デザインで社会を良くする、デザインの国フィンランドの挑戦

そもそも「デザイン」って何だろう

北欧はデザインの先進地域。フィンランドはデザインの国。ヘルシンキはデザインの都市。フィンランドには、Marimekko、Iittala、Arabiaなど有名なデザインブランドもある。こっちに来る前から、そのくらいのことは知っていたさ。そう、自分はオシャレなデザインの国に引っ越すのだ、と思っていた。

実際にヘルシンキへ来てみたら、オシャレなお店が並ぶデザイン・ディストリクトという地区はあるし、デザイナーズ・マーケットなんていうイベントも頻繁にあるし、やっぱりデザインの街だと実感。

でも、デザインってどういう意味だろう。普段はけっこう曖昧な定義のまま使っている気がする。試しに広辞苑で調べてみたら、そこには次のように書いてある。

デザイン【design】① 下絵。素描。図案。② 意匠計画。製品の材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画。

これによると、デザインとは、紙に描いたちょっとした図案みたいなものから、その過程や使う場面の条件も踏まえてものごとを作り上げることを言う場合まであるようだ。でも、デザインという言葉には、もっと幅広い意味があると思う。

英語の「design」という言葉をインターネットで検索してみたら、その語源はラテン語の「designare」。”計画を記号に表す”という意味だそうだ。表現する以前に、計画することが前提として必要なのだろうか。

それから、Good Design賞のウェブサイトを見てみると、デザインとは、「人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごと」と書かれていて、「複雑化する社会において、課題の解決や新たなテーマの発見にデザインが必要とされ」ているのだそうだ。ふむふむ。

この辺りを踏まえると、デザインとは、① 目的や計画、課題などに対して② 必要なパーツや関係するものを集め③それを組み立てて形にしていくようなことを意味していると言えそうだ。世間では、「形にする」ところだけ指してデザインという言葉が使われているケースが多い気がするが、それだとデザインとアートの違いがよく分からなくなる。

デザインという言葉への理解がこれでそんなに問題ないとすれば、「なぜデザインするのか」と、「何を用いてデザインするのか」という2つはとても重要だ。そう考えると、デザインという言葉が、例えばコミュニティ・デザインのように、仕組みや制度などの無形のものも対象とし得ることもスッキリする。

この整理を踏まえてデザインの国、デザインの街を見てみると、これがなかなか興味深い。

2012年の世界デザイン首都

WDCとは?

ここで突然だけど、世界デザイン首都(WDC:World Design Capital)というのを聞いたことがあるだろうか。国際インダストリアルデザイン協議会(the International Council of Societies of Industrial Design)という組織による都市振興プロジェクト。ヘルシンキは、2012年に、このWDCに選ばれている。

2008年トリノ、2010年ソウル、2012年ヘルシンキ、2014年ケープタウン、2016年台北、2018年メキシコシティ、2020年リールと、2008年から2年ごとに選ばれているもの。

世界で3番目のデザイン首都となったヘルシンキは、27ヶ国46都市が名乗りを上げた中を勝ち抜き、最後はアイントホーフェンとの一騎打ちを制したという。なかなかすごい。

この、WDCプロジェクトの目的は、都市が社会・文化・経済的に発展していく中で、デザインがより広く活用されるようになること。デザインは、社会・文化・経済と切っても切れない関係だし、経済発展や地域活性化にも役立つということを、よく理解してもらおう、というのだ。

なぜヘルシンキ?

では、なぜヘルシンキはWDCに選ばれたのか。その理由は、それまでの都市の発展において、デザインが果たしてきた役割が大きいから。デザインは街のアイデンティティの一部であり、福祉や経済の政策にも活用されてきた。既に、都市に不可欠なツールとして、デザインが浸透しているというのだ。

それから、ヘルシンキのデザインが世界に開かれていることも大きい。Nokia、Kone、Marimekkoといった企業は注目度の高い製品を生み出すし、ヘルシンキ・デザイン・ウィークのような人気イベントも開催され、アールト大学のような傑出した教育機関もあり、サーリネンやアールトのような名建築家・デザイナーを輩出してきた。これらは、オープンな都市文化とデザインがしっかり結びついているから。そういうところが評価されたようだ。

