『恐怖の報酬』に見る、不要な言葉の省き方・映像の特性

シナリオは映像表現を前提にしている。
このシリーズでくり返し述べてきたことです。
しかしながら映像作品以外でもシナリオを必要とする媒体があります。
例えば、ラジオドラマなどがそうです。(他にはボイスドラマやASMR作品などもそうでしょうか)
では、音声作品と映像作品とではどのようにシナリオは違ってくるのでしょうか。
今回はその点に言及したいと思います。

例文:
〇宮廷内・外苑
   豪奢なつくりの宮廷にて、
   新人医官・子猫が女官の手を引く。
女官「ちょ、ちょっと。いきなりどうしたんですか!?」
   子猫は無言で離れの物置へと連れていく。
   女官は驚いて息をのむ。

〇同・物置・内
   子猫は勢いよく物置の扉を開く。
   中には粗末なベッドに寝かされた
   発疹だらけになった病気の女官の姿が。
子猫「これはどういうことですか?」
   と女官に尋ねる。
   女官、バツ悪そうな顔をする。

……以上が映像作品化を前提にしたシナリオの書き方です。
ではこれを音声作品化してみます。

〇宮廷内・外苑
   豪奢なつくりの宮廷。
   二人分の足音。石畳を歩く。
   新人医官・子猫と女官が鉢合わせする。
子猫「そこの女官、お伺いしたいことがあります」
女官「医官様……どうしたのですか。そんなに怖い顔をして」
子猫「いいから、ついてきて……!」
女官「ちょっと、痛いです。
 そんなに力強く手を引かないでください!」
子猫「いいから……!」
女官「うっ……」
   と、子猫の剣幕におされる。
   二人の足音。砂利をかむ音。
女官「……あの建物は!」
子猫「私が何を尋ねたいか。もうお気づきのようですね」

〇同・物置・内
   子猫が勢いよく物置を開く。
   ホコリがパラパラ舞う音。
   病気の女官、せき込む。
子猫「発疹だらけの病人が物置に隔離されている……
 どういうことなんですか。これは?」
女官「わ、私は……私は、知らない……」
子猫「目線をキョロキョロして……やましいことを
 している自覚があるのが、丸わかりですよ」

思いのほか長尺になってしまいました。
パッとみ、音声作品の方がセリフが多いことに気づくでしょう。
なぜなら"映像によって見れば分かることをイチイチ説明している"からです。

映像作品では、イチイチ目で見て分かることを説明したりはしません。
今回の場合での最たるものは、医官の子猫が女官の手を引く動作をあえて、
「手を引かないでよ!」とセリフ化し、説明していることです。
医官の子猫が強引に手を引いてまで女官を問い詰めたい、憤りの心情を表す演出なのですが、映像作品では子猫が女官の手を引いていることは一目で分かることです。いちいち言葉で説明したりはしません。
しかし音声作品ではその光景を視聴者に見せることができません。ですからシナリオ内にセリフをして明示したわけです。

言い換えると映像作品には、目で見て分かってもらうという特性があるともいえます。
そのメリットを最大に享受すれば、かったるくて頭に入ってこない説明セリフを省くことが可能です。

その好例としてよく知られているのが、とても古い映画になりますが、
映画『恐怖の報酬』アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督 です。
1900年代前半の開発途中の中米を舞台に、非常に爆発しやすいニトログリセリンをトラックで運ぶという仕事を請け負った4人の男たちの苦闘を描く内容となっています。
作中でのニトログリセリンの危険性について説明するシーンが、映像の特性を活かしたシーンとしてとても有名です。
依頼人がニトログリセリンを一滴床に落とす。
そのとたんに床が爆発する。
それだけのシーンですが、ニトログリセリンがどれだけ引火しやすいか、それをトラック一杯に詰め込んで、でこぼこの山道を通って運ぶことがどれだけ危険なことか。
くどくどした説明など一切なく映像のみで表現されます。
もしこれがセリフで述べられるだけだったなら、あの背筋が凍るようなシーンは生まれなかったと思います。
名セリフを思いつけることが伝説級のシナリオライターになれる必須条件ともいえるかもしれません。
しかしながらそれ以前に、映像の特性をよく理解して、恐怖の報酬のような名シーンを描けるような腕を、私も身に着けたいものです。

※こぼれ話
ちなみに今回の音声作品の例文では、あえて小説の地の文を読み上げるような『ナレーション』や『モノローグ』を排して書きました。
効果的な使い方ができればよいのですが、演出を工夫せずにナレーション等を安易に多用すると作品が薄味になってしまうので、私は気をつけるようにしています。
かといって絶対に使ってはいけないというわけではなく、様式美として地の文の読み上げやナレーション、モノローグを多用する媒体もあります。
例えば、ライトノベル等のボイスドラマ化作品などです。
元の媒体が小説なのでファンは素直に受け入れてくれます。

映像作品であっても説明セリフを多用することが求められる媒体もあります。
例えば立ち絵で会話劇が行われるタイプの作品です。ソーシャルゲームによく見られます。
映画のように映像が綺麗なゲームのカットシーンだと映画やドラマのつもりでシナリオを書けばよいのですが、背景が固定されていてイラストで描かれたキャラクターを喋らせる場合はそうはいきません。
背景は動かず、キャラは表情を変えるだけで、カメラを動かすこともできないので映像として表現できる幅が限られているからです。
そのような作品の場合は音声作品の手法を導入しつつシナリオを書くことになるのが常です。
(ちなみに日本の著作権上では、ゲームは"映像の著作物"に分類されます。私としては"プログラムの著作物"が妥当だと思っているのですが)

※バラエティー番組等への応用
見て分かることは説明しないという極意はシナリオのカテゴリーを超えて活かすことができます。
例えばバラエティー番組のナレーション台本を書く場合などです。
例えば、ナレーション台本を書く際に新人放送作家やディレクターがやりがちな失敗として、

ウナギ屋でウナギを焼くシーン……
「これがこのお店のタレです」

水族館のペンギンを映して……
「ペンギンが歩いています」

こんなナレーションを書くとベテランからは
「いや、見りゃわかるよ!」
と叱られるそうです。
放送番組のナレーションの場合は目で見て分かることではなく、
見て分からないこと、心情、次の展開を期待させるように書かなくてはならないという決まりがあるそうです。
ではどのように書けばよいのかというと……

「これは何代もこのお店で受け継がれているタレです」
「お母さんペンギンがエサを捕るために歩いています」

……と直せば、店の歴史やお母さんペンギンの想いや動機を知れて、映像で伝わる以上の味わいを視聴者に与えることができます。
目で見て伝わるものと、そうではないもの。
効果的に書き分けることが出来れば、映像の特性を味方につけたも同然と言えることでしょう。
(最近はYouTubeなどで動画投稿する方が一般化してきましたので、このテクニックはもはや一般教養レベルともいえるかもしれません)

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