観光戦略の一歩先へ、ヘルシンキの都市マーケティング戦略

見所不足(?)のヘルシンキ

ヘルシンキには、ヘルシンキ・マーケティングという会社がある。市が100%出資、所有している企業のひとつで、観光促進やビジネスプロモーションの一部などを担っている。もともと1964年に発足したという、けっこう伝統のある組織だが、現在の役割に合わせて、昨年呼び名が変わったそうだ。先日、そこの人に会う機会があって、ヘルシンキの観光について語ってくれた。

すると、まずはこんなことを言い出した。

ヘルシンキには、これといって誇れるような、所謂「観光名所」はない。例えば、パリにはエッフェル塔がある。誰でも知っていて、それだけで、たくさんの観光客を呼び込める施設。でも、ヘルシンキにそんなものはない。

ふむ、たしかに。花の都で輝くエッフェル塔。こんなの、ない。

ガイドブックに載っていそうなヘルシンキの観光スポットをあげてみると、大聖堂、マーケット広場、エスプラナーディ公園、ウスペンスキー寺院、テンペリアウキオ教会、スオメンリンナ、さらにはアールトの建築だとか、海辺の公園など。個人的にはわりと気に入っているものが多いのだけど、たしかにインパクト不足は否めない。ヘルシンキに住んでいるから知っているようなもので、そうでない人は、これらをたぶんあまり知らない。あまり知られていないから、それを理由に来る人もたぶん少ない。

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自慢はローカル(地元っ子)

でも、ヘルシンキを訪れる観光客は増加中。もちろん、世の中、観光が伸びている時代だけど、例えば他の北欧諸国の首都と比べても、ヘルシンキの伸びは好調なのだ。そして、そんなヘルシンキにやってくる外国人観光客への満足度調査では、たいていポジティブな評価が得られるという。

そのポイントは、ヘルシンキの「人」らしい。ローカル(地元っ子)のクオリティがすこぶる高いという評価がヘルシンキの自慢なのだとか。

フィンランドでは、何もしていないのに誰かから話しかけられるということはあまりないものの、実は外国人に対しても優しいフィンランド人はとても多い。ちょっと何か尋ねてみると、ムスッとしているように見えた顔が笑顔に変わって親切に教えてくれたり助けてくれたりする。しかも、都市部では英語ペラペラな人が多いし、ただ上手なだけではなく、例えばこちらの英語が拙くても、ちゃんと分かろうとして聞いてくれる。そんな訳で、ヘルシンキで出会うローカルたちには、「いい人だなー」と思うことが多い。そう、彼らに頼ってみよう。

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ベストなガイドたち

ヘルシンキでは有名な見所が限られることは冒頭で書いた通りだけど、そんな街で何か楽しいことをしようと思ったら、ローカルたちがいちばんのガイドとなる。

必見の観光スポットがない分、ありふれた観光メニューではなく、ローカルたちが楽しむヘルシンキを知り、体験するというのが、観光客にとっても最高の観光メニュー。地元の今を知っている人なくして、その街の魅力的な顔というのは見つけられない。

そういう観光を売っていくとしたら、必要なのは、ローカルたちにとっても街の質が高いこと。彼らが楽しい時間や心地よい時間を過ごせる場というのが、都市の中ではとても重要。例え一つひとつは小さな要素だとしても。ローカルたちが楽しむ自然発生的なイベントなどは、行政サイドも大切にしている都市の文化。レストランデーをはじめ、既に知られるようになっている面白いものがたくさんある。こういうのをローカルと一緒に体験できたら、これはすごいインパクト。

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My Helsinki

ローカルたちには、それぞれ好きなヘルシンキがある。十人十色、みんなのお気に入りをくまなく把握することはできないし、体系化するのも難しい。だから、「My Helsinki」というものがある。My Helsinkiのウェブサイトでは、色んな情報の中から自分のお気に入りアイテムにハートマークをつけることができるし、それを公開の設定にして、人に紹介することもできる。SNSで、みんなが「#myhelsinki」というハッシュタグをつけて発信すれば、オススメのヘルシンキがあふれ出す。従来型の「観光局HP」みたいなのとはだいぶ違う。

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都市マーケティング戦略

観光という観点から教えてもらったことは、自分なりの解釈も含めて、こんなところだけど、もう少し調べてみると、ヘルシンキ市はさらに面白いことを考えているらしい。

そもそも、観光振興ではなく市のマーケティングと言っているのは、その対象を観光だけに限定していないから。地元市民、観光客、そしてビジネス関係者の境界がどんどん曖昧になってきている。そのため、その対象の考え方も変化してきている。例えば何かのイベントに参加するために訪れた若者は、それをきっかけに将来、留学生としてヘルシンキに住むかもしれない。ヘルシンキでの国際会議への参加者は、次は企業の駐在員としてやってくるかもしれない。観光客の中には、ヘルシンキを実際に見て気に入り、投資家として関わる人がいるかもしれない。だから、マーケティングの対象を何かに限定する必要はない、ということだ。

