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vol.58 トニ・モリスン「ソロモンの歌」を読んで(金田眞澄訳)

アメリカの黒人差別の時代に、いろいろと思いをはせる作品だった。

小説の中に流れている時間に、グイッと引き込まれた。本を開くと、以前よく聴いていた1920年代の黒人ブルースの世界にすぐに飛んでいけた。そこには、アメリカ南部の黒人差別の風景があった。ビリー・ホリデイの「奇妙な果実」が蘇った。

ノーベル文学賞作家、トニ・モリスンさんは、先月亡くなられたこともあり、朝日新聞でも紹介されていた。通いの図書館に彼女の専用コーナーが設けられていた。ほとんど反射的に手を出していた。読み終えるのに16日間もかかってしまった。読み終わった今、頭の中に、運命に縛られながらも、怒りを膨らませている黒人たちの息づかいが鮮明にある。

また、この小説は、オバマ前大統領が人生最高の書に挙げていた。バラク・オバマ氏のツイッターより)

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<物語概要>

冒頭、病院の屋上から人口の翼で飛び去ろうと生命保険会社の集金人が、墜落し即死するシーンから始まる。そして最後の場面で、主人公のミルクマンが、自分を殺そうとつけ狙う友人が銃を構えている岩に向かって、もう1つの岩の頂上から飛ぶシーンで終わる。
主人公は、ミシガン州の黒人中流家庭に生まれ、いつまでも母親が与える乳から離れなかったことから、ミルクマンと呼ばれていた。1963年を現在時として、32歳になったミルクマンは、自分の父メイコン・デッドや叔母のパイロットの不仲な過去の出来事に関心が高まる。やがて、自分のルーツを探して、祖父の故郷ヴァージニアの片田舎を旅する。その過程でミルクマンが成長する様や、当時の絶望的な黒人差別の現実が描かれている。(概略おわり)

僕の狭い知識の中で、黒人たちの置かれた悲惨な状況を強烈にじませてくれる作品だった。また、力強くて美しい文章にグイグイと引き込まれてしまった。特に喜怒哀楽の表現や、スパッと割り切った感情描写は、とても新鮮で魅力的に感じた。書き留めておきたい比喩もたくさんあった。また、壮大な映画を見ているように読書ができた。

この物語はとても悲しいけれど、何回も繰り返し読むごとに、人間が成長する要素について考えさせられる作品だと思った。また実際に起こった黒人差別事件にも触れられており、忘れてはならない人間の醜さについても、再認識させてくれた。なるほど、オバマさんおすすめの本だ。

もう一度ページをめくっていると、なんだか、僕が20代のころ、とても夢中で聴いていたブラインド・ブレイクを思い出した。彼もメイコン・デッドと同じ時代に生きていた。「Diddie Wa Diddie」という曲は、希望が叶う呪文の歌だった。この時代、本当に「飛ぶ」ことでしか、自由と幸福を手に入れることができない人種差別の時代があったんだと思う。今は本当に飛ばなくてもいい社会になったのだろうか。

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ふと、アンデルセンの「マッチ売りの少女」を思い出した。あの絶望的な大晦日の夜、誰も買ってくれないマッチをすって、大好きなおばあちゃんの幻覚を見ながら凍死していく少女がいた。天国に行くことで初めて、自由と幸福とおばあちゃんに会える喜びをつかむことができた。「ソロモンの歌」にどこか似ている。

世界にはひどい時代がいくつもあったのだと思う。こうやって、近代の文学に触れることで、それぞれの時代背景に興味を持ち、今の自由が容易でなかったことに、思いを巡らせながら日々を暮らして生きたいと思う。トニ・モリスンさんに心よりご冥福をお祈りする。

それにしても、読みたくなる本がますます増えている。

おわり

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西野友章

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