ヘルシンキの狙いと効果

WDCで、ヘルシンキ市は、「Open Helsinki - Embedding Design in Life」というテーマを掲げた。オープンなヘルシンキ、日々の生活の中にデザインを、というような意味だ。「Embed」とはIT分野などでよく使われる言葉だが、特定の機能を持つシステムを、製品などに埋め込んでおくような概念。このコンセプトは、日常の中に当たり前のように"デザインすること"が存在する状況を指す。デザインは、遠くの誰かがしてくれるものではなく、日常を少しずつ良くしてくれる身近な存在なのだ。

それから、WDCでは、デザインの概念が、「モノ」だけでなく「サービス」や「システム」まで含むとされた。例えば、公共医療なんかが例示されたのだが、それはつまり、自分たちの街を良くするために必要な全てを対象に含むということ。

また、WDCのテーマの下には、「Open city」、「Global Responsibility」、「The Roots for New Growth」という3つのサブテーマが設けられた。それぞれの狙いは次のようなこと。「Open city」は、カルチャーを変える仕掛けづくりと、市民をデザインやサービスの中心に置くこと。「Global Responsibility」は、市民生活や福祉の質に影響する都市の課題を解決すること。「The Roots for New Growth」は、成長の源泉としてデザインを活用すること。

これらテーマのもと、WDCでは550のプロジェクトが実施され、2,800ものイベントが開催された。展示やイベントなどへの訪問者数は延べ250万人。暮らしをより良く、より簡単に、より機能的にするために、デザインをどう活用するか、そんな議論に、普通の市民がたくさん参加したのだ。

こうして、WDCは、デザインがどれだけ重要かや、日々の暮らしにどのような影響を与えるかについて、市民が深く感じる機会となった。また、市民のニーズに対しても、デザインを活かしたイノベーションで解決しようとの意識が強まった。つまり、デザインを取り入れ、デザインとともにあるということが、市民や行政に根付くきっかけとなったのだ。

ちなみに、街の中心の広場の横に建つKamppi礼拝堂も、WDC 2012の際につくられたもの。いまではすっかり街の風景の一部になっている。デザインに対する考え方が、WDCを通じて市民に定着したことを象徴しているようにも感じられる。

世界初、ヘルシンキ市のCDO(Chief Design Officer)

WDC以降もデザインを重視するヘルシンキ市は、2016年、世界の都市で初めてCDO(Chief Design Officer)という職を置いた。目的は、ヘルシンキ市の行政にデザインの知識を活用すること、そして、"実験の文化"を強化することだという。この、実験の文化というのが面白いのだが、それは後ほど触れる。

CDOが担う役割は、大きく分けて3つ。① デザインの観点から街をブランディング。② 市政や都市機能への新たなアイデア導入の舵取り。③ アイデアを発展させた上で、都市機能として実装。

こうして、組織内にCDOを持つこととなったヘルシンキ市は、公共サービスに関する戦略的な施策と、デザイン・シンキングの活用に取り組むこととなった。既にヘルシンキ市は、直前の4年間で、市民を中心に置いたデザインを、100以上のプロジェクトで実践してきており、WDC以降もヘルシンキ市は、世界を代表するデザイン都市として歩みを続けている。2014年には、UNESCOの創造都市ネットワーク(Creative Cities Network)にも、デザイン分野の都市として認定されている。

デザインを取り入れたまちづくり

デザイン都市ヘルシンキは、まちづくり手法もデザイン重視。市民の声をしっかり聞き、必要な要素を取り入れようと、真剣に行政サービスが計画される。デザイン重視の方法は、変わり続ける環境下で将来を描くのに有用で、今はまだ存在しないものごとへの理解の助けになるというのが、ヘルシンキ市が経験から学んできたこと。

デザイナーとは、次に何が起こるのか、そして将来の課題とどのように向き合うかを常に意識するもの。それと同じことなのだ。

この考え方に基づいて、ヘルシンキ市は、街の将来に関するワークショップを積み重ね、市民とともに今後の進むべき方向性を決めるというデザイン・シンキングを推進しているのだという。

デザイン・シンキング(デザイン思考)

では、ヘルシンキ市が取り入れているというデザイン・シンキング(デザイン思考)は、実際にはどのようにやればよいのだろう。論理的な思考方法などに比べて、現場やユーザーをよく理解することが基本であるこの手法は、企業などでは導入が進んでいるかもしれないが、ヘルシンキでは、行政が意識的に取り入れているというのが面白い。