世界に誇れる日常が実現すれば、ビジネスとレジャーのどちらの視点からも、ヘルシンキはインパクトある都市になる。その魅力が、研究開発やイノベーションの面でとがったビジネス誘致につながれば、スキルの高い雇用を生み出す。そういう好循環を生み出して、それを発信し、海外からしっかり認知してもらう、そういうことを狙っている。

だから、例えば国際会議の誘致なんかも重視されている(北欧ではトップ、世界でも15番目のコンベンション都市らしい)。国際会議やイベントも、カッコ良い演出や洗練された見栄えが際立っていて、きっと多くの参加者がポジティブな印象を持ち帰っている。

また、ヨーロッパとアジアを結ぶ絶好のロケーションを活かして、航空ネットワークのハブとして、ヘルシンキ空港が急速に成長している。2017年に欧州最多の旅客数を記録したヘルシンキ港も、周辺国(特にエストニアの首都タリン)との人の往来を支え、多くの来訪者を呼び込んでいる。

こうやって、市民や様々な来訪者に対してマーケティングを仕掛けていく上では、特に重要とされているのがヘルシンキ市民。彼らは、最も重要なクリエイターであると同時に、ターゲットにもなっている。ヘルシンキ市は、コンパクトでインフラが整っていて訪れやすく、そして「新たな体験が得られる都市」だというのを強みにしようとしている。新たな体験を支えているのは、オープンで参加志向のアーバンカルチャー。ビジターたちは、ローカルたちの日常の一部を気軽に体験できるし、ビジターが参加することは、新たなインパクトを生じることにもなる。

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Co-creation(共創)

市民、そして彼らが作り出すインパクト、これらは市の大切なアセット。そのために市がとても大切にしているのは、人々が出会い、活動を共にし、アイデアを生み出すための「場」。市は、カジュアルで自然な出会いの場を生み出し、維持することを重視しているという。ヘルシンキは皆で作るもの。市がやっているのは、ヘルシンキを作ることではなく、そのための場を提供すること。

例えば市が持っている施設やスペースを利用ためのウェブシステムがあるのはもちろんのこと、最近は、民間所有のものも含めたスペースの予約、利用、決済をパッケージ化したウェブ上のプラットフォームのパイロットモデルが開発されるというような具体的な動きもある。交通分野のMaaSと同じようなシェアリングのコンセプトだ。

市民が参加しながら、第三者と関わるスタイルのイベントも多く、誰でもレストランをやって良いという「レストランデー」、街全体をフリマにする「クリーニングデー」、個人のサウナや普段は解放されていないサウナを、サウナ体験したい人に開放する「サウナデー」、道路をはじめとする公共空間など、屋外での夕食を共にする「ディナーアンダーザスカイ」など、面白いものが次々と生み出されている。市もこうした文化を大切にしながら、PRにも活用している。

PRの方法も考えられていて、従来型の広報はあまり重視されず、上で紹介した「My Helsinki」を使ったり、イベントを重要なマーケティングの機会として捉えたりしている。ユニークなアーバンカルチャー、デザイン、アート、サイエンスなどをできるだけ可視化したメディアで伝えたり、魅力を伝えるアンバサダーを選定したり、みんなの口コミを広める工夫をしたり。こうすることで、誰かが決めた"型"によるヘルシンキの発信ではなく、ローカルやビジターが良いと思うものが自由に発信され、変化、発展しながらイメージを形成していくことが可能になり、それがヘルシンキの進む方向性にも影響していく。

魅力を作るところも、魅力を発信するところも、どっちもCo-creationが徹底されているのが良い。

世界中で観光がさかんになり、日本でも訪日外国人数が年間3000万人に迫る勢い。これを取り込もうと観光への取組を強化する地方も多いけれど、みんなが参加しつつも市民と観光客のコンフリクトを生まず、むしろ、より魅力的な地域の文化を作り出す力にして、住む人も訪れる人もハッピーに、そういう都市戦略が日本でももっと議論されるようになれば良いと思う。

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Kiitos!(ありがとうございます)
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Yoshito

ヘルシンキってこんな街、 フィンランドってこんな国

ヘルシンキと、フィンランドで気になったことを書いています。
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コメント1件

市民達がが主体となって楽しんでいる街って、無条件に魅力的ですよね!!
素敵な記事をありがとうございます!
ヘルシンキへ行きたくなりました!
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