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vol.20 アンデルセン「マッチ売りの少女」を読んで

しっかりと読んだことがなかったので、この短い有名な童話を一呼吸入れるつもりで読んでみた。

とても一呼吸どころの話ではなかった。絶望的な話だった。うわべだけをなぞると、ただ単に幻覚を見て死んでいく少女の話だが、その奥に作者の嘆きを感じた。

誰でも知っているストーリーを振り返る。

大晦日の夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っていた。しかし、街行く人々は年の瀬の慌ただしさから少女には目もくれず、目の前を通り過ぎていくばかり。マッチが売れずに家に帰れば父親に殴られるので、家には帰れない。

夜も更けて、少女は少しでも暖まろうとマッチに火を付けた。そうすると、暖かいストーブや七面鳥などのごちそうや飾られたクリスマスツリーなどの幻覚がひとつひとつ現れ、炎が消えると幻影も消えるという不思議な体験をした。

さらにマッチをすると、大好きなおばあちゃんが現れた。おばあちゃんが消えないように持っていたマッチにすべて火を付けた。

新しい年の朝、少女はマッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑みながら凍死していた。

この童話をどう読み取ろうか。アンデルセンは何を伝えたかったのだろうか。ネットにはいろんな解説があふれていた。

ネット上の感想文でよくあったのが、「なにが幸せか、なにが豊かなのかという基準は人それぞれで、周りの人が決めることじゃない。」とか「物質的なことよりも精神的な満足が幸福感においては上回る。」とか。確かに多くの近代文学者もそれを語っているし、その通りだと思う。

しかし、暖かい部屋の中で、笑顔の家族に囲まれながら、飾られたクリスマスツリーの前で、七面鳥などのごちそうを食べることと、大晦日の夜、寒さに震えながら、暴力的な父親に怯え、空腹の中で誰も買ってくれないマッチを全部すって、大好きなおばあちゃんの幻覚を見ながら凍死する少女と、どっちがどうなんだということは比較のしようもない。その上で、この作品、神様だけがこの絶望的な境遇を救ってくれる、もう社会にはなにも期待できない、という話かもしれないと考えた。

なぜ、この少女が微笑みながら死んだのか、この街の人たちは誰も想像できないというふうな描写がある。みんな新年を迎えて喜びに満ち、願いも新たにしている。そんな街の誰もが、凍死している少女を見て、なんとかわいそうな子なんでしょうと、哀れみを持って立ち止まったことだろうと思う。こんなことなら、マッチを買ってあげればよかったと思ったかもしれない。でも思うだけで結局なにもしてあげられなかった。この描写は、富裕層は貧困層には無関心ということか。

一方、マッチ売りの少女側から考えてみると、絶望的な境遇の中でも、マッチを灯すと、寒さもなく、空腹も消え、なんの心配もないまま、大好きなおばあちゃんに会える喜びで、思わず微笑んだ。ひょっとしたら、少女が流れ星を見たとき、少女の肉体はすでに死んでしまって、魂だけが、神様のところへ、天国へ、やっとたどり着けたということかもしれない。

作品の中にこんな描写がある。

「『いま、誰かが亡くなったんだわ』と流れ星を見たときに少女が言った。『星がひとつ流れ落ちるとき、魂が一つ神様のところへ引き上げるのよ』と今は亡きおばあさんが教えてくれた。」

少女が流れ星を見たとき、誰が亡くなったかは書いていないけど、少女自身、無意識のうちに流れ星になることを望んでいたのでいたのではないかと思った。すでに流れ星になったあと、魂だけがマッチの炎に現れた幻覚を感じていたかもしれない。おそらく天国に行く途中なので、寒さもなく、空腹もなく、なんの心配もない状況の中で、先に天国に召された大好きなおばあちゃんに会える喜びで、やっと微笑むことができたのかもしれない。

なぜ、そう思ったか。

アンデルセンの人物解説に「若き日のアンデルセンが死ぬ以外に幸せになる術を持たない貧困層への嘆きと、それに対して無関心を装い続ける社会への嘆きを童話という媒体を通して訴え続けていたことが推察できる。」とある。

また、この作品が書かれた1848年のヨーロッパは各地で革命が起こり、ウィーン体制の崩壊が始まっている年で、社会秩序が大きく揺れている状況がある。アンデルセン自身も、破れかぶれの中で、救ってくれるのは神様だけだと思っていたかもしれない。実際にアンデルセンは10代の頃、困窮を極めた生活を経験している。

当時、革命で荒れ狂う社会の中で、いつでも犠牲になるのは、なんの罪もない貧困層なのだということを、アンデルセンの怒り一撃として、狂乱のデンマーク国家に問うた作品なのだと思った。

この童話、読んでよかった。一呼吸どころではなかったけど、作者の気持ちを想像しながら読む楽しさも味わえた。(おわり)

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