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世界近代文学

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#ロシア文学

vol.115 チェーホフ「かもめ」を読んで(神西清訳)

vol.115 チェーホフ「かもめ」を読んで(神西清訳)

ずっと若いころ、何度かアングラ風の演劇を見たことがある。小劇場から伝わる印象はどれも暗かった。人間の心の奥にある葛藤を誇張的に独白したものや、理不尽な社会を描きながら誰かに共感を求めるように手を広げ、薄暗い舞台にたたずむ俳優を思い浮かべる。

この戯曲「かもめ」は、1896年秋、サンクトペテルブルクの劇場が初演らしい。僕は、ゴーゴリの「外套」で、襟を立てうつむき歩く小役人「アカーキイ」が住む街の、

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vol.109 ショーロホフ「人間の運命」を読んで(米川正夫/漆原隆子訳)

vol.109 ショーロホフ「人間の運命」を読んで(米川正夫/漆原隆子訳)

1956年にソビエト連邦共産党機関紙に掲載された、ノーベル文学賞作家ミハイル・ショーロホフの作品。

タイトルにつられて初めて読んだ。

あらすじ
第二次世界大戦が終わって初めての春の日、幼い少年を連れたソ連のトラック運転手アンドレイ・ソコロフが、偶然出会った「私(著者)」に自身の戦争体験を物語る。戦争が始まると、彼は妻と3人の子供と別れ前線に向かう。戦いで負傷を負ってドイツ軍の捕虜となる。各地の

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vol.93 ドストエフスキー「地下室の手記」を読んで(安岡治子訳)

vol.93 ドストエフスキー「地下室の手記」を読んで(安岡治子訳)

僕も、10代のころ、「俺」にあるような自意識があった。他人が自分のことをどう見ているか気になりすぎて、人の輪に入っていけず、それでも友人を作らなければと、恋愛をしなければと、自分を追い立てて、こんがらがっていた。

ペテルブルグの地下室にこもって「手記」を書いている40歳の「俺」も、自分の意識に苦しんでいた。

この作品、語り手の「俺」のこじれた思考に、あまりにも過激な自意識過剰人間に、ぷっと吹き

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vol.75 ドストエフスキー「白夜」小沼文彦訳

vol.75 ドストエフスキー「白夜」小沼文彦訳

「ナースチェンカ、おお、ナースチェンカ」

ついつい、クスッと笑ってしまうこの夢想。どうやっても喜劇なのだけれど、ペテルブルクに住む名もない孤独な青年が愛おしい。

ドストエフスキー初期の短編、バレンタインデーの夜に「感傷的ロマン」を読んでしまった。

1848年、ペテルブルクの白夜を想像する。YouTubeにあったイタリア版映画で、想像を膨らませる。

この小説、孤独な青年の淡い恋心が、幻影だっ

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vol.72 ゴーゴリ「狂人日記」を読んで(横田瑞穂訳)

vol.72 ゴーゴリ「狂人日記」を読んで(横田瑞穂訳)

精神病患者とされた、ロシアの下級官吏の日記だった。(1835年発表)

ゴーゴリ「外套」にも出てきた小役人が、今度は精神に障害を持つ40過ぎの男として登場していた。僕には印象深い、いわゆる『ペテルブルグもの』だ。

概要
長官の令嬢に恋してしまった小心者の「おれ」は、犬が人間の言葉で喋り、手紙も書いているという幻覚をとても饒舌に、日記につづる。彼の病態は日増しに悪化し、やがて自分をスペインの王位継

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vol.67 ドストエフスキー「貧しき人びと」を読んで(木村 浩訳)

vol.67 ドストエフスキー「貧しき人びと」を読んで(木村 浩訳)

この作家が登場して 170年、「ドストエフスキー」とつぶやくと、いまだに熱っぽい議論が伝わってきそう。世界中の創作に影響力を持っていそう。聖書をちゃんと読んでいない僕にも、高尚な作品だと勝手に思い込ませる重さがある。

さて、ドストエフスキーのデビュー作品、「貧しき人びと」

この小説は、その日暮らしの貧乏の上に、世間から侮蔑を受けながらも細々と生活をしている初老の小役人マカールと、病弱で薄幸の少

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vol.66 ツルゲーネフ「はつ恋」を読んで(神西清訳)

vol.66 ツルゲーネフ「はつ恋」を読んで(神西清訳)

19世紀のロシア文学を読むと、日本の道徳に慣れ親しんでいる僕に、違う価値を教えてくれる。人生の教訓めいた文章が心地よかったりする。貴族に隷属された人々のことを考えたりする。「農奴の解放」とか「貴族の没落」というワードから、近代の歴史にも興味が出てくる。ウォッカを飲んで、サンクトペテルブルクの路地裏を瞑想しながらふらつく自分のコートのほころびを想像したりもする。

しかし、この1860年に発表された

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vol.56 ゴーゴリ「外套」を読んで(平井 肇訳)

vol.56 ゴーゴリ「外套」を読んで(平井 肇訳)

1840年に書かれたロシア文学。180年前のロシア、酷寒のペテルブルグの街を、外套の襟を立て、うつむいて歩く小役人を想像した。その仕草や身なりや臭いまでもがとても鮮明に伝わった。みんなから嘲笑される哀れな万年九等官の内面を知りたいと思った。

岩波解説に、ドストエフスキーの「我々は皆ゴーゴリの『外套』から生まれ出たのだ」との言葉が紹介されていた。また、芥川龍之介はこの「外套」を模倣して「芋粥」を書

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vol.52 ドストエフスキー「正直な泥棒」を読んで(小沼文彦訳)

vol.52 ドストエフスキー「正直な泥棒」を読んで(小沼文彦訳)

1848年に発表されたドストエフスキー初期の短編。この時代、ちょっと調べた。ロシア帝国ではまだ農奴制があり、貴族に隷属されていた農奴たちは「貧しき人々」だった。日本ではこのころ、黒船来航で大騒ぎしていた。江戸時代末期、貧農が豪農に借金の帳消しを求め、均等な社会を求める世直し一揆が続発していた。

ドストエフスキーの作品に共通して描かれているのは、徹底的な貧しさと生きることの難しさ、過ち、そして苦悩

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vol.40 トルストイ「イワン・イリイチの死」を読んで(望月哲男訳)

vol.40 トルストイ「イワン・イリイチの死」を読んで(望月哲男訳)

今から130年前のロシア文学。

「このような死の感情を自分も経験するかもしれない」と思いながら読み終えた。

この小説は、健康で生き生きと気ままに生活をしている人と、瀕死の病に侵され、苦痛に耐えながら、ただ死を待つだけの絶望の時間を過ごしている人との、「断絶」が書かれていると思った。孤独な「死」と直面している主人公の「イワン・イリイチ」の、心理的葛藤の鋭い描写にグッと引き込まれた。たぶん僕にその

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vol.17 チェーホフ「桜の園」を読んで(神西清訳)

vol.17 チェーホフ「桜の園」を読んで(神西清訳)

一回読んだだけではなんのことがさっぱりわからなかった。

内容は、先祖代々の美しい領地が抵当にはいって、近く競売になろうというのに、昔の甘い生活の夢を捨てきれないでいる地主家族の物語。これじゃぁありふれている。おもしろくない。感想文なんかとても書けない。

戯曲は登場人物をしっかり把握しておかないと分からなくなってしまう。誰がどのタイミングでなにを言ったか、どう動いたか。一人一人書き出した。また、

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