お金とは?

フリーのクリエイターはもちろん、働く対価として受け取るもので全人類の共通認識となっている。

生きていく中で大事だし、世の中の大体の人は『お金持ちになりたい!』と願ったことはあるだろう。 当然クリエイターは、仕事の依頼を受けクライアントの要望通りに制作していく。その過程で発生した費用を計算し自分の対価をつけてクライアントから報酬を受け取る。

会社勤めなら、今現在の役職や仕事のクオリティーやノルマなどの関係でお給料として報酬を受け取る。 フリーランスだろうが雇われていようが、その人の対価としてお金が振り込まれる。そのお金で日々の生活をしたり次のビジネスの資金にしたりする。

先週、街角で見たジャケット(15,000円)が気になってたから報酬(給料)が出たから買う、ずっと行きたかった銀座の寿司屋(20,000円)に彼女と食べに行く。

給料やジャケットや寿司屋などは、金額設定がされているから迷うことなくその金額に納得するだろうが、フリーランスは最初の設定に迷う

確かに『相場』というものを考えないといけないし、相手によったら足元見て値切る人もいる。それに加えて出だしの頃は仕事をもらうだけで嬉しくなり、次も依頼されてもらおうと、ついつい安価な設定をしてしまう。

デザイナー向けビジネス書【デザイナーとして起業した(い)君へ。成功するためのアドバイス】の著者、デイビット・アーレイ氏も本の中で語っている。

当然だけどビジネス書には『お金』のことに対してものすごくたくさん書かれている、確かにビジネスにお金がつきものだから当然だ。

日本の義務教育にお金のことは殆ど教えてもらっていない。

僕はビジネス書をめちゃめちゃ読んだわけでもない(むしろ、あんまり読んでないほうだ)しかし、ビジネス書に書いてある『お金』の定義や考え方に「たしかにその通りだが、ズレていないだろうか?」と思うことがある。

僕は経済学者でもなければビジネス書を執筆している作家でもない、だから賛否、、いや否定する側のほうが多いと思うが(笑)

その僕が読んだビジネス書でいう『お金』とは

『お金とは、お金事態に価値はない、お金とはその通貨に対する世の中の信頼の対価だ。一万円を作る過程での原価はたった数十円なんだ。原価数十円の紙切れに惑わされるな!』


確かにそう思う、大昔の物々交換は価値が均等だとお互い納得するから成立する。

先人たちは物と物のやり取りの代わりに通貨というシステムを作り、統一の価値を設定した。一万円には一万円分の対価と交換できる、、、その通貨の原価は数十円だが、相手は信頼し一万円分の物を(サービス)を提供する。

そこで、僕は思う、、、

『お金とは信用を買うチケットだ。』

と言うビジネス書にも思う、言ってることはすべて理解できるし、なるほどとも思う

でも、僕たちにお金のことを説明するにあたり『信頼の対価』というのはシックリこないのだ(めっちゃ安易な表現だがこれが一番だと思う。)

信頼というのは以下のことならしっくしくる。

様々な経済や国際情勢の中で

日本「私たちの通貨『円』としての価値は、こうこうだから、これは『100円』と設定している。」

アメリカ「私たちの通貨『ドル』としての価値は、こうこうだから、これは『1ドル』と設定している。」

日本、アメリカ「なら1ドルの価値は100円に等しいから、それを基準にお互いの貨幣、商品を設定しよう。」

これこそがお金の本質が信頼といっていい。

ん?さっき話したビジネス書の話と、どうしっくりこないか分からない?

僕がしっくりこないこと、それは

『お金の信用とは円に対してドルの評価であるし、その逆もドルに対して円の評価である。』

それはお互いの信用であって、僕たちにとって『お金』とは設定であることなんだ。と思う

原価数十円だろうが、それが一万円で設定したなら、それは一万円だ。屁理屈言うと一円の原価は十円くらいと聞いたことがある。

なんなら、その『15,000円』のジャケットもメーカーが『15,000円』と設定したからその金額なのだ。

だから、お給料もその人の役職やスキルでの設定、フリーランスも自分なりに金額を設定する。

かなり無雁の漫画で『おぼっちゃまくん』ギャグ漫画がコロコロコミックで連載していた。

その中では「おぼっちゃまくん」は超お金持ちのご子息で、わがままなのである、ある日お金の支払いが面倒だからというクレームをオヤジがとんでもない方法で解決した話がある

なんと、おぼっちゃまくんのお金は『1,000円』の形をしたクッキーなのだ。

500円の買い物をする際は『1,000円』のクッキーを取り出し、半分くらい食べて半分を差し出す。

店員から『これは600円くらいあるから100円分食べてください。』と言われるよいうギャグ漫画ならではのぶっ飛んだ話だ。

しかし、これも『お金』の価値がクッキーなったという設定なのだ。

僕がしっくりこないのはこういうことなのだ、

『お金』を信頼の紙だと捉えるのは外資系の大企業と国で十分、僕たち単位では紙幣として設定されたこの紙が今は一万円の価値があるのか

という認識でいいんだと。

だから、いろんなビジネス書で『お金に価値はなく、信頼という対価だ』

と、書かれてもしっくりこないのだ。人によっては言い方変えてるだけで何も変わらないじゃん。て思う人もいると思う。

でも、自分の頭にハマった形にして物事を考えないと頭に入らない。

改めて『お金』ということに対して考えようと思う。




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