心で感じるフィンランドの自然

森と湖と、島々の国

フィンランドは森と湖の国と呼ばれている。夏に森や湖を訪れると、本当に美しくて、感動すら覚えるほど。

フィンランド人は、あまり積極的に表現しないものの自分の国が大好きな人が多い。そして、夏は特にこの国が世界一だと思っている人が多いらしいが、思わず納得だ。多くの人が湖沿いなどの静かな場所にサマーコテージを持っていて、夏休みにはまとまった日数をのんびりと過ごすという。サウナに続いて湖に入り、自然とひとつになる。

森林は、国土面積の7割以上を占める。湖の数は18万8000個。水面の面積は国土全体の1割近い。東部にあるサイマー湖は、地図でよく見ると、こんなにつながっているのかと驚くほど複雑な形の巨大湖。どれだけ巨大かというと、琵琶湖6個と半分に相当する広さで、ヨーロッパでは4番目の大きさというからすごい。それが、無数の湖に分かれているとしか思えないほど入り組んでいるこの地方では、どこに行っても湖に出会い、ことごとく美しいのだ。

特に、北カレリア地方のコリという場所は、多くの有名アーティストにも愛された「国民的景色」で知られ、丘の上から見下ろすピエリネン湖(サイマー湖の一部)と島々の眺めは、晴れた日に一度見たら心に刻まれる絶景。

ヘルシンキの周りやその西側、古都トゥルクの周辺、さらにはオーランド諸島にかけては、群島が美しい。小さな島も多いけれど、フィンランドの島の数は18万というから、これもすごい。

夏と冬

首都ヘルシンキは北緯約60度。北海道から、日本列島もうひとつ分くらい北に行ったくらいの緯度。それでも、フィンランドの中ではもっとも南の地域に位置している。北部ラップランドにいたっては北極圏にかかっている。それほど北にある国。

高緯度なので、夏の昼間はとても長く、夜でも明るい。ヘルシンキでは、夜遅くなれば太陽は地平線の少し下にいったん隠れるけれど、それでも真夜中の空はぼんやり明るい。北極圏なら夜がやってこない完全な白夜になる。

さきほど触れたコリも、夏の夜中は幻想的な美しさ。夕焼けから朝焼けまでがひとつになって、短い夜の間、北の空はずっとオレンジ色。

それだけ自然が極端な表情を見せる夏至の頃は、フィンランドや北欧の国では特別な時期。一年の節目のひとつとして夏至祭を祝い、その後の長い休暇シーズンに入る。夏至祭前夜は家族が集まり、かがり火(フィンランド語では「コッコ」というかわいらしい名前)を炊いて悪霊を追い払い、豊作を願い、サウナに入り、というような過ごし方。口々に「素敵な夏を!」と言い合う。その後、ヘルシンキの街からはフィンランド人がグッと減り、観光客ばかりが目につく日々がしばし続く。レストランなども夏休みに入ってしまうところが多いのがフィンランドらしい。とにかく、この特別な時期は、仕事どころではないという人が多いのだ。

反対に、冬の夜はとても長く、昼間でも太陽は低く、天気の良い日も少ないので、とにかく暗い。ただ、雪に包まれてぼんやり薄明るい様子も、それはそれで美しい。フィンランド語では極夜のことを「Kaamos」(カーモス)というが、この発音が、英語の「Calm us」に似ているという話がある。とらえようによっては、静寂もまた美しいということか。でも、やはり暗いこと、特に、秋から冬にかけての日が短くなっていく時期が辛いという人は多い。

冬の寒さが急にやってくると、比較的暖かい海水から湯気(けあらし)が立ち上る。これがとても幻想的。

一方で、海が凍れば、そこは市民にとって無限のフィールド。とてつもなく広い公共の広場となる。散歩、スキー、スケートなど、思い思いの過ごし方ができる。

思ったほど雪が多くない冬のヘルシンキでは、雪が降って景色が明るくなると喜ぶ市民も多い。北国の冬は厳しいのだが、暗いことを除けば、寒くて冬らしいことはそれほど厭わないか、むしろ嬉しいという人が多いような印象だ。2月頃になると、まだ空気は冷たいものの、昼間の時間は長くなってくる。雪が積もって天気が良ければ、明るい屋外で楽しい時間が過ごせる。春になれば雪がとけ出しベチャベチャになるので、雪の上で楽しめる期間も案外長くない。これも貴重な時間なのだ。