デザイン・シンキングというものが、一般的にどう説明されているかというと、こんな感じだ。

① 共感 (Empathise) : 人々が、なぜ、またどのように行動するのかや、どんなニーズがあるのかなどを、インタビューや観察から見つけ出すこと。
② 定義 (Define) : 「共感」で得られた情報から、潜在的な課題やニーズを抽出すること。そこから、目指すべき方向性やコンセプトを確立する。
③ 概念化 (Ideate) : 仮説を立て、新しい解決方法となるアイデアを生み出すこと。特に、質より量を意識したブレインストーミングが重要。
④ 試作 (Prototype) : 解決方法のアイデアを、実際に問題に適用できる形にしてみること。
⑤ テスト (Test) : 試作したものを実際に試してみて、人々の声も聞きながら、機能するものと機能しないものを見極めてブラッシュアップする。

ザックリ言えば、「人」を中心に置いてていねいに課題設定をする部分と、「実験」を繰り返して完成度を高めていく部分に分けられる。

つまり、デザイン・シンキングでは、人間・ユーザー・現場といったものが中心に置かれる。ロジックから一発で答えを導き出すのではない。よく観察し、アンケートなども行い、課題を特定する。だから、人々が本当に必要としていることを目標として設定できる可能性が高くなる。

課題が分かれば、こんどはアイデアを出してプロトタイプを作りテストを行う。結果の分析やフィードバックを踏まえて改良し、次のプロトタイプを作ってまたテスト、というのを次々に繰り返す。ある意味、根気強さが必要な、泥臭い手法だ。

この手法を政策立案に用いるということは、市民を中心に置くという意思を示している。現場を理解して目標設定を行うし、解決策を導く過程では市民を通じた実験を行い、その反応を聞く。だから、ヘルシンキ市が、この方法を積極的に取り入れると言っているのは、街は市民のものであり、行政は、市民のために街を良くすると宣言しているようなものだ。

そう捉えると、手法よりもむしろ、その姿勢が素晴らしいと思う。

ナショナルレベルのデザイン・シンキング

この、デザイン・シンキングによるアプローチ、言い換えれば、実験あるいはテストによる手法は、実はフィンランド政府も国レベルで法律や政策の立案過程に取り入れようとしている。現政権が掲げる政策プログラムにも、実験の文化を育むことが盛り込まれている。

その発想は、膨大な論理展開から政策や法律を作り上げる代わりに、国民からのフィードバックをもとに、デザインの作業と同じように、段階的に政策案や法案を作り上げてみようというもの。これによって、革新的な政策を生み出せるものと期待されている。この時代、従来の方法では世の中の課題を解決できなくなってきているし、世界が複雑になり、急速に変化している中で、"論理的な計画"だけを悠長にしていることはできない、ということらしい。

一般的に言って、良いデザインは、ニーズを満たしたり、問題を解決したりするのに有効だと考えた政府は、デザイナーがものごとをデザインする方法と似たプロセスで、政策の案を組み立てて、テストしてみようと考えた。つまり、デザイン・シンキングの導入だ。

机上の空論だけで議論を進めるのではなく、新しい政策に対して市民がどう反応するのかを実験してみる。その結果が根拠となり、次の段階へ進む。小さな実験から始めて規模を拡大していけば良い。実際の政策導入の前にテストできること自体もメリットだ。

この手法によって、迅速で、国民本位で、人の行動を重視し根拠に基づく政策アプローチとなる。政府は、"Human-centric"という言い方をしているのだが、この先結果がどうなるのであれ、国民のことを考える姿勢を発信していることは素晴らしい。

首相府の社会実験ユニット

似たような考え方をしている機関は、世界を見渡せば他にもあるが、フィンランドが目指すのは、これをしっかり政策レベルまで持っていくこと。そこで政府は、こうした実験を導入していくための部門を用意した。首相直属の首相府に、社会実験ユニットを置いたのだ。

Experimental Finlandと名付けられたプログラムでは、実験への資金提供スキームや、情報共有プラットフォーム整備も行った上で、たとえ実社会の一部を切り取った限定的な条件でも、ちゃんと現実世界の中でテストが実施される。

