マガジンのカバー画像

日本近代文学

92
読書感想文
運営しているクリエイター

記事一覧

vol.148 永井荷風「濹東綺譚」を読んで

vol.148 永井荷風「濹東綺譚」を読んで

タイトルの濹東綺譚、「隅田川東岸の物語」という意味らしい。(再読=vol63)。

東京にあった私娼(無許可の闇営業的な娼婦)の街、玉の井(現東京都墨田区)を舞台として描かれた随筆的な小説。

昭和11年、日華事変勃発直前の重苦しい世相の中で、娼婦との交情を題材とした荷風の代表作。「日本はアメリカの個人尊重もフランスの伝統尊重もない」と考えていた荷風だ。きっとこの作品にも、江戸の下町情緒を残す文化

もっとみる
vol.147 西村賢太「苦役列車」を読んで

vol.147 西村賢太「苦役列車」を読んで

西村賢太が中学卒業後の日々の暮らしをもとに書いた小説。大半が事実だという。2011年の芥川賞受賞作。

<内容>
主人公は北町貫多、19歳。中学卒業後、日雇の港湾人足仕事につく。友人はいない。すぐにキレる。仕事はサボる。嫉妬心が強い。母親の金にすぐにたかる。時には暴力的に奪う。家賃を数ヶ月滞納したあげく、行方をくらます。稼いだ金は酒と風俗につぎ込む。(内容おわり)

自分の内面にあるくすぶった感情

もっとみる
vol.146 織田作之助「夫婦善哉」を読んで

vol.146 織田作之助「夫婦善哉」を読んで

大正から昭和初期の大阪を舞台とした、意志の弱い男柳吉としっかり者の女蝶子の物語。「みんな貧しくて、泣いて笑ってけんかして、人と人とが近すぎるほと近い時代」(1955年豊田四郎監督DVDより)

まさにそんな風景の中で描かれた、いとおしさと可笑しみが心に沁みる作品だった。

再読(2019年3月14日vol.36)

内容
蝶子は一銭天ぷら屋を生業とする種吉、辰子の長女として生まれる。17歳で芸者と

もっとみる
vol.145 宇野千代「おはん」を読んで

vol.145 宇野千代「おはん」を読んで

二人の女の間で揺れる大変身勝手な男心を描いた物語。人情味あふれる上方言葉の文章を楽しみながらも、古い時代の女の献身的な愛に戸惑いながら読む。

<内容>
主な登場人物は3人。語り手の懺悔(ざんげ)のように自身の行いを情けなく語る男「私」。芸者屋を営む「おかよ」は「「私」の愛人で7年間共に暮らしている。タイトルの「おはん」は、「私」の妻で、ぐうたらで自分勝手な夫「私」に逃げられるも、親元へ引き取られ

もっとみる
vol.144 又吉直樹「月と散文」を読んで

vol.144 又吉直樹「月と散文」を読んで

ネットで見る又吉直樹の空気感に心地よさを感じている。芥川や太宰が大好きだと公言している著者と、近代文学ばかり読んでいる僕とは、勝手ながらおもしろいなぁと思う感覚が似ているのかもしれない。

彼の視点は気付かされる部分も多い。「東京百景」のころからずっとその言動にも興味を持っている。小説「火花」も「劇場」も「人間」も、社会の隅っこで息をしている人のことが描かれており、興味深いテーマだ。

近代文学は

もっとみる
vol.143 有島武郎「一房の葡萄」を読んで

vol.143 有島武郎「一房の葡萄」を読んで

有島武郎が亡くなって100年経った。今でも時々教員の教材として扱われているとのこと。

<概要>
「小さい時」の「ぼく」を、大人になった後の「ぼく」が語る話しとして描かれている。「ぼく」はある時学校で、同級生のジムの絵の具を盗む。それを知られてしまうが、先生の計らいでジムと仲直りできたという物語。(概要おわり)

この作品を教員教材として捉えるなら、過ちを犯した子どもにどう寄り添うか。教員としての

もっとみる
vol.141 庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」を読んで

vol.141 庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」を読んで

東大紛争に翻弄される日比谷高校3年生「薫」くんの物語。

東大に進学するつもりだった彼の、ついてない1日(1969年2月9日日曜日)をしゃべり言葉で語る構成。第61回芥川賞受賞作。

なんのために大学に行くのか。自分はどう生きようとしているのか。自分の言動と内面との違和感。大人たちへの不信感。10代のころ身に覚えのある心の葛藤だが、その時代背景に興味がわく。1960年代の青年の目を通して、当時の揺