多様な自然の表情

普段は地球上の限られた地域でしか見られないもちろんオーロラも、自然の力を感じるもの。ただ、ヘルシンキあたりだと、意外とオーロラを見たことがないというフィンランド人も多い。ヘルシンキで出現することもあるにはあるが、とても稀なのだ。北部に住む人にとっては、たぶんよく目にするものだけど、やっぱり神秘的な自然の力を感じさせてくれる存在。

そんな自分も、フィンランドではまだオーロラを見たことがなくて、この写真はアイスランドで遭遇したもの。気まぐれな空の魔法を目にするのは、これがなかなか難しい。

国内最大の都市、首都ヘルシンキでも、街から少し車を走らせればすぐのところに森や湖があり、街のすぐ隣にも自然保護区なんかがある。大きな自然公園、湿原、入り組んだ海岸と島などが手の届くところに。日常生活の中でも自然を感じられるのが当たり前。ちょっと行けば、こんな自然と都市がひとつになった眺めに出会うことができる。

ヘルシンキのマーケット広場から船に乗れば、あっという間に沖合の島へ渡ることもできる。街の中心から、いとも簡単にこういうところへアクセスできるのは、この街の自慢のひとつ。

明瞭な四季のある国でもあり、夏と冬だけでなく、花や木々が生命力を感じさせる春や、木々が色づく秋もまた美しい。春は、花や葉の様子に合わせて、その下にくつろぎにやってくる人が増える。

秋には、ルスカと呼ばれ人々に愛される紅葉の季節。日本と樹種の異なるこちらでは黄色い葉が多いのが特徴。でも、これから徐々に寒くなる前に、自然が見せてくれる美しさは日本と同じ。

街中でも、こんな見事な赤い壁に遭遇することがあり、思わず足を止めてしまう。

春や秋は、日の出と日の入りの時刻がどんどん変わる季節。例えば春なら、毎日5分以上昼間が長くなり、秋はその反対。日々、目に見えて日の長さが変わり、季節が進んでいることが、グングン伝わってくる。

森との関わり

普通に暮らしていても、フィンランド人はこんなに自然が身近に感じられる条件が揃っている。そして、彼らにとっては、森がなくてはならない存在。この国では、森を自由に歩いたり、キノコやベリーを摘んだりという、国民が「自然を享受する権利」がしっかりと認められている。

それはつまり、森で受けられる自然の恵みが、フィンランドの人たちにとってはずっと不可欠なものだったから。だから、森に行くことは当然のことで、自然と寄り添うこともごく当たり前。この、自然と寄り添う感覚は、きっと日本人とも通じるところがあるのだと思う。

日本では、八百万の神という考え方があるが、それは、あらゆるものに神が宿るということ。それだけ、身の回りの自然に神秘的な何かを感じるということだろう。フィンランドでも、自然の美しさ、極端なほどの自然現象、自然の恵みといったものが当然のように身近に存在する。きっとこの国の人たちも、その中に、何か特別な力を感じているのではないだろうか。

例えば、北欧ではおなじみの、サンタクロースのお手伝いさんみたいなトントゥや、日本で人気のムーミン。これらは森に住む妖精からきている。自然との距離感、そこから感じる力みたいなところに、日本とフィンランドの不思議な共通点が感じられる。

よく、日本人とフィンランド人は似ているところがあると言われる。例えば、沈黙を厭わない。控えめで、過度に飾らない。シンプルなものやありのままの美しさを愛する。きっとフィンランド人は、侘びと寂びを分かってくれる数少ない人たちなのではないか。感性が近いのだろうが、これは、自然との距離感なんかの影響もあるように思われる。

日本の大都市は大きすぎて、忙しい日常の中では、日本は自然の美しい国だということをつい忘れてしまう。その点フィンランドは、首都ヘルシンキでも自然が身近。ここにいると当たり前だけど、とても贅沢なこと。

もしフィンランドを訪れる機会があったら、街の中だけではなく、ちょっと自然にも目を向けてみるのがおすすめ。自然は偉大で力強い。一方で身近に寄り添ってくれるやさしさも持っている。そういうのを少しでも感じられたなら、きっとこの国がもっと好きになる。デザインの国らしい素敵な魅力ももちろんたくさんあるけれど、その根底には自然観がきっと深く関わっている。たぶんフィンランドって、そんな風に奥が深い国だと思う。

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Kiitos!(ありがとうございます)
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Yoshito

2019年3月まで3年間をヘルシンキで過ごしました。ときどき、フィンランドやヘルシンキのことを書いています。

ヘルシンキってこんな街、 フィンランドってこんな国

2019年3月まで3年間暮らしたヘルシンキと、フィンランドで気になったことを書きました。
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