実験のカルチャーを社会全体に根付かせることを目的としているので、草の根レベルの実験も支援しているのだが、目玉となるいくつかの戦略的な社会実験も用意された。戦略的社会実験が、社会全体の実験カルチャーを後押しすることを狙っている。

ベーシック・インカム社会実験

フィンランド政府が最初に実施を決めたいくつかの戦略的な社会実験の1つが、ベーシック・インカム(最低限の生活を保障する基本的所得を給付する制度)だ。既に行われている様々な給付制度(失業手当てなど)をいきなり大幅に改革するのではなく、一定の規模で抽出された被験者に、自動的にベーシック・インカムの手当が支給される実験を行い、その行動パターンを分析して、次の段階に進むもの。

ここでは、ベーシックインカム自体の議論を目的としていないので、詳細には触れないけれど、かいつまんで説明すると、以下のような実験内容だ。

・25歳から58歳までの失業者が対象(学生や年金受給者(実験期間中に対象年齢に達する人も含む)を除外するため)
・対象者数2,000人という実験規模
・月額560ユーロを、2017年1月から2年間にわたって自動的に支給
・他の失業給付と異なり、労働収入を得た場合でも支給が停止されない

なので、無条件で誰にも等しく基礎的所得を支給するという、所謂ユニバーサル・ベーシック・インカムとは異なり、この実験は、限られた条件のもとで支給されるベーシック・インカム。でも、これはプロトタイプなのだ。

無作為にサンプリングされた被験者たちの就業行動と、その他の人たちの行動を比べると、ベーシック・インカム支給の効果が見えてくる。2年間の実験後に分析を行い、その後、結果が発表される予定。その後、さらに修正されたプロトタイプで次の実験へというサイクルになるかは定かでないものの、とりあえずは1サイクルが行われている段階だ。

このように、プロトタイプを作成し、ある程度限られた条件と方法で試してみて、何が効果的であるかをスケールアップする前に把握するのだ。ベーシック・インカム自体には色々な見方や意見が存在するようだが、社会実験の1つの事例と思ってみると、これはこれで面白い。

実験好きな市民と、柔軟で透明な行政

日本と比べると、そもそもフィンランド人はちょっと大らかだと思う。そして、好奇心もあるのだろうか。日本では、完璧でないと消費者に対して商品やサービスを提供できないが、フィンランドでは、まぁ試してみようという感じで、完成度の高くないサービスも存在しているように感じられる。

一方で、フィードバックをちゃんと回収し、改善も重ねている。そのやり方もオープンだ。市民の方も、新しいものには敏感に反応している。そのくらいの方が、どんどんトライして、イノベーションを起こしていける社会なんだろうと思う。

それから、フィンランドでは与えられた環境を柔軟に活用している。例えば、フィンランドの法律では、たまたま、「公道を走る車両の運転手は車内にいないといけない」という規定がない。そこで、車両自体は無人で動かしてしまおうという無人ロボットバスの実験が、公道上で行われている。たぶん世界で一番最初に、この類いの実験が行われた国だ。そんなこともあって、モビリティに関する実験も色々と行われている。

とにかく、いまある環境で積極的に試してみるカルチャーも、この国のデザイン思考の政策立案プロセスと合うするのかもしれない。

やってみる時にはちゃんと情報公開することも重要。それが、市民を巻き込む上での責任でもある。オープンで、積極的で、市民を中心に考える行政。この国では、行われていること自体も面白いけれど、行政の姿勢そのものに学ぶところがたくさんあると思えてならない。

社会を良くするデザインの力

結局のところ、デザインというのは、社会や暮らしを良くするために、そこに関わる人たちが心血を注ぐことと言えるかもしれない。デザインがあふれる街では、社会のあらゆるモノや、仕組み、制度などの全てに、そんな思いが込められている。

そう考えることのできる市民にとっては、あらゆるものごとは、使い手のことを考えた作り手たちが、人知れず努力を重ねたものとして、きらきら輝いて見えるはず。社会を良くするデザインの本当の力とは、そんなことなのかもしれない。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

Kiitos!(ありがとうございます)
59

Yoshito

ヘルシンキってこんな街、 フィンランドってこんな国

ヘルシンキと、フィンランドで気になったことを書いています。
3つのマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。