もっとみる
vol.140 幸田文「台所のおと」を読んで

vol.140 幸田文「台所のおと」を読んで

とても静かな小説。しみじみとした文章。モノクロ写真の奥にある物語を見せられている感覚。人にはそれぞれの音がある。人の物音から見えてくる気質や感情の移り変わりが繊細に描かれた作品だった。

<内容>

病床の夫「佐吉」は、台所で料理をしている妻「あき」がたてる小さな音を追っていた。この夫婦は20歳も年齢の開きがあり、互いに何度目かの妻であり、夫であった。二人で小さな料理屋を営んでいた。

「あき」は

もっとみる
vol.139 宇野千代「八重山の雪」を読んで

vol.139 宇野千代「八重山の雪」を読んで

「はる子」と「ジョージ」の無邪気な愛の物語。後先考えずに突き進むそのひたむきさに、心が微笑ましくなった。宇野千代が実話をもとに書き下ろしたとういこの作品、著者の人柄も伝わってくる。

内容

主人公「はる子」が若い頃の「いたずら」を語る形式で始まる。時代は太平洋戦争後2、3年の頃、松江(島根)に駐屯していた英国海軍兵「ジョージ」と出会う。「はる子」には結婚話が進んでいた男がいたが、「ジョージ」と恋

もっとみる
vol.138 森鷗外「じいさんばあさん」を読んで

vol.138 森鷗外「じいさんばあさん」を読んで

ばあさんの名は「るん」71歳。過酷な運命の中でも献身的に生きてきた。37年ぶりに再開したじいさんと、今、仲睦まじく暮らし始めた。

この物語「じいさんばあさん」だが、ばあさんの存在が光っている。「るんばあさん」に会って話がしたい。自分の人生をどう思っているのか、その心の中をのぞきたい。

時代は江戸中期、主従関係に基づく統治の中では、女性は自分で生き方を選べなかった。「るんばあさん」も、家の事情、

もっとみる
vol.135 太宰治「駆込み訴え」を読ん

vol.135 太宰治「駆込み訴え」を読ん

イスカリオテのユダ(新約聖書に出てくるイエス・キリストの弟子のひとり)の視点で、「旦那さま」という誰かよくわからない人に、イエスに対する感情を述べるという形式で書かれていた。

混乱するユダの苦悩やその感情に至った経緯を太宰なりの言い回しで表現している。そこがおもしろい。しっかりと読んだ記憶がない新約聖書や「ユダの福音書」にも興味を持った。

太宰の小説の中では、「私」であるユダが、「あの人」であ

もっとみる
vol.134 森鷗外「牛鍋」を読んで

vol.134 森鷗外「牛鍋」を読んで

思わず箸を伸ばしたくなる「牛鍋」を初めて読む。1,800字ぐらいの作品はあっという間に終わる。読み終わった後に、どういうことなのだろうと考える時間が好きだ。

<内容>
夫を亡くした女とその幼い娘と亡き夫の友人である男が牛鍋を囲んでいる。男は一人でひたすら箸を動かし牛肉を口に運んでいる。女は「永遠に渇しているような目」で男の動くあごを眺めている。幼い娘は箸を持って牛肉を食べる機会をうかがっている。

もっとみる
vol.133 芥川龍之介「歯車」を読んで

vol.133 芥川龍之介「歯車」を読んで

作家であり続けることはこんなにも辛いことなのだろうか。

発狂の恐怖に怯えながら、精神的に追い込まれていく主人公「僕」の意識の流れが描かれていた。「芥川の遺書」としての評価があるこの作品、著者の「ぼんやりとした不安」を抱え込んでいる様子が苦しいほどに伝わった。

<内容>
主人公「僕」は、知人の「結婚披露式」に参加するため、ある避暑地から東京に向かう。その途中レエン・コオトの幽霊の話を聞く。それ以

もっとみる
vol.132 川端康成「千羽鶴」を読んで

vol.132 川端康成「千羽鶴」を読んで

名作と名高いこの小説、伝統的な陶器の美しさを絡めながら、愛と罪と死が漂う作品だった。これぞ川端作品だと感じながら、繊細で美しい文章と描かれた世界を楽しんだ。

<内容>
主人公、三谷菊治は25歳ぐらいの独身の会社員。父と母を相次いで亡くし、茶室のある屋敷に女中を置いて暮らす。栗本ちか子はお茶の師匠で、生前の菊治の父と関係を持っていた。ちか子の茶会に来た菊治は、千羽鶴の風呂敷を持った美しい令嬢、稲村

もっとみる