グルーヴって移動のこと!そしてここに、すごい移動のエキスパート集団がいるんだよ!な、中野成樹+フランケンズ『えんげきは今日もドラマをライブする』@東京芸術劇場シアターイースト(少し後悔まじり)

並んでいる順に音符をたどっていけば、正確にメロディを奏でることはできる。でも、それではグルーヴは生まれない。では、グルーヴとは何か。私はそれを“音符と音符の間の移動の仕方”だと定義している。たとえどんなに短くても、Aいう音符とBという音符の間には空間があって、そこを華麗に、あるいはワイルドに、はたまた優しく、または粘っこく、自分だけの動線を描いて進んでいくこと。それをBとC、CからDへと、曲が終わるまで続けること。瞬間ごとに生まれては消えていくステップが震わせる空気の波形、つまり移動の仕方こそが、グルーヴをつくるのだ。

中野成樹+フランケンズ、通称ナカフラの新作『えんげきは今日もドラマをライブする』、言い切ってしまうが、これは1度にたくさんの演劇が観られますよという賑やかさやお得感ではなく、ナカフラの移動術=グルーヴ感の達人ぶりをたっぷり堪能するための企画だ。

Aプログラムが、シェイクスピアの『夏の夜の夢』、森本薫の『華々しい一族』、モリエールの『亭主学校』をもとにした『マキシマム・オーバードライブ改』という、錯綜する恋の矢印3部作とでも呼びたいセレクトで、それぞれをほぼ全編上演。Bプログラムが、ギリシャ悲劇からロロまで2500年の演劇史から選び抜いた11本のダイジェストを上演。特に11本を約2時間で移動したBプログラムは、戯曲の本質を捕まえ、それを離さないうちに次の戯曲の本質も捉え、時々シームレス時々トリッキーな移動術を見せた。

Bプログラムのポストトークに呼んでいただいた私は、全体の感想を伝えたり、この無茶な企画の動機や稽古の仕方を中野とドラマトゥルグの長島確に尋ねたりした(それはそれでおもしろかったし、「大変なのはわかっていたはずなのになぜこういう企画を?」という問いかけに、中野が言った「だって……、演劇っておもしろいじゃないですか!」にはグッと来た)のだが、後々考えるに(遅い)、この公演はナカフラの巧みな移動力=グルーヴ感によってのみ可能な企画だったことに言及すべきたったという気持ちが強くなっている(せっかくの機会を活かせず、私のバカ! 聞いてくださった皆さん、中野さんと長島さん、ごめんなさい)。

いや、戯曲から戯曲への移動には、実は当日も気持ちが持って行かれていたのだが、中野からは「○○(Aという戯曲名)にはベンチが出てくるので、ベンチと言えば△△(Bという戯曲名)かなと」という解説を得て、それが尻取りのようでおもしろく、そこで満足してしまったのだ。今なら、その順番決め(長島は「セットリスト」と呼んだ)のあと、何と何はフェードイン&フェードアウトで、どの組み合わせはカットイン&カットアウトにしたのかといった、戯曲から戯曲へ移動するステップ決めについて聞いてみたい。

だがもちろん、Aプログラムも移動に無自覚なナカフラではない。前述したように、選ばれたのは、恋の矢印がすれ違い入れ違うことを共通項にした3作で、こちらはそれぞれの作品の中に巧みな移動がある。特に唸ったのが『華々しき一族』で、自分の思う相手を追い、思われる相手を追いていく動線と時間のかけ具合がお見事。また、物語が進行する邸宅のひと間からは見えないテニスコート、川、登場人物達の寝室などの距離の感じさせ方が正確。大事なことは常に舞台から見えない場所で起きていた、そしていつもセットに階段があって、見えない2階か地下室に観客の想像力を誘った、最も色っぽかった頃の岩松了作品を思い出したし、そうか、森本薫は「静かな演劇」の先駆だったのかと考えてしまった。そしてこの『華々しき一族』は、洪雄大と齋藤淳子がいかに上手い俳優であるかを余すところなく伝えてくれる。俳優をあまり褒めない私だけれども、モンスターですね、このふたりは。こんなことを書いても誰がわかるのかという感じだけれども、日本のテレビドラマの黎明期を支えた、俗っぽい辛口ホームドラマ「木下恵介アワー」をナカフラでやってほしくなった。

中野は、日本の小劇場界では珍しく劇作をしない演出専門の演出家で、しかも戯曲絶対主義ではなく、戯曲ごとにアレンジの度合いを変える──外国の話を日本に移すといった程度ではなく、元の戯曲にはない設定やせりふで原作の核部分を強調することもある──「誤意訳」と称する独自のスタイルが取りざたされるけれど、アレンジスコアに書かれた音符だけではなく、その間をつなぐグルーヴこそが今回の見どころだと思う。と書いてふと気付けば『演劇は今日もドラマをライブする』の略称は『えんげきドライブ』。最初から移動は示唆されていたのだった。ああ、そのこともポストトークで聞けばよかった。

東京劇場劇場のシアターイーストで、この土日で終わってしまいます。彼らの華麗なステップが遠ざかっていく前に、AもBもおすすめです。


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