する素晴らしさを。困ったときには誰かが手を差し伸べてくれるということを。わからないことは何も恥ずかしくないということを。

また、この集団学習はけテぶれで行う個人学習をも促進します。授業で教わったことは自分ひとりでやりたくなりますから。そして、自分ひとりでやってわからなかったことは、友だちにききたくなります。

こうして「宿題」と「授業」が学びの両輪として回り始めるのです。

学習界マンダラは個人学習を支え、促進させる位置づけにあるのです。

この図では、けテぶれの横の「メタ認知」と「主体性」が拡大されているのが分かるでしょうか。学習界マンダラを使った授業で、友だちと交流することによって、「今の自分」をより鮮明に認識し、頑張る友だちに刺激されて主体性も拡大するのです。また、「けテぶれ」という学習法自体も友だちから色々な方法を吸収し、拡大させることが出来ます。

学校に来て、先生から知識を教えてもらうだけ帰るのはあまりにももったいない。先生よりも立場の近い友だちから学ぶことは大いにあるのです。先生が与えてやれない学びが友だちとの間には大量にあります。

ここまでで「けテぶれ」「NKS思考法」「学習界マンダラ」の関係性を説明することが出来ました。

けテぶれ→NKS思考法」は知の側面に突き抜ける実践でした。

けテぶれ⇔学習界マンダラ」は徳育にも通ずる学びが含まれる実践でした。

徳育に関しては「#心マトリクス」という図を示しています。

ここではこの心マトリクスについての詳しい説明は出来ませんが、これも膨大な解釈を含んでいます。これだけで何本も授業ができます。日々の生活指導も、道徳の授業も必ずこれを掲示します。

一言で表すなら「人に優しく、自分に厳しく」です。

幸せになるには、自分だけが笑顔でいれば良いのではありません。笑顔に囲まれて初めて幸せを感じるのです。それが横軸。

そして縦軸は前述した「心に勝つか負けるか」を表しています。

このマトリクスに、先程まで述べてきた「けテぶれ」「NSK思考法」「学習界マンダラ」を位置づけることが出来ます。

心マトリクスの右上を拡大しています。ここにすべての実践が位置付きます

以上が葛原式教育の全貌です。

これらの実践の中で中核を担うのが「けテぶれ」です。

なぜなら、「けテぶれ」は「個」として自立することをを目指す実践であるからです。個人が自立出来なければ、集団は育ちません。

クラスの子供達一人ひとりが今の自分を見つめ、成長しようと頑張らなければ集団は育たないのです。

ただそれは一人でなんでもできるように成りなさい。と言っているのではありません。

一人ひとりが一生懸命努力する。その上でお互いが支え合い集団として高め合う。こういう姿を目指したいのです。

一人ひとりの心に火をつける実践こそが「けテぶれ」なのです。

そして最後に…

これらすべての実践の真ん中には大きな柱が通っています。

それは

「信じて任せて認める」

という僕の教育観です。

葛原式教育はこの大黒柱によって立っているのです。

Twitterでつぶやいている内容もすべてこれらの実践の何処かを切り取ったものです。全てはこの図に帰結します。いまのところ。

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けテぶれ

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