「無理して強い人間にならなくてもいいんだなって思えるようになった。」

「この10年で(略)無理して強い人間にならなくてもいいんだなって思えるようになった。わけわかんなくなったら、サポートをお願いするとかさ。それをできるのが、グループであることの強みなんだから。」A La Mode/ Duet 202109号


びっくりした。そんな表現の仕方をするのかと驚いた。結成日まで1週間近くになって久しぶりに同じ空間にいる姿を見てここ数日色々な映像を見返していたところに今さらだけどこの言葉を目にして全くなかった10周年の実感がほんの少し沸いた。ふうまくんを見続けていると、人はこうも変化なく変化し続けられるものか、と心から思わされる。
5周年のころはまだ強く強くとにかく強くあろうと身体をこわばらせているように見えた。守るために強く広げていくために強く、自分を盾にして傷ついてそれこそが自分の存在意義なんだと思っているように見えた。実際、私も不本意ながら強くなってほしいと願っていた