マーメイド

大学の卒業制作で書いた長編映画の脚本です。尺は約2時間です。
書体が完全に脚本コンペのフォーマットとなっているので、普通の小説の感覚では読みづらいと思いますが、敢えて当時のままで掲載します。途中頻繁に出てくる「○場所名」は場所、「× × ×」は時間経過、名前M「」はモノローグを表しています。お楽しみ頂けたら幸いです。文章が稚拙な部分はご容赦ください。

あらすじ:これは不老の女性の半生と青春のお話です。

2011年2月12日 村上 耕介

○ 登場人物

 

○ 香      不老の女

 

○ 北斗 獠   香の恋人

○ 東方 楓   香の母親

○ 西川 舞   楓の同僚

○ 南 彩    香の育ての親

○ 南 誠    香の育ての父

○ 北斗 士   獠の子孫

○ 海原 聖   獠の恋人

○ 上原 冴子  研究所の先輩

○ 黒田 敏夫  病院のヤブ医者

○ オヤジ    夏祭りの的屋

○ 先生     小学校の先生

○ 白木 沙織  いじめっ子

○ 緑川 由紀  いじめっ子

○ 赤井 良子  いじめっ子

___________ここから下有料です↓___________

○ 黒味

 

水中を漂う音。

そこへ遺伝子の螺旋構造のモデルが現れる。

螺旋構造の中にはフィルムのコマの様に画が映った板が連なっている。

視点は螺旋構造を上昇しながらその画を見て行く。

画は炎に包まれた地球誕生の様子から始まる。

隕石が大量に降り落ち、破片が海の中へと飛び散る。

視点が海中まで破片を追うと、その先には古生代の生物達がウヨウヨいる。

アノマロカリスが突如現れ、獲物を捉えそのまま海上まで浮上し飛び跳ねる。

飛び跳ねた背景には生い茂った陸が広がり、恐竜達が群れで走っている。

恐竜達の群れを抜け森の中に入ると猿人が木々を飛び交い、その途中の枝に止まっている始祖鳥が飛び立ち森を抜ける。

抜けた先の大地は氷河期の平野のど真ん中で、人類の祖先がマンモスと戦っていて、始祖鳥はそれを見下ろす。

始祖鳥はそのまま飛び続けていると、突如燃え上がり炎の一つ一つが美しい羽に変化して行き鳳凰の姿になる。

鳳凰がある布地の上に着地すると着物の絵柄となる。

その着物を羽織った卑弥呼が民衆の上に立っている。

卑弥呼が両腕を掲げると胸を矢で射られ、そのまま倒れる。

矢を射ったのは反対側で武装した群衆。

民衆は怒り狂い、武器を持って突き進み合戦が始まる。

戦う中で、格好が飛鳥時代から戦国時代へと様式が混じりながら変わって行く。

合戦で争う人々がフェードアウトで消えると江戸の街並みが現れ、人々のスピードはそのままで背景がインターバル撮影の様な動きで明治時代→大正時代→昭和時代へと変わって行き、行きかう人々の格好も変わって行く。

人々が歩いていると急に画面手前が明るくなり、白味になる。

視点が離れると、遺伝子の螺旋構造の全体像が再び現れ、白味の正体が核の茸雲だったことが分かる。

そのまま画の中の街並みは第二次世界大戦の画から一九八〇年の東京まで一気に移ろいで行く。

全てが映り終わり、螺旋構造の

螺旋構造の端も通り過ぎ、画面は再び何もなくなる。

水中の漂う音が次第に大きくなって行く。

音の発生源らしきモノが水中から水面に飛び出す音がする。

 

○ 楓の自宅・風呂(夜)

 

視点、目を開けると水の中から出て来る。

浴槽の中に潜っていたのは東方楓(30)。

風呂場の明りは暖色系で、水面で明りが揺らぐ。

楓 「(生気が無い様に)……ハァ」

ため息を吐く。

 

○ 同・居間(夜)

 

1LDKの片付いた部屋。

点けっ放しのテレビ。

テーブルの上には数冊の本、雑誌、コンビニの弁当、麦茶の入ったコップ、ティッシュ、何かの分子構造や文字がギッシリ書き込まれたノート、陽性反応の妊娠検査薬。

台所のシンクには山積みの食器と試験官が2本。

 

○ 研究所・廊下

 

『1980年』のテロップ

研究員達が歩いている。

その中に楓の姿、手には鞄と上着。

 

○ 同・研究室

 

パソコンで文章を打ち込んでいる西川舞(30)。

研究室のドアが開き、楓、入って来る。

舞、楓に気付く。

舞 「あっ、楓さん! 体調大丈夫になったんですか?」

舞、楓の傍に寄る。

楓 「(明るく弱々しい声で)ん~…大丈夫じゃない領域の中では大丈夫な方かな?」

と口だけ笑うが目が笑ってない。

舞、楓の荷物と上着を持つ。

楓 「んっ、ありがと」

そのまま歩きだす楓と舞。

舞 「どんな領域なんですか、それ? ていうか、それって結局大丈夫じゃないって事じゃないですか」

舞、荷物と上着を楓のロッカーにしまう。

楓、椅子に座り白衣を羽織る。

楓 「(明るく弱々しい声で)持病があっても体調悪くても、私には時間が幾らあっても足りない位なのよ」

舞 「何の実験やってるか知りませんけど、倒れたら元も子もないんですから、休む時はちゃんと休んだ方がいいですよ?」

舞、自分のロッカーから大量の資料を出す。

楓 「あなたは人のことよりも、来週提出する糖鎖結合についてまとめた自分のレジュメの心配をしたら~? (欠伸)あぁ、失礼、まだ『ま・と・め・て・い・る』だっけ?」

楓、パソコンに向かい、背中で返事をする。

舞、資料をドンと置き、机に頽れる。

舞 「ハ~イ…」

 

○ 同・休憩室(夕方)

 

煙草を吸っている上原冴子(40)。

その横にはサンドイッチを食べている舞。

舞 「あー疲れた」

冴 子「光の速さで全力疾走でもしてきたの?」

舞 「あの分量は相対性理論の物理法則よりも速く動かなきゃ終わりませんて…」

冴 子「フーン…あっそ」

舞 「ハァ~…誰か手伝ってくん無いかな~」

冴子、自販機から缶コーヒーを買う。

冴 子「世間は冷たいのだ、ホレ」

缶コーヒーを舞のおでこに当てる。

舞 「わ~アリガト~冴子サ~ン、でもレポート手伝ってくれるともっと嬉し~」

冴 子「オメ何イッテンダ~?」

舞 「ハ~イ」

×     ×     ×

壁に寄り掛かっている冴子。

座ってコーヒーを飲んでいる舞。

冴 子「…あーたさ、楓さんと仲いいよね」

舞 「ん? まぁ、そうですね」

冴 子「珍しいよね、あの人他人にはあんまり心を開かないって感じだったから」

舞 「へぇ~、そうなんですか? 意外です」

冴子、煙草をすり潰し灰皿へ捨て、新たにもう一本の煙草を吸い始める。

冴 子「あーたさ、楓さんが何でウチに異動してきたか知ってるかい?」

舞 「へ? いや、そういえば知らないですけど」

冴 子「あたしも人から聴いた話なんだけどさ、前居たとこでは元々メチャンコ優秀な研究員で遺伝子研究の第一人者でエースみたいな人だったらしいんよ。けど、そのせいで周りから相当やっかまれて色んな人間関係のイザコザあったらしいんだよ」

舞 「……」

 

○ 同・研究室

 

独り黙々とパソコンにデータを入力する楓。

冴子の声「そのせいでついにそこ辞めちゃってさ、その後たまたま学生時代の知り合いがウチの研究室にいたってんで、その伝手でウチに来たんだよ」

舞の声「そうだったんですか…」

冴子の声「そんなこともあってかさ…彼女ここでもあんまり他人に表情を見せなくなっちゃって…でも今年あーたが彼女の助手についてからはあーたにだけ心開く様になったみたいでさ。少し変わったんだよねそれ以来。だから正直良かったよ、少し心配してたからさ」

 

○ 同・休憩室

 

舞 「そうだったんですか…全然知らなかった…でもどうして私なんですか?」

冴 子「ん~それなんだよね~…どーしてあーたみたいなスットロイのが好かれるかね~? 情けな過ぎてほっとけないタイプなんじゃないかね?(笑)」

舞 「そんな人を犬畜生みたいに言わないで下さいよ~。そう思うんだったら私のレジュメ手伝って下さい」

冴 子「あたしゃあーたの三倍は忙しいのだ」

冴子、ゆっくりと軽く舞の額にチョップする。

 

○ 同・廊下(夜)

 

誰も居ない中、楓達の研究室だけ明りが着いている。

 

○ 同・研究室(夜)

 

椅子から立って思いっきり背筋を伸ばす舞。

舞 「終わった―!」

楓 「そう、それはおめでとう。取り敢えず今日はもう遅いから早く帰りなさい。鍵は私が閉めとくから」

舞 「あ、いえ、残って手伝います」

楓 「(振り返り笑顔で)そう」

×     ×     ×

舞、コーヒーをカップに注ぎ楓に渡す。

舞 「砂糖は?」

楓 「んーん、ありがとう。そこ置いといて」

舞 「……」

楓 「…ん? どうした?」

舞 「あ、いやぁ、それ何やってんのかなぁ~と思って」

楓 「ん? これ?」

舞 「今年の頭から結構気になってたんですけど、何なんですかこれ? 仕事とは別でやってるんですよね」

楓 「ん~……そーねぇ……もう教えてもいいかな? どうせ出来てからあなたにだけ言うつもりだったし」

舞 「私にだけ?」

楓 「これはね~…一言で言うなら…進化の可能性かなぁ~」

 

○ 黒田産婦人科・玄関~フロントロビー(数カ月後)

 

廊下が汚くて、狭くて小汚いビル

入口から入り、受付を済ませる舞。

舞の声「不老遺伝子?」

楓の声「テロメアって言って細胞分裂ごとに減少して行く遺伝子の端の領域のこと。これの残りの長さが寿命の決定にとても関係しているの」

×     ×     ×

長椅子に座っている舞。

途中、病室から南彩(36)の怒号が響く。

彩の声「フザケンジャないわよ!」

彩、警備員と南誠(36)に連れられて出て来る。

彩 「あんたのせいでウチの子供が死んだんでしょうがよ! 返してよ! ねぇ! 何とか言いなさいよ!」

誠、彩を後ろから抑えながら下がろうとする。

誠 「もういい! みっともないから辞めろ! 喚いても香は帰って来ないんだ! 落ちつけ!」

彩、泣き崩れ自分の足では立てなくなる。

その様子を離れた所から見ている。

咽び泣きながら誠に連れて行かれる彩。

舞の前を彩と誠が通り過ぎる時、彩と舞の目が一瞬合う。

彩と誠、そのまま玄関から外に出て行く。

その様子を終始見ている舞、振り返ると怒号が向けられていた病室から黒田敏夫(53)が出て来る。

ヤレヤレと言った感じでネクタイや身なりを整え直すと舞に気付き、一礼する。

舞、合わせて頭を下げる。

舞の声「塩基配列や糖鎖結合の組み合わせだけでテロメアを維持し続ける様に組み替えるなんて…そんなのが可能なんですか? 立証できたらノーベル賞所じゃないですよ!?」

楓の声「まぁ、たまたま見つけたパターンだったんだけどね…それでね、あなたには頼みたいことがあるの」

 

○ 同・廊下

 

話しながら歩く黒田と舞。

黒田は一方的に話すが、舞にその声は届いていない。

黒 田「いや~さっきは参りましたよ、お見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありません。たま~に居らっしゃるんですよね~、我が子を亡くしたやり場のない怒りと悲しみを医者にぶつけて来る様な輩が~。正直困るんですよね~あ~言うのは…西川さんは、そういう非常識な人とは勿論違いますよね~?」

軽く相槌をうつ舞。

 

○ 研究所・研究室(夜・回想)

 

舞、コーヒーを飲んでいるが、噴き出す。

舞 「…まさか私に被験者になれって言うんじゃ」

楓 「そんなことしないわよ、被験者はあたし自身…というよりこの子」

楓、自分の下腹を指差す。

舞 「……へ?」

楓 「医者が言うにはね…ホラ、あたし体が弱いじゃない? それで出産で体力が持たないかもしれないんだってさ」

舞 「……」

楓 「それでさ、もしもあたしの体に万事が起きたら…」

舞 「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ待って下さい待って下さい、待って下さい! へ? 何? へ? この子? へ? 何? お腹の? 楓さん、何? へ? 御懐妊!? …してたんですか…?」

楓 「あれ? あ~そういえばそれも言ってなかったっけ?」

×     ×     ×

楓の部屋の妊娠検査薬。

陽性の印に寄る。

×     ×     ×

舞 「初耳ですよ! 相手は誰なんですか!?」

楓 「ん~分からない、というより、不特定多数の男子の精子で人工胚作ったから、誰が、とは言えないのよ」

楓、罰が悪そうに笑う。

舞、視線を逸らす。

舞 「(物凄い小声で早口で)冴子さんが言ってた人間関係のしがらみってまさか、男性…」

楓 「ん? 何て?」

舞 「あ、いえ独り言です」

舞、前髪をさりげなく掻き上げる。

楓 「それで、話を戻すわね」

 

○ 黒田産婦人科・霊安室

 

部屋の中央で横になっている仏。

楓 M「それでね、もしも私の体に万が一が起きたら、あなたに私の子を引き取って欲しいの…勿論、無理にとは言わないし。気が乗らなかったら断って貰ってもそれでいいし…」

舞、黒田に導かれ、仏の顔を拝む。

仏は楓。

舞 「……」

 

○ 研究所・研究室(夜・回想)

 

真剣な面持ちの舞。

舞 「…あの…何で、私なんですか…?」

楓 「……ん~……このたった数カ月で、人生で一番仲良くなれたからかなぁ?」

舞 「……」

 

○ 黒田産婦人科・新生児室前

 

舞と黒田が立っている。

ガラスで仕切られた新生児室、その中は部屋一杯に保育器が並んでいるが、入っているのは赤子一人。

黒 田「ウチの病院は、ここだけの話しね、いわゆる分けありの出産なんかも扱ってもいましてね、特別料金さえ即金で積んで貰えれば、事情が公になる様な場合の身元なんかは聞かないで急患を受け入れることもあるんですね」

舞 「…はい」

黒 田「東方楓様の場合は、身元は聞きましたが事情は聞きませんでした。それであなたがあの子を引き取るという場合ですが、有事であらば事情はお聞きしませんが、一応あなたが西川舞様と確認出来る物を…」

舞、免許証を黒田に見せる。

黒田免許そうを見ている。

舞、赤子を見つめている。

黒 田「…一応保険証もあります?」

舞、鞄の中から保険証を取り出す。

黒 田「…お手数お掛けしました。諸々のお支払はもう既に楓様が済ませてあるので、あとは簡単な手続きが済んだあと、後日ご本人様にお子様をお引き渡しということになります」

舞 「…はい」

保育器の中で眠る赤子。

 

○ 同・外観(夕方)

 

玄関から出て来る舞。

 

○ 電車内(夜)

 

帰宅ラッシュで満員の車内。

舞 「……」

 

○ 都心(夜)

 

都心の夜景。

画の中央で電車が走ってる。

 

○ 黒田産婦人科・外観(夜)

 

誰もいなく、非常口の光源しかない病院。

人影が病院の前立つ。

×     ×     ×

人影の手、窓を破壊し鍵を開け、侵入する。

 

○ 同・新生児室・(夜)

 

人影の視点は周囲誰も居ないことを確認する。

ゆっくりと赤子の居るケースへと近付き、目の前に立つ。

赤子をケースから出すと抱きかかえる。

人影の正体は彩。

彩、赤子を見つめ優しい笑顔を作るが、涙が伝う。

彩の後ろ姿から引いて行きフェードアウトする。

 

○ 都心(朝)

 

絶え間なく行き交う人ゴミ。

 

○ 黒田産婦人科・外観

 

パトカーと立ち入り禁止の黄色いテープが在る。

玄関には警察官や刑事もいる。

周囲には野次馬、その後方に怪訝そうな表情の舞。

舞 「……!?」

病院から手錠をかけられた黒田が刑事に連行されて行く。

黒田を乗せたパトカーはそのまま発車する。

舞 「……!?」

 

○ 南家・外観

 

2階建で、どこにでもある様な普通の家。

中から誠の怒号が聞こえる。

誠 「この大馬鹿野郎!」

 

○ 南家・リビング

 

赤子の泣き声。

頭をうなだれながら机に手をついて立っている誠。

泣いている赤子を抱きながら彩床に伏している彩。

彩も咽び泣いている。

彩 「…だって、あんまりにも、不公平じゃない…私の子供は、あんなヤブ医者に殺されて…!」

誠 「殺されたんじゃない! あれは流産だったんだ! 流産は事故だ! でもお前のやってることは拉致誘拐だ! 犯罪なんだよ! それは!」

彩、とても会話が出来そうに無い位に泣きじゃくり床に伏せる。

誠 「…その子をどうするつもりなんだ…まさか育てるつもりじゃないだろうな?」

彩 「……」

誠 「捕まったらどうする…? もしバレたら全部終りなんだぞ…? 何もかも全部…!」

彩 「……」

誠 「今更返しに行った所でも同じだ…病院は今頃大騒ぎだ」

静かで重い空気が続く。

彩 「……この子は…香」

誠 「……何?」

彩 「…死んだのは…あの時病院にいた他の人の子供で…私の子供は…無事なまま…あそこにいた…」

誠 「まだそんなことを!」

彩 「あんな奴らの為に! …私達の最後の出産のチャンスをフイにされて…貴方だって子供が欲しかったんじゃないの!?」

誠 「……!」

誠、顔を抱えてテーブル席に座る。

誠 「それとこれとはまた別だよ…」

彩の腕の中でおお泣きしている香(0)。

 

○ 西川家・舞の部屋(夜)

 

ソファーで頭を抱えている舞。

時計は十二時を差している。

時計の音がだんだん大きくなる。

舞 「……」

時計を見る舞。

 

○ 警察署・受付フロア(回想)

 

舞、受付の警官に大きな身振りで訴えかけている。

受付の警察官、舞を五月蠅そうに見ている。

舞 M「信じられないことに、警察は手掛かりが少な過ぎるとして楓さんの赤子の捜索をしなかった…警察はあの黒田という男が様々な要人の事件に絡んでいると見ていて、その裏を取ることにしか関心が無かったらしい。犯罪捜査に躍起になることは結構だが、事件を大小で分けるなんて、この国の治安維持機構はどういうモラルを持っているのか…? まさかこんな展開が待っていようとは…」

 

○ 同・外観(回想)

 

正面玄関から落胆した肩をして出て来る舞。

舞 M「楓さんは私にだけあの子のことを話した。彼女がこの世にいない今、その遺志を継ぐのは、その遺志をどの様に決定するかの権利があるのは、私一人しかいない」

 

○ 研究所・休憩室(夕方)

 

壁に寄り掛かって煙草を吸う冴子。

落ち込んだ表情で座っている舞。

舞 M「身近で親しい人間の力も頼りたかったが、楓さんが今迄わざわざ隠してきたことをここで言って良い物かどうか…? 情けないことに私にはそれが判断できなかった」

冴子、舞を見る。

冴 子「……」

 

○ 同・研究室(夕方)

 

虚ろな顔で研究データの資料を眺める舞。

舞 M「自力で探すにしても、ネットワークが整備されていなかった時代、個人の人間にやれることには際限がある…正直望み等は殆ど無かった」

 

○ 西川家・舞の部屋(夜)

 

時計の針は十二時半を差している

頭を抱えていた舞、ゆっくりと前を覗く。

舞 M「最後の望みとして…あの子は果たして今いるその場所で、幸せでいるのだろうか? それだけが気掛かりだった」

 

○ 南家・外観(夜~朝)

 

家の中の明りが点いている。

雪が降りだす。

×     ×     ×

朝になり雪が積もる。

×     ×     ×

雪が溶け庭の草木の緑が見える。

×     ×     ×

家の周りを桜が舞い散る。

×     ×     ×

陽射しのコントラストが強くなり庭の緑が成長する。

玄関から香(6)が出て来る。

幼稚園の夏服でベレー帽、茶髪でポニーテール。

続いて彩(42)が出て来る。

自転車を出し、後ろの座席に香を乗せ、発射する。

 

○ 幼稚園・庭園

 

アスレチック、鉄棒、砂場、縄跳び等で遊んでいる園児達。

 

○ 同・教室内

 

部屋の隅っこで何もせず座っている香。

遠くからそれを見ている先生。

先 生「……」

 

○ 南家・外観(夜)

 

家の明りが点いている。

 

○ 同・香の部屋(夜)

 

布団で寝ている香。

階下から誠と彩の喧嘩の声が聞こえる。

誠の声「なんでまた幼稚園から連絡が来るんだよ! お前ちゃんと香の話聞いてやってるのか!?」

彩の声「聞こうとしてるわよ! ただあの子何にも話してくれないんだからしょうがないじゃない!?」

 

○ 同・リビング(夜)

 

テーブルに座っている彩と立っている誠。

誠 「大体な! 香がああいう風に引き籠った性格になったのは全部お前のせいだぞ! 何にも話して来ないのはお前の母親としての態度に問題があるからなんだよ!」

彩 「全部私が悪いって言うの!? じゃああなたは父親としての役割はちゃんと果たせてるって言うの!?」

誠 「ああそうだよ! 果たしてるよ! 昼間はお前らの生活の為に一日中働いてるよ! 毎日だよ! 休みなくだよ! だから香に会う時間が少ないんだよ! しょうがないんだよ!」

彩 「嘘つかないでよ! 休みはちゃんと週一であるでしょ!? あなただってそういう時にでも協力してよ! それに生活が満足してないかもしれないからあの子が引き籠るんでしょう!?」

誠 「あーハイそーでしたか、稼ぎの少ないだらしない父親で悪かったなぁ!?」

彩 「そうは言ってないでしょ!? ただちょっとあの子の相手をして欲しいって言ってるだけじゃない! 無理にどっか高くつく様な場所に連れてけとかそういうこと言ってるんじゃないんでしょうが!」

誠 「…アーッもー! 神様がもしいたら連れて行く子を間違えたんだよ!」

彩 「そんなこと今は言わないでよ! そんなこと聞こえたらどうすんの!?」

 

○ 同・香の部屋(夜)

 

目を開けながら寝ている香。

誠の声「大体お前はいつも子供に何食わせてんだ!?」

彩の声「そんなことは今は関係ないじゃない!?」

香 M「(成人の声)響いてくる両親の大声はとてつもなく怖く、ただずっと震えてて、早く終わって欲しかった」

と目を閉じ、布団で顔を覆う。

香 M「(成人の声)その時私が考えていたことは、『何で私はここに居るんだろう?』ということでした」

フェードアウト。

 

○ メインタイトル

 

川の水面に『マーメイド』

 

○ 夏祭り会場・縁日(夜)

 

川の沿いに暖色系の明りと人ごみが続く。

和太鼓の音楽のBGMがスピーカーから流れている。

川に架かる橋は大渋滞。

親子連れ、カップル、友達同士で来ている若者等、浴衣を来た来場客ばかり。

大体みんな八十年代に流行った髪型や恰好。

人ごみの中、香(6)が泣きながら歩いている。

香の恰好は茶髪のポニーテールでピンク色の浴衣。

周囲の者はチラ見することもなく香をスル―。

まだ泣き続ける香のもとへ獠(6)が歩いてくる。

獠の恰好は青いジンベエにウルトラセブンのお面。

獠 「大丈夫? 迷子?」

香、獠に気付くと少し泣きやみ首を縦に振る。

獠 「お母さんは?」

香、首を横に振る。

獠 「一緒に探そうか?」

香 「……」

×     ×     ×

人ごみの流れとは逆方向に隙間を縫って歩いて行く獠と香。

視点が二人から引いて行き、やがて上空から夏祭り会場全体を映し出す。

×     ×     ×

会場のいろんな場所を歩く。

 

○ 同・仮設トイレ前(夜)

 

仮設トイレの長蛇の列の前を通る獠と香。

獠 「トイレとか、いかなくてだいじょうぶ?」

香、首を縦に振る。

 

○ 同・金魚すくい前(夜)

 

金魚すくいの前を通る遼と香。

香、『一回五〇円』の看板を見ながら歩く。

獠、香が金魚すくいを見ているのに気付く。

獠 「…ねぇ」

香 「…?」

獠 「やる?」

香 「……」

×     ×     ×

金魚すくいの前に来る獠と香。

五十円玉を的屋に払う獠。

×     ×     ×

金魚すくいに挑戦する香。

一回すくうが、穴が開いて失敗する。

香 「……」

獠 「……」

×     ×     ×

十円玉五枚を的屋に払う獠。

×     ×     ×

金魚すくいに挑戦する獠。

香よりも良い線は行くが、穴が開いて失敗する。

獠 「……」

香 「……」

×     ×     ×

香、金魚の二匹入った袋を持って獠と並んで立つ。

二人の前には的屋のオヤジ。

オヤジ「それね、金魚すくいやった人は必ず貰える金魚だから」

その場を去る獠と香。

見送るオヤジ。

 

○ 同・本部テント

 

会場の人の少ない所を歩いている獠と香。

歩いていると『本部』と書かれたテントが見える。

テントには法被を着た者、手ぬぐいを肩に掛けた者、肌の汚いオヤジ等が数名いた。

横には『迷子』と書かれた受付の様な机があり、係の様な人間が無線で連絡を取り合ったりしている。

更に3~4組の父母がいて、その中には彩の姿。

彩、香に気付く。

彩 「……!? 香!」

香、母の体に触れると泣きだす。

香 「(泣きじゃくりながら)おかぁーさぁーん!」

彩 「も~どこ行ってたのよ~? す~ぐパッパカパッパカ勝手にどっか行っちゃうんだから~、大丈夫だった?」

香、泣きじゃぐりながら首を縦に振る。

脇で見ている獠に係員Aが獠に尋ねる。

係員A「君はあの子のお兄ちゃん?」

獠、首を横に振る。

係員Bが彩に尋ねる。

係員B「あのぉ~すいません、あの一緒に来ていた子はお子さんとは違うんでしょうかぁ?」

彩、係員Bの差す獠を見る。

係員A、目線を獠の高さに合わせる。

係員A「ねぇ、キミはどっから来たのかな? お父さんとお母さんは一緒じゃないのかな?」

獠、首を横に振る。

獠 「いない。ひとりできた」

係員A「へぇ~! 一人で来たの!?」

獠 「ボウケンしてた」

彩、目線を香の高さに合わせる。

彩 「あの子に連れて来て貰ったの?」

香 「…うん」

彩 「(笑顔で)そう。名前は何て言うの?」

香 「…知らない」

彩 「あら」

係員A「君は、名前何て言うのかな?」

獠 「ホクト・リョウ、6さいです」

係員Bと係員Cが彩の横で相談している。

係員B「あの子、どうします? 会場に本当に一人で来てるとは思えないですし。一応親御さんの名前を聞いてみて預かっときましょうか?」

係員C「でも本当に一人で来てるとなるとなぁ~…」

彩 「なら、私がこの子と一緒に同伴します。もしこの子の親御さんが見えたら、私の連絡先を書いときますので、そこへ」

係員C「あ、本当ですか? それは助かります!」

×     ×     ×

彩、本部の者達に一礼する。

香、彩に背中をポンとされ頭を下げる。

獠、香とほぼ同時に一礼する。

 

○ 同・会場

 

獠と香、彩に連れられて会場を回る。

×     ×     ×

綿菓子を食べながら歩く獠と香。

×     ×     ×

違う方に行こうとする獠を小走りで捕まえる彩。

×     ×     ×

土手にシートを敷き花火を見ている彩と獠と香。

 

○ 道(夜)

 

手を繋いで歩いている三人。左から彩、香、獠。

彩 「そ~う、じゃあ獠君ちここから直ぐ近くなんだね~」

獠 「うん、ここからあるいてすぐかえれる」

香 「……」

彩 「じゃあ途中まで一緒に歩いて行こうか、香」

香、彩の顔を見る。

 

○ 北斗家・前

 

玄関の前で手を振る獠。

手を振る彩と香。

香 「……」

 

○ 道(夜)

 

歩いている彩と香。

彩 「香?」

香、彩の顔を見る。

彩 「今日は楽しかったね」

香 「……」

首を縦に振る香。

 

○ 南家・香の部屋(夜)

 

寝ている香。

 

○ 同・リビング(夜)

 

離婚届をテーブルに置く誠。

彩、無表情でそれを見る。

彩 「……何これ……?」

誠 「……」

彩 「……」

誠 「……」

彩 「ねぇ、ちょっと…!?」

誠 「……すまない、もう疲れた」

彩 「……本気なの……?」

誠 「…俺は…何のトラブルのない、普通の人生を暮らしたかっただけなんだ…」

彩 「…トラブルって…」

誠 「…香が寝ている間に出て行く…」

既にまとめていた荷物を持って席を立とうとする誠。

彩 「…ねぇ、待ってよ…」

動きが止まる誠。

誠 「……」

彩 「今日の花火大会ね、香に初めての友達が出来たのよ? それって嬉しいトラブルだとは思わない?」

誠 「……」

彩 「……」

誠、再び動き始める。

誠 「…別居しても養育費だけは払うから…」

彩 「…ねぇ、そうじゃなくて、待ってよ…もう少し考え直してみて? せめてあの子が大きくなるまで…それより話しあいましょうよ…? 何で突然こんな…」

誠、彩に背を向け立っている。

彩 「これからなのよ…? あともう少しであの子の心が開けるのよ…? それをどうして…」

誠 「彩…お前悲しくないのか?」

彩 「……?」

誠 「あの子は…香は…香じゃない…俺達の香は、あの日死んだんだぞ? あの子を育てる為に…墓参りにだって行けやしない…申し訳立たない思わないのか? 俺達の子供に…!」

話している途中で咽び泣きだす誠。

喋り終わる頃には涙が流れていた。

彩 「……」

あっさり出て行く誠。

独り残った彩、ゆっくりと床に腰を下ろす。

彩 「……」

彩の頬には涙。

 

○ 同・香の部屋(夜)

 

寝ている香。

香 M「(成人の声)聞いた話では、父はその後会社が倒産し、幾千万に及ぶ借金を背負うことになったそうだ。残りの人生をその返済の為に費やしたらしい」

 

○ 老人ホーム

 

車椅子を押している彩。

×     ×     ×

老人の上体をベッドからゆっくり起こす彩。

香 M「(成人の声)母と私にはその返済の催促は来なかったが、当然生活費の仕送り等は無く、その年から母は働き始めることになった」

 

○ 南家・リビング(夜)

 

香、ソファーで毛布を被って蹲っている。

香 M「(成人の声)私は家では独りでいることが多くなった」

 

○ 小学校・廊下

 

白木沙織(12)、緑川由紀(12)、赤井良子(12)、並んで歩いている。

香(12)が視界に入り、立ち止まる。

香の髪型は茶髪のポニーテール。

香 「……」

白 木「……」

白木、緑川、赤井、香の横を通り過ぎて行く。

それを見送る香。

テロップ『1992年』。

振り返ると、香の視線の先には壁に寄り掛かっている獠(12)。

獠、友達三人と話しを聞いている。

ふと視線が香のいるこちら側を向く。

香、目を逸らし。獠の横を通り過ぎる。

香 M「(成人の声)ただ、以前の様に心を閉ざしたままではなく、彼を見るだけで、心はフワフワと中に浮いて、名前を読んでもらえるだけで眩し過ぎた」

 

○ 同・教室

 

掃除の時間、箒でふざけている獠と男子A。

獠 「リボルケイン!デュクシッ!デュクシッ!」

と箒を男子Aに向けて突く。

男子A「ちょ、おま、ヤーメーローよぉーぅ(笑)」

獠 「リボルクラッシュッ!」

男子A「ヤメロバカ、危ないって! (笑)」

女子A「ねぇー二人ともちゃんと掃除やって~」

男子A「え~俺悪くね~し、こいつが邪魔すんだよ」

獠 「大丈夫! マジメに掃除やってるから!」

 

○ 同・廊下

 

下校する生徒達と掃除する生徒達に分かれている。

教室内を見ている白木、緑川、赤井。

白 木「…うーわー…」

緑 川「男子って本当馬鹿だよね」

赤 井「テレビの見過ぎとか超キモいんだけど」

 

○ 同・職員室

 

椅子に座っている先生(38)と立たされている香。

先 生「南さん、先生もあんまり後ろめたくて言いにくいんだけどさ、お母様に給食費払ってくれるように言って、ちゃんとコレ渡してくれる?」

給食費と書かれた茶封筒を香に差し出す。

香 「……」

香、首を縦に振る。

先 生「…あの、でももし、お母様がもし『もう少しだけ待って欲しい』って言ってきたのなら、先生も『来月まで待ちます』って言ってたっていう風に伝えといてくれないかな?」

香 「……」

香、首を縦に振る。

先 生「…うん、じゃあ、悪いけど、よろしくね」

香 「……」

先 生「……」

 

○ 同・廊下

 

壁に寄り掛かって立っている白木、緑川、赤井。

白木、歩いてくる香に気付き、手元の茶封筒を見る。

香、白木の視線に気付き通り過ぎようとする。

白 木「…うわー給食費払う金無いのに髪染める金はあるんだー、うらやまし~わ~」

緑 川「うわ、マジで? 最低~」

赤 井「ちょっとこっち来ないで~ビンボーがうつるんですけど~(笑)」

香 「……」

 

○ 同・教室

 

その様子に気付く獠。

獠 「…?」

廊下の香、白木、緑川、赤井に囲まれる様に連れて行かれる。

獠 「……」

 

○ 同・女子トイレ

 

赤井、香の肩を押す。

香、壁に追い込まれる。

香 「…何でこんなことするの…?」

緑 川「ハァ~? オメェがウゼェからに決まってんだろ!?」

白 木「オメェマジ調子こいてんじゃねぇよ? 何だよこの髪」

と香のポニーテールを掴む。

香 「(抵抗しながら)……痛い!」

白 木「……」

香 「(抵抗しながら)…お願い…辞めて…!」

緑 川「……」

赤 井「……」

白 木「……」

突然ドアの窓に石が投げ込まれ、割れる。

一斉に気付く白木、赤井、緑川。

香、涙目で頭を押さえている。

 

○ 同・女子トイレ前

 

白木、赤井、緑川ドアの外に出るが誰もいない。

音を聞きつけた他の生徒達がゾロゾロ湧いてくる。

女子A「何今の音?」

男子A「窓割れたんじゃね?」

女子B「何々? 今割れなかった?」

男子B「女子便のトイレのドアの窓割れたらしいよ」

女子C「あれ白木達じゃん? あいつら割ったの?」

緑 川「ハァ~? ウチらじゃねぇーし!」

赤 井「ふざけんなよ! 誰だよ割った奴!」

白 木「……」

先生が来る。

先 生「お~い、今の音なんだ~?」

女子D「あっ、先生~、今何か女子便のドアの窓が割れたらしいです」

先 生「なぁ~に~? やっちまったなぁ~? オ~イ、誰か割れる瞬間を目撃した奴いないか~?」

緑 川「……」

赤 井「……」

白 木「……」

男子D「中に白木さん達がいたみたいですけど…?」

白 木「……!」

先 生「白木達、そうなのか?」

白 木「……」

先 生「怪我は無かったのか? で、何か知ってるのか?」

緑 川「……」

赤 井「……」

白 木「…いや、石だけ投げられたのは分かるんですが、誰が投げたかは分かりませんでした…」

先 生「石? ちょっと入るぞ?」

 

○ 同・女子トイレ

 

先生、入って来て石を拾う。

ついでに香に気付く。

先 生「ん? 南さんもいたのか? 怪我は無いか?」

と石をかざす先生。

香 「(涙目)……」

先生、入口の方を1度振り返る

先 生「……! うん…そうか」

 

○ 同・女子トイレ前

 

先生、廊下に出て集まってる生徒達を見る。

先 生「(大声で)ハーイ! え~、女子トイレにどうやら誰かが石を投げ込んで窓を割った様です! 幸い怪我人はいない様でしたが、こんな危険な真似をする人を先生は許しません! 犯人がもしこの中にいたら今名乗り出る様に! 今名乗り出たら怒りません! いないの?」

静まり返る生徒達。

先 生「(大声で)後で名乗り出たら怒りますよ?」

静まり返る生徒達。

先 生「(大声で)…ハイ! ヨーシ、分かりました。犯人が名乗り出ないんだったら、この石から指紋取って犯人が誰なのか後日特定して問い詰めまーす! 以上! ハイ、解散!」

ざわつきながら解散する生徒達。

白木、赤井、緑川も立ち去ろうとするが先生に呼び止められる。

先 生「あ~お前たちはちょっと残れ。職員室で調書取るから」

赤井&緑川「え~!?」

白 木「……」

解散して行く生徒達を見まわす。

生徒達の後ろ姿の中には獠もいるが、白木の焦点は獠に合わない。

 

○ 通学路

 

歩いている香。

後ろから獠が追いつく。

獠 「香!」

香、獠を向き、また正面を向く。

歩調が合わさる二人。

獠 「今日さ、帰りの掃除の時に女子トイレのドアの窓割れたの知ってる?」

香 「…知ってる」

獠 「…人に聞いたんだけどさ、あの時お前も女子トイレにいたって言うらしいけどさ、誰がやったか見た?」

香 「…見てない」

獠 「…フーンそうなんだ」

 

○ 同・踏切

 

踏切を待つ獠と香。

獠 「…あれ先生最後に指紋調べるとか言ってたけどさ、普通分かんないよな? そんなの調べられても?」

香 「…多分」

電車が通過し、踏切が開く。

獠 「…そうだよな」

香 「……」

獠 「……」

歩きだす人と車。

 

○ 北斗家・前

 

獠、香に手を上げる。

獠 「じゃ」

香、小さく手を上げる。

獠、家に入って行く。

 

○ 南家・外観(夜)

 

家の明りが点いている。

買い物袋を両手にぶら下げて来る彩(48)。

彩 「(疲れているが明るく)ただいまー」

 

○ 南家・玄関~廊下(夜)

 

彩、荷物を下ろしコートを脱ぐ。

奥から香が歩いて来る。

香 「…お帰り」

彩 「あれ? 何だ、まだ起きてたの? ご飯は?」

香 「…もう食べた」

彩 「あ、そう」

彩 「……」

彩 「ん? 何?」

香 「今日、先生からコレ渡されて…」

彩、香を見る。

彩 「!… あぁ~…ハイハイ…えぇ~っと…そうねぇ~…」

香 「……」

彩、封筒と買い物袋を持ちながらリビングまで歩く。

 

○ 同・リビング(夜)

 

封筒を持ってテーブル席に座る彩。

彩 「うー…ん」

香 「……」

彩 「香、先生これ他になんか言ってた?」

香 「…払うなら、今週中にって…でもどうしても厳しかったのなら来月までまた待つって…」

彩 「そっか~…」

彩 「うー…ん」

香 「……」

彩 「じゃあ…今日は銀行もう閉まっちゃってるから…明日お金下ろすから、明後日持って行ってくれない」

香 「…うん」

彩 「よし! …じゃあ、なんかご飯食べる? 今からご飯作るけど…あぁ、そういえばもう食べてたんだっけ? じゃあもう寝るだけか」

香 「(首を横に振りながら)…手伝う」

彩 「! …あっ、そう、じゃあ…手伝って(笑)」

 

○ 同・台所

 

彩と香、カレーを作っている。

香 M「(成人の声)母は完全に疲れ切っていた。仕事が辛いだけでなく、夫がいない状態で血の繋がりの無い私を独りで懸命に育てようとしてくれていて、その苦労を私に一切見せようとはしなかった。一体その明るく振る舞えるエネルギーの根源はどこから来る物なのかを、問いただしてみたかった」

 

○ 同・リビング(夜)

 

カレーを食べている彩と香。

カレーを食べながらカレンダーの祝日マークを見る。

香 「……」

彩 「意外とおいしいね(笑)」

香 「…うん」

と食べ続ける。

香 M「(成人の声)翌日は祝日で銀行は閉まっているが、母の勤務先の老人ホームは何時だって開いている。恐らく勤務先の同僚の誰かから給食費代を借りる魂胆だったんでしょう。以前の給食費を払った時も同じことをしていました」

スプーンを持つ手が止まる。

彩 「ン? 残しちゃう?」

香 「…うん」

彩 「やっぱ多すぎたか~(笑)」

香 「(残りを指差し)…食べる?」

彩 「あ、いや、ラップして台所下げといて。明日また食べるから」

香、黙ったままカレーを冷蔵庫に下げる。

香 M「(成人の声)この頃からもう中学を卒業したら直ぐに働こうと決めていた」

 

○ 中学校・廊下

 

桜の花びらが窓の外で舞い落ちる。

廊下は制服姿の生徒達で賑わう。

香 M「(成人の声)母にそれを相談しなかったのは、母の性格では私を高校へ進学させようとするからだ」

 

○ 同・教室

 

テロップ『1995年』。

窓側の一番後の席は香(15)。

香の前は獠(15)。

皆夏服で窓の外には強い日差しと濃い青空、入道雲、蝉の鳴き声がある。

黒板には簡単な方程式の問題が幾つかある。

皆ノートに一心に書き込んでいる。

香 M「(成人の声)幸いにも彼とは一緒の中学に進学は出来た。私は相変わらず髪型や貧乏なことをダシに絡まれたりもしたが、昔程では無くなった」

 

○ 同・廊下

 

校内は掃除の時間中。

下校する者と掃除する者に分かれている。

その中を歩いている香。

獠壁に寄り掛かって友達4人と何か話している。

香 M「その代わりクラス替えで違うクラスになったせいなのか、思春期になったせいなのか、彼と話したり一緒に帰る時間は減って行った」

香、獠をチラ見するが、獠は全くこちらを見ない。

そのままそこを通り過ぎる香。

香 「……」

 

○ 通学路・大通り

 

歩道を歩く香。

反対の歩道には男友達4人と笑いながら歩く獠。

香 M「(成人の声)父親の時もそうだったのだが、私が積極的に自分の気持ちを伝えられれば、どんなに良かっただろうか」

香、反対側を歩いている獠を見る。

香 「……」

 

○ 中学校・廊下(夕方)

 

教室には誰もいない。

香 M「(成人の声)そんないつも通りのある日の午後、彼は突然私に歩み寄って言ってきた」

廊下に獠と香の二人だけいる

獠 「……何?」

香 「……」

獠 「今夜星を見に行こう」

香 「……」

獠 「……やっぱ、ダメか……?」

香 「……」

獠 「……」

香 「…たまには…良いこと言うんだね」

獠、ホッとした感じで照れくさそうに笑う。

 

○ 丘のある公園(夜)

 

立って上を見ている香と獠。

二人ともコートと手袋とマフラーをしている。

香だけ帽子着用。

息が白い。

香 「ふたご座流星群ってどれぐらい見えるの?」

獠 「分からない、俺も始めてみるから。でもテレビで行ってたけど数分に1回とかそんな感じだって」

香 「……」

獠 「……」

香 「首痛くなってきたね」

獠 「…横になりながら見る?」

香 「…うん…ん?」

獠 「あ、いや、変な意味じゃなくて」

香 「……」

ジッと獠を見る香。

獠、ベンチの真ん中辺りに頭を合わせて横になる。

獠 「こういう感じってこと」

香 「……」

×     ×     ×

ベンチの上に横になっている二人。

頭と頭を向かい合わせてる状態。

香 「今日晴れてよかったよね」

獠 「昼間結構曇ってたもんな」

香 「……」

獠 「…お前さ、高校どこ行くの?」

香 「…高校には行かない」

獠 「そうなのか?」

香 「卒業したら直ぐ働こうかな~って考えてる。ウチ貧乏だからそっちの方が良いと思う」

獠 「…そうなんだ…お前偉いな…」

香 「そうかな? …獠は高校どこ行くの?」

獠 「俺? …俺は…正直まだ決めてない。専門に行くか公立行くかでまだ迷ってる」

香 「まだ迷ってるんだ。専門って何の専門に行くの?」

獠 「…映像系の学校かも」

香 「へぇ~。凄いじゃん」

獠 「偏差値低いとこだよ?」

香 「公立だったらどこ行くの?」

獠 「まだ決めてないけど、家から近いとこが良いかも」

香 「ふ~ん…」

獠 「でも一番家から近い所じゃ偏差値足りないからそこじゃ無い所かも」

香 「…あ~、家から一番近い所って若狭湾高校?」

獠 「…うん」

香 「あ~、あそこか~。あそこいいよね」

獠 「うん」

香 「制服かわいいし」

獠 「うん…うん?」

香 「……」

獠 「……」

香 「ああいう制服の子が良いの?」

獠 「いや、そういう意味じゃなくて」

香 「照れなくて良いよ。今の冗談だから」

獠 「…お前、今日なんか楽しそうだな?」

香 「そう? 結構寒くて流星来ないから意外と落ち込んでるんだけど?」

獠 「……」

香 「……」

お互い寝た姿勢のまま相手を見ようとする。

獠 「…寒い?」

香 「…寒いよ?」

獠 「……」

香 「……」

×     ×     ×

獠に膝枕して貰っている香。

獠は空を見上げている。

香、空を見ようとするが獠の顔に段々焦点がずれて行く。

香 「……」

獠 「……アッ!」

香 「!」

獠、香の顔を見る。

獠 「今の見た?」

香 「え?」

獠 「流星。丁度真上辺りに、今」

香 「…見てなかった」

上を向き直す獠。

獠 「なぁ~んだ勿体ねぇ、今の結構デカかったぜ?」

香 「……」

また獠の顔をジッと見ている香。

香 「……アッ!」

 

○ 南家・前(夜)

 

獠に玄関まで見送られる香。

香、手を振る。

獠、手を振り自転車を押して行く。

香、獠をジッと見ている。

獠、自転車に乗り、発射する。

まだ獠を見ている香。

獠、ドンドンと小さくなって行く。

香 「……」

獠、姿が消える間際、香の方を向き、手を振る。

香、大きく手を振る。

獠の姿は路地に消える。

香 「……」

 

○ 同・和室(夜)

 

テレビを点けっ放しで布団で寝ている彩。

襖の隙間から彩が寝ているのを確認する。

香 「……」

香、そっと襖を閉める香。

 

○ 同・風呂場の外観(夜)

 

風呂場の明りが点いてシャワーの音がする。

 

○ 同・香の部屋(夜)

 

パジャマ姿で布団にバフっと音が鳴る様に倒れ込む香。

布団を抱き枕の様にし、大きく深呼吸をする。

今までで一番恍惚とした表情。

フェードアウト。

 

○ 研究所・研究室

 

以前よりも資料の数が増えている。

舞(45)、椅子に座って本を読んでいる。

誰かがドアをノックする。

舞 「…どうぞ」

冴子(65)が入って来る。

舞 「冴子さん!」

冴子、手をグーとパーに閉じたり開いたりする。

冴 子「お久~」

 

○ 喫茶店(夜)

 

窓側の席に座る舞と冴子。

舞 「そうだったんですか…じゃあ冴子さん、もう知ってたんですね」

冴 子「うん…楓さんが無くなった後、あーたが暫く顔見せなくなった時あったじゃない? その頃に楓さんちの部屋によく勝手に上がらせてもらってね。まぁ色々見させて貰いましたよ、あたしゃ」

舞 「冴子さん…それ空き巣です…」

冴 子「もう時効だ。気にするな」

 

○ 楓の自宅・楓の部屋(夜・回想)

 

冒頭の楓の部屋と全く同じディテール。

楓の机の上にあるノートや資料を読んでいる冴子。

冴子M「とにかく、あの人はつくづく天才だったよ。何のことが書いてあるのか最初私にもさっぱり分からなくてね。大体理解するのに十年以上も掛かっちゃったよ」

舞 M「今もその資料は保管してあるんですか?」

冴子M「いや、もう全部処分しちゃったよ

舞 M「…! そうだったんですか」

冴子M「…あれは何て言うか、人類にはまだ早過ぎたんだねぇ。『不老』を実現するって意味では完璧な研究資料だったよ~…ただ、『不老』が招く物は必ずしも幸福ではない。それに見合うだけの倫理観ってやつも必要なんだよ。そいつの周りには…特に」

舞 M「倫理観…」

 

○ 大通り・歩道橋(夜)

 

歩いている舞と冴子。

冴 子「その行方不明の赤ん坊ってのが順調に育ってるとしたら、今年でもう高校生な分けだ」

舞 「そうですね…来年で十六歳になります」

冴 子「…人間の体の成長っていうのは本来二十歳前後までの前向きで著しい肉体的な変化を指す分けで、それ以降の変化は成長ではなく老化と呼ぶ。早い奴はもう十代後半から老化は始まっちゃう」

舞 「……」

冴 子「今までは普通の人間と一緒のルートを辿って周りの奴等と何も変わらず普通に成長しながら暮らして生きて来れたけど、そろそろそいつも怪しくなる…成長がいつ止まるか分からないからね。周りの人間達からそれが理由でその子は阻害されるかもしれない…」

舞 「……」

冴子、歩みを止め舞を見る。

冴 子「……」

舞 「……」

冴 子「…出来ることなら私も手伝ってあげたいけど、もう成長し切っちまって、何時まで手伝えるか…」

舞 「冴子さん…」

冴 子「あーたがやらなきゃならないことは、楓さんの娘を見つけ出して、そいつがそいつのこれからを迎える時の為の、楓さんの残した遺志を伝えることだね」

舞 「遺志…ですか?」

冴 子「人間ってのは何かを残そうとするものさ…楓さんの実験結果は子供に、精神が私達が引き継いだように…肉体の成長は止まっても精神は成長し続けるんだ…そいつが歩くのを止めない限り…『不老』の体を持った奴にはその精神が必要なんだよ…」

舞 「歩き続ける精神ですか…」

冴 子「まぁ、もっとも、老けない化け物か何かでテレビの特番なんかに浮かれて出たりしてたら、探す手間と諭す必要性が省けたりする分けなんだけどね(笑)」

舞 「そんなに逞しかったら世話ないですよ(微笑)」

冴 子「全くだ…」

冴子、煙草を吸う。

舞 「……」

下の道路を眺める舞。

舞 M「まだ若かった頃に一度考えたことがある…もし『不老』の体を持ったとして…この世の終わりを見たとして…その後も自分の意識が残ったとしたら、それは最後にどこへ向かうのか…? 今でもそんなことずっと解らないままだ」

下を走る車の光線が残像として残って蓄積して行き、光の川の様に見える。

その光の川を見ている舞。

光が画面を覆い尽くし白味になる。

 

○ 老人ホーム『若葉』・会議室

 

私服の香、面接官と向き合っている。

席から立ち一礼する。

香 「若狭湾中学から来ました、南香です」

 

○ 北斗家・獠の部屋(夜)

 

机に向かって勉強をしている獠。

 

○ 同・外観(朝)

 

朝焼けの空。

 

○ 同・獠の部屋(朝)

 

机で寝ている獠。

 

○ 受験会場・校門

 

腕に腕章をした試験管Aがいる。

そこへ駆け込んでくる獠。

試験管A「君、あと5分で試験始まるよ! 急いで!」

獠 「(大声で)わーってまーす!(分かってます)」

 

○ 電車内

 

私服で電車に座ってるどこか遠くを見ている香。

 

○ 受験会場・教室内

 

受験生で埋まっている教室。

その中に獠の姿。

×     ×     ×

試験官Bが腕時計と教室の時計を見る。

獠 「……」

試験管B「……始め!」

一斉に問題用紙をめくる受験生達。

獠、眉間にシワを寄せながら問題を解いて行く。

 

○ 駅・改札出口

 

私服姿で待っている香。

駅から制服姿の獠が出て来る。

香 「今日どうだった?」

獠 「んー…まぁ何とかなるかも?」

香 「何それ…?(微笑)」

 

○ 南家・リビング

 

テーブル席で茶封筒を開ける香。

茶封筒の中は採用通知。

香 「……!」

彩の声「ただいま~」

 

○ 同・玄関

 

彩、コートを取っている。

香、小走りで彩に採用通知を持って行く。

彩、採用通知を読む。

彩 「あら~、良かったじゃ~ん! おめでとう」

香 「…うん!」

香の泣き笑い。

 

○ 合格発表掲示板前

 

合否を見に来た受験生で一杯。

その中に獠の姿。

自分の番号を探している獠。

目線は掲示板の番号を順に追って行き、『617』の所で止まる。

獠 「……!」

獠を中心に引いて行く視点。

 

○ 体育館・卒業式

 

卒業生達の中に香と獠の姿。

卒業生の合唱。

「旅立ちの日に」

作詞:小嶋登 作曲:坂本浩美

 

○ 学校の横の公園

 

卒業生達が集まっている。

皆胸には花飾りを差し、手には卒業証書の筒。

泣いている者、笑っている者、ボタンの取り合いをしている者がいる。

香、その中で獠を探そうとしている。

獠、他の男子と何かをハイテンションで話しながら笑い合っている。

遠くからその様子を見ている香。

 

○ 喫茶店(回想)

 

香、リンゴジュースを飲んでいる。

獠は何も頼んでない。

香 「…ダメだったんだ」

獠 「…うん」

香 「…併願は?」

獠 「…そっちは大丈夫だった」

香 「…そうなんだ」

獠 「…学校、東京になる」

香 「…知ってる」

獠 「……」

香 「……」

 

○ 学校の横の公園

 

獠を見ている香。

香 「……」

 

○ 丘のある公園

 

獠、カメラを三脚に乗せ、タイマーを入れる。

香 「ついた?」

獠 「うん!」

と香の横へ走る。

獠、香、並んで笑顔を作るとシャッター音。

その瞬間の画で止まる。

 

○ 専門学校・教室

 

定期入れに香と撮った写真。

講義を受けている獠、それを見ている。

 

○ 井の頭公園

 

学生達だけでスチールのロケをしている。

香 M「(成人の声)獠は東京の専門学校に行き、写真家になる修行を始めた」

 

○ スタジオ

 

獠、プロに混じって撮影助手として頑張っている。

様々な雑用をこなす。

カメラマン「露出幾つ?」

獠 「ハイッ!」

と露出計をモデルの前に出し露出を測る。

獠 「2・8です!」

香 M「学校と並行してスタジオのアルバイトも始めたらしい」

 

○ 獠のアパート・寝室(夜)

 

月光が獠の顔を照らしている。

窓から星を眺めている。

空に向かって手を伸ばす。

香 M「(成人の声)そんなに忙しくては、いつか私と行った時の様にもう星を見る暇もないのだろう」

 

○ 老人ホーム『若葉』・一〇一号室

 

香、老人の乗った車椅子を押す。

横につけるとベッドに移す作業をする。

香 M「(成人の声)それは私も同じだった。私は老人ホームで働き始めた」

 

○ 公園

 

老人達と他のスタッフ達とでお花見に来ている香。

香 M「(成人の声)私の勤めていた所は正規の有料老人ホームとしての届け出を出してなく、いわゆるグレーゾーンの施設だった」

 

○ 老人ホーム『若葉』・二〇三号室

 

ベッドの老人にご飯を食べさせようとする香。

突然老人が香の手をはたきお盆をひっくり返してし、周りの物や自分の体を叩きつけ叫びだしてしまう。

先輩スタッフが駆け付け、香は後ろに下がる。

香 「……」

先輩が対処する様子を見ている香。

香 M「(成人の声)しかし世の中にはそういった都合のいい場所が必要なようである」

 

○ 同・ナースステーション(夜)

 

机に伏せて寝ている香。

香 M「(成人の声)一日に二十時間以上の勤務は当り前で休みは殆ど無し、残業は多い時で一月の合計が八〇時間になることもあった」

『エリーゼの為に』のナースコールが流れる。

音に気付いて起き上がる香。

 

○ 同・正面玄関(夜)

 

救急車に運ばれて行く老人。

老人を乗せると発車する。

それを見送る香。

香 「……」

香の前には手を膝について項垂れているヘルパー。

香 M「(成人の声)あまりにも辛い仕事で、リタイアする者は後を絶たない最初は最年少のヘルパーとして入ったのだが、ほんの数年経っただけで上から数えた方が早い年に数えられた」

 

○ 南家・香の部屋(夜)

 

ベッドで横になっている香(20)。

髪は以前の倍長くなっていてこの時だけ解いている。

机の上には獠と撮った写真がありそれを見ている。

香 M「(成人の声)正直言うと、私も何度も辞めようと思ったことがある…母は凄かった。十年以上もこんな辛い仕事を続けた上に私の面倒を見て来ていたのだ」

 

○ 同・和室(夜)

 

布団で寝ている彩(57)。

香 M「しかしそのことを母に話すと、母は『私より若い頃からこの仕事を始めたお前の方が立派だ』と返された」

 

○ 老人ホーム『若葉』・廊下

 

廊下の掃除をしている香(26)。

そこへ先輩ヘルパーが駆け寄る。

 

○ 黒味

 

香 M「そして母が倒れた」

 

○ 病院・彩の病室

 

目を開けると、目の前に香(26歳)。

目を開けたのは彩(62歳)

香 M「過労による不整脈が原因だった。当り前だ、あんな無茶な生活を続けて来ていたのだったから」

彩 「……」

香 「お母さん、大丈夫?」

彩 「…香?」

香 「…もう家のことは心配しなくてもいいから。後は私が全部やっとくから」

彩 「…そう」

と力無い表情で天井を見る彩。

 

○ 南家・外観

 

テロップ『2006年』

壁の至る所に染みが着き、ツタが伸びている。

庭の草も人が隠れるぐらいまで伸びている。

 

○ 同・玄関~廊下

 

誰もいない。

家具も何も無い。

 

○ 同・リビング

 

誰もいない。

家具も何も無い。

 

○ 同・風呂場

 

誰もいない。

家具も何も無い。

 

○ 同・台所

 

誰もいない。

家具も何も無い。

 

○ 同・和室

 

畳しかない。

部屋のど真ん中で幻の誠(36)、新聞を読んでいる。

誠、こちらを見るとスーッと消えて行く。

 

○ 同・香の寝室

 

ここだけまだ家具が少し残っている。

香、部屋の中央で手紙を読んでいる。

香 M「母と相談して、家を売ることにした。今度の家は母の自宅介護のことも考え、なるべく狭くて人通りの良い所にしようと考えていた。よく考えたらこの家に獠を一度も呼んだことは無い。心残りがあるとすれば、せいぜいそれ位なものだろう。ただ、部屋の整理をしている時に見つけた母の手紙は、私に嫌な思い出を思い出させた」

香、視線を変える。

その先には幻の誠。

香と眼が合うと、スーッと消える。

香 「……」

 

○ 黒味

 

誠の声「お前じゃない」

 

○ 病院・彩の病室

 

ベッドで横になって起きている彩。

香、彩の横に座っている。

香、彩に彩の書いた手紙を渡す。

彩 「……」

香 「盗み見るつもりじゃなかったんだけど、たまたま片付けをしてる時に見つけちゃって…」

彩 「……」

香 「…お母さん、ここに書いてあることは本当なの?」

彩 「……」

彩、黙ってゆっくりと頷く。

香 「…そう」

彩 「……」

香 「……」

彩 「…私のことが…許せないかい…?」

香 「……」

彩 「……」

香 「…小さい頃、お父さんとお母さんがよく喧嘩してた時に大声でそんなこと怒鳴ってたのを聞こえてて、覚えて…それで無理やり忘れようとしてて…」

彩 「……」

香 「…だからせいぜいそれ位かな? この手紙で考える様なことって」

彩 「……お前の本当のお母さんじゃないんだよ?」

香 「お母さんはお母さんだよ。昔から今も私のことを育ててくれた恩人で、尊敬してるし、感謝もしてる。そんな恨むなんてこと…」

彩 「……」

泣きだす彩。

なだめる香。

 

○ 南家アパート・香の寝室(雨)

 

ベッドの上で体育座りをしている香。

 

○ 病院・彩の病室(回想)

 

物凄くやつれた表情の彩。

横で話を聞いている香。

彩 「…今まで…あなたを本当の母親のことを記憶から引き離して…自分の本当の子供のことを記憶から引き離して…その度に、何度も何度も自分の頭の中を罪の意識が追いかけて来て…それをねじ伏せる為に…倒れるほど動き回って…動き回っていなきゃ押しつぶされそうで…」

香 「……」

彩 「…別々に住みましょう、香」

香 「…!」

彩 「あなたはもう私なんかに囚われてちゃいけなくて…自立すべきなのよ」

香 「…でもお母さんが」

彩 「私はね…元々犯罪者なのよ…? これから独りになって独りで考えて独りで生きて行くことが、最後の罪滅ぼしなのよ…そうでもしないと私のせいで死んだ子供や人生を狂わされたお父さんに申し訳が立たないのよ…だから…お願い…独りにさせて…」

香 「……」

彩 「私のことを考えているのなら、せめてそうさせて欲しいの…」

香、頷く

 

○ 南家アパート・香の寝室(雨)

 

ベッドの上で体育座りをしている香。

 

○ 夏祭り会場・縁日(夜)

 

川の沿いに暖色系の明りと人ごみが続く。

和太鼓の音楽のBGMがスピーカーから流れている。

川に架かる橋は大渋滞。

親子連れ、カップル、友達同士で来ている若者等、浴衣を来た来場客ばかり。

大体みんな二〇〇六年代に流行った髪型や恰好。

人ごみの中、香の姿。

香の恰好は茶髪のポニーテールでピンク色の浴衣。

香、突っ立っていると。視界に獠(26)の姿。

獠、香に気付いて手を振る。

獠の恰好は青いジンベイ。

獠の横には海原聖(25)。

聖、香に挨拶する。

香、遠慮がちに手を振る。

香 「……」

獠と聖、香に近付いてくる。

獠 「よう。久しぶり」

香 「うん…えっと、そちらの方は」

と聖の方を見る。

獠 「あぁ、えっと今付き合ってる彼女の、海原聖さん」

聖 「…聖です…初めまして」

香 「あ…ハイ…初めまして」

香 「……」

獠 「……」

聖 「…えっと、取り敢えず場所変えて話しませんか?」

香 「…ハイ」

 

○ 喫茶店

 

ノートパソコンを開いて香に見せる獠。

画面には失踪者捜索サイトのページ。

『失踪年月日・1980年7月28日/失踪場所・(旧)黒田産婦人科病院/失踪者・知人の赤子/事件状況/捜索中』と書かれた文章。

文末には『情報連絡先・西川舞』。

香 「この人が…」

獠 「お前からメール貰った後、直ぐに調べてみたら直ぐに見つかったよ。お前のお母さんが言ってた黒田産婦人科って病院と失踪年月日がおまえの誕生日の日付けだったよ。恐らくこの人で間違いないだろうと思うよ」

香 「……」

聖 「調べてみたら、この黒田産婦人科っていうのは今はもうどこにも無くて、病院の関係者もどこにもいないみたいです。連絡先の名前の西川舞さんは城南大学遺伝子研究所という所に在籍が確認出来ました…」

香 「……」

獠 「…どうする? 会いに行くか?」

香 「……」

 

○ 新幹線・車内

 

座席は獠が片側、香と聖が片側という向かい合った席順。

獠 「……」

香 「……」

聖 「(目を合わせず香に向かって)…あの」

香 「ハイ…?」

聖 「私、何かすいません。空気読まずに勝手に付いて来てしまって…でも…その…」

香 「…自分の彼氏が昔の知り合いの女と独りで会いに行くなんて、誰だってそんなの不安な物ですから、別にあなたがココ迄一緒に来たことを悪くなんか思っていません…それに、初めて会う私のことで手伝ってくれて、寧ろ感謝してます」

聖 「…すいません」

獠 「……」

香 「……」

 

○ 新幹線・外観

 

富士山をバックに上手に走る。

 

○ 東京駅・ホーム

 

新幹線から降りて来る香、聖、獠。

 

○ 東京駅・前

 

駅から出て来る香、聖、獠。

駅前でタクシーを拾う。

 

○ 国道

 

走っているタクシー。

 

○ タクシー・車内

 

助手席の獠、真正面を見ている。

後部座席の聖、真正面を見ている。

後部座席の香、窓の流れる景色を見ている。

香 「……」

 

○ 研究所・外

 

タクシーが前に止まる。

中から出て来る香、聖、獠。

香、外観を見上げる。

階段を上って中に入る香、獠、聖。

 

○ 研究所・来訪者受付

 

獠、受付と何か話している。

 

○ 研究所・研究室前

 

ドアの前に立つ研究所員、聖、獠、香の三人。

ドアを開けようとする香。

手が止まる。

聖 「…?」

獠 「…香?」

香 「……」

目を閉じて深呼吸する香。

ドアを開ける。

 

○ 研究所・研究室

 

中に入る香。

中を見回すが誰もいない。

部屋の中は山積みの資料、パソコン、実験器具等があるだけ。

続いて入る遼と聖。

獠 「…これは…?」

聖 「…誰も…いませんね?」

香 「……?」

研究員「あ~…えぇっと、西川先生のことだから、たぶん今そこらへんで買い物してきてますねぇ~多分。待ってれば直ぐに来ると思いますが、一応お茶でも別室で御用意致しますが…?」

獠 「あ、いえっ、すいませんお構いなく」

研究員「分かりました。まぁ、私は大丈夫だとは思うんですが、一応部外者の方だけで研究室に留まるのはマズイですから私が同伴いたしますね」

香 「どうもすいません」

×     ×     ×

座って待っている獠、聖、研究員。

照って待っている香。

足音が研究室に近付いて来る。

足音はドアの前で止まる。

ドアを開ける音。

香 「!」

ドアを開けたのは、前が見えなくなるくらいの買い物袋を持った舞(56)。

研究員「西川先生!」

獠 「!」

聖 「…!」

舞 「あれ~? 誰かお客さん来てるんですか~? どちら様ですか~?」

研究員「先生、どこ行ってたんですか? 何回も電話で呼んだんですよ!?」

舞 「あ~ゴメンゴメン、この体制だとちょっと電話持てなくってさぁ~」

研究員「そしたら荷物一回置けばいいじゃないですか?」

舞 「え? あ、そっか(笑)」

研究員「(溜め息)ハァ…」

舞 「所で、そちらの皆さんは…!」

研究員「あ、こちらの皆さんは先生に会いに…」

舞、急に荷物を落とし、香の顔を見て驚く。

香 「(困惑気味に)……あ、あの…?」

舞、香に近付き顔に触れる。

舞 「楓さん…」

香 「? …あの?」

舞 「そっ…くり…」

獠 「……」

研究員「……」

聖 「……」

香 「……?」

舞、棚のアルバムから写真を取り出す。

舞、楓の写真を香に渡す。

香、写真の楓を見る。

顔が自分と全く同じ。

香 「……!」

舞 「…その人が、貴方のお母さんです」

香 「!? ……!」

舞 「あなたとは色々話したいことがあるけれど、これだけは先に教えて…あなたは、今まで幸せでしたか?」

香 「……ハイ」

舞 「……そう」

舞、少し目が潤む。

×     ×     ×

座っている獠、聖、香、驚いている表情。

獠 「不老?」

聖 「あの、失礼ですが突然急に何を…」

香 「あの、急な話で、私も何が何だか…」

舞 「…永遠に老けないんです、あなたの体は。これは冗談でも何でもない本当の話しよ…ちょっと手を出して?」

香 「…?」

香、舞に右手を差し出す。

舞、香の手を取る。

次の瞬間、机のコンパスで自分の掌を刺す。

香 「!」

獠 「!」

聖 「!」

舞、次に香の掌をコンパスで刺す。

香 「痛ッ!」

獠 「な!」

聖 「キャ!」

舞、自分の掌と香の掌を皆に見えるようにする。

舞 「……」

香 「…あれ?」

香の掌からは血は出ていないが、舞の手からは血が出ている。

香 「これは…?」

舞 「…あなたの細胞のDNAの再生速度と再現性が常人の2~3倍あるってことなの」

香 「…DNA?」

舞 「人間の体のあらゆる細胞には遺伝子があることは知ってるわよね?」

香 「…はい、聞いたことはあります…」

舞 「細胞は分裂を繰り返す度に遺伝子の末端部分にあるテロメアという領域を消費して行きます。このテロメアの領域が尽きた時に、普通人間の細胞分裂は成長を止めます」

香 「…でも私のそれは磨耗すること無く、分裂を繰り返す度その領域をリセットする…ってことですか?」

舞 「! 驚いたわ、理解が早くて。つまりそういうことよ。ひょっとしてやっぱり、今のコンパス以外にも何か身に覚えになる様なことってあった?」

香 「……」

 

○ 小学校・職員室(回想)

 

窓ガラスの破片と石が机に置かれてる。

給食費の茶封筒を持って入って来る香(12)。

香、周りの目を盗むようにして石を机から盗む。

香 「痛ッ!」

ガラスの破片で指を切って血が出る香。

袖で血を拭いたら傷が完全に治っていた。

香 「!」

 

○ 研究所・研究室

 

自分の手を見ている香。

香 「……」

舞 「…今の世の中じゃ、いずれその体は受け入れられなくなるかも知れません。でも今は遺伝子工学の研究の進捗は非常に著しく、次の次の世代ぐらいには あなたの様な人間でも社会に溶け込める様になっている筈です…それまでの間、せめて私にあなたの生活を保護させて欲しいんです」

獠 「そんな、ちょっと待って下さいよ? この香が社会から疎外されるなんてこと、しかもたった見た目だけで」

舞 「…獠君の言いたいことも分かるわ…けどね、世の中の人達って思っている以上に見た目だけでその人の価値観を自分で設定してしまうモノなの。香さんの見た目は今は年相応だけれどもこれから先七十歳や九十歳のおばあちゃんになってもずっとこの見た目のままなのよ? そのせいで昨日まで親しかった人間が彼女に対してどの様な反応を取るか…私は責任を持てないわ…」

獠 「……」

香 「……」

聖 「……」

香 M「舞さんの言う価値観も非常に良く理解できた」

 

○ 老人ホーム『若葉』・203号室(回想)

 

香、ベッドの老人の上体を起こそうとする。

が、老人の頭と腕が力無く下にぶら下がる。

香 M「これは何回も死をまじかで目撃した仕事で培った倫理観だが、人間は生物である以上、必ず死ななければならない。かつて誰かが言っていた言葉だが、『死と同じ様に避けられないものがある。それは生きることだ』これはある意味人間として種の存続のもっともな真理を語っていた」

 

○山小屋

 

暖炉の火が燃えている。

暖炉の火の前には香。

香 M「そんなサイクルの中、私の様なアノマリーが混じったとしたら。存在するだけで、関わるだけでその人のことを不幸にするのではないかという恐怖が頭を過ぎった。」

香の後ろに幻の誠が立っている。

○ 研究所・研究室(回想)

 

会話している香、獠、聖、舞。

声は聞こえてこない。

香 M「恐らく獠の性格のことだ。このままでいたら彼は聖さんをほっぽり出して私の面倒を見ると言い出しかねない。それでは聖さんが不幸になる。母は考え方を変えて私と一緒に住むと言い出すかもしれないが、それではせっかく罪の意識に立ち向かった母の覚悟と精神を無駄にしてしまう。舞さんは一番頼れた存在だったが、その生活力を私の為に持て余すのなら、それを私の母に当てて欲しいと頼んでみた。しがらみは最早過去の物で、私が幸せに暮らして来れたのは母の頑張りの御蔭という事を告げると、舞さんはそれを快く承諾してくれた。舞さん曰く、母は私の本当の母、東方楓の遺志を言われるまでもなく実行した立派な人間だったということだ」

 

○ 研究所・外(回想・夜)

 

帰路に就く聖、獠、香。

見送る舞。

 

○ 国道(回想・夜)

 

光の川の様に見える国道を走るタクシー。

 

○ タクシー(回想・夜)

 

車内から流れる景色を見る香。

香 M「もともと孤独には慣れていたせいもあってか、最初はどこか楽天的だったんだと思う」

 

○ 東京駅・外(回想・夜)

 

駅前で別れる香と獠、聖。

 

○ 新幹線・車内(夜)

 

流れる風景を見ている香。

 

○ 山小屋・外(回想)

 

綺麗で完成度の高いログハウス。

直ぐ横には湖がある。

香、歩いてくる。

香 M「舞さんの最初で最後のおせっかいだと言う。独りで暮らすのならうってつけのログハウスを紹介すると言う。成程、これは悪くないどころか非常に快適だった」

 

○ 同・中

 

部屋の大掃除をする香。

香 M「どうしても必要なものがあればその時にだけ町に出る様にしていた。お金は十年働いた分、まだ少しの蓄えがあった」

 

○ 同・外

 

蝉が鳴いている。

強い日差しと濃い青空と入道雲。

畑を作って耕す香。

凄くシンドそうな表情。

香 M「不老だなんて聞くと化け物じみてると思うがとんでもない、得意不得意は勿論あった」

 

○ 同・中

 

画の後ろでカレンダーがドンドンめくられて行く。

窓の外は紅葉が散っている。

暖炉の前で椅子に座りながら読書をしている香。

×     ×     ×

窓の外は夜で雪が降っている。

暖炉が燃えている。

ベッドで寝ている香。

香 M「それでも独り暮らしにはどうしてもダメな時が来る」

 

○ 高校・教室(夢)

 

窓側の一番後ろの席で机に伏せて寝ている香。

ペンでつつかれ起きる。

獠の声「(小声で)おい、もうすぐお前の番だぞ…!」

香 「……!」

頭を起こすと、前の座席には高校生の姿の獠。

香、自分の体も着たことのない女子高生のブレザーの恰好になっている事に気付く。

香、ハッとなってクラスを見回す。

小学校の時の顔馴染みや知らない顔が高校生の姿となって教室を埋めている。

その中には白木、緑川、赤井の三人もいる。

香 「……!?」

 

○ 同・外観(夢)

 

校門には『若狭湾高校』と書かれている。

学内の通路には桜が舞い落ちる。

 

○ 同・教室(夢)

 

目を見開いている真っ直ぐ前を見る香。

香 「…! …!」

教師の声「おーい南、これ読んでみろ?」

声の方を見ると教師が黒板に書かれた英文を教鞭で差している

香 「……!」

周囲のみんなが香を見る。

教 師「どーした? 分からないか?」

香 「……」

黒板には英語で『人生は素晴らしい 恐れの気持ちさえ持たなければ 何よりも大切なのは勇気だ 創造力だ』と書かれている。

香、ゆっくり席を立ち上がる。

教 師「ン? どーした?」

香 「…すいません、話を聞いていませんでした」

急にクラスのみんながドッと笑いだす。

 

○ 同・廊下(夢)

 

休み時間の生徒達で賑わっている。

 

○ 同・教室(夢)

 

弁当を食べている生徒達。

会話を楽しんでいる生徒達。

 

○ 同・屋上(夢)

 

校庭でサッカーやバレーボールで遊んでいる学生達が見える。

屋上で並んで座って弁当を食っている香と獠。

獠 「いや~、さっきはウケたよ! お前でもああいう問題間違えたりすんのな」

俯いている香。

香 「……」

獠 「? …どうした? なんか変だぞ?」

突然咽び泣きだす香。

獠 「オイオイオイオイ、いきなりどうしちまったんだよ香!? 今日のお前何か変だぜ?」

香 「(咽び泣きながら)…んーん、何でもないの、大丈夫」

獠 「…香?」

涙を吹き、獠を見る香。

香 「こんなに幸せなの…解ってるよ…夢だって…だって私は高校になんか行ってないし…老人ホームで働いて…あなたは東京で写真家になる為の修行をして…」

獠 「……」

獠、香を優しく胸に抱きしめる。

獠 「悪い夢見てんの、お前の方じゃないのか? 疲れてるんだよ、きっと」

香 「……」

獠 「……」

獠、抱きしめるのを強くする。

香 「……獠……!!」

強く抱き返す香。

 

○ 山小屋・中(朝)

 

香、目覚める。

ベッドで横になっている。

暖炉の火が燃え尽きて炭だけになっている。

それ以外部屋を見回すが何もない。

こみ上げてきた物を我慢してから一気に爆発させ、大声を出して泣き叫ぶ香。

 

○ 同・外(朝)

 

北斗士(22)の後ろ姿、ドアの前に立ちドアを叩く。

 

○ 同・中(朝)

 

突然ドンドンとドアを叩く音がする。

香 「!」

香、ドアの方を見る。

ドア、またドンドンとなる。

香 「…!」

士の声「すいませーん、大丈夫ですかー? 今すっごい鳴き叫ぶ声聞こえたんですけどー!? 大丈夫ですか中の人ー!? 怪我とかないですかー!?」

香 「…?」

香、着替えを済ませ、ドアを開ける。

その間ドアを叩いて呼び続ける士。

ドアを開ける香。

ドアの前には20代の獠と全く同じ顔をした士。

香 「!!……」

と目を見開いて言葉を失うといった表情。

士 「あの、俺北斗士って言います。その~、祖父の遺言でここを訪ねて来たんですけど…あなたが南香さんですか?」

香 「……」

香突然泣き出す。

士 「ちょ、ちょっと大丈夫ですか? …あの、ウチのおじいちゃんとはどっかで知り合いとかだったんですか?」

香 「…えぇ…そう…貴方のおじいちゃんは…良く知っています…友達でした…いきなり泣いて失礼しました…どうぞ…中へ入って下さい」

士 「…分かりました! 取り敢えずおじゃまします!」

家の中へ入って行く香と士。

フェードアウト

 

○ 黒味

 

パチパチと音がする。

やがて画面中央から焚き火の炎が段々出現して来る。

 

○ 同・外(夜)

 

テロップ『2060年』

焚き火が着いている。

ベンチに腰掛けている香と士。

香 「…以上が、今まで話したことが、私がココにいる理由。あなたがココにいる理由。そしてあなたが私を口説き落とせない理由(笑)」

士、真剣な面持ち。

士 「…そうだったんですか…今までそんなことが…」

香 「どうだった? 少し自信無くした?」

士 「…いや、逆です」

香 「…ハイ?」

士 「確かに、香さんが実は八十歳の御婆ちゃんだったっていうのは衝撃的でした。確かに凄いです。でも俺逆に燃えてきました! 何かこう、体の底から力の源・A! 見たいなのが湧き出て来る様な感じで!」

香 「へ?」

士 「だってそうじゃないですか! 話聞く限りどう考えてもウチの爺ちゃんが悪いじゃないですかソレ! 何で婆ちゃん選んで香さん選ばなかったんですか? だから香さんは、俺が絶対に幸せにして見せます!」

香 「……」

士 「…あ、でもそれって香さんと爺ちゃんが十年近く会って無かったからで、やっぱりそん位間隔空いちゃうと厳しいのかなぁ~…それにもしそうじゃなかったら俺産まれて来なかったわけだし」

香 「いや、まぁ、そうかもしんないけど」

士 「それに俺、百歩譲って本当に香さんが八十歳だったとしても、年の差とかもあんまり関係ないかなぁ~って思うんです。ホラ、どっちみちそれを立証する術とか持って無いじゃないですか俺? だから大丈夫です!」

士、笑顔でサムズアップ。

香 「(微笑)…士君…ありがとう」

香、一番優しい笑顔で士を見る。

キスをして肩を組む二人。
END


ご愛読ありがうございました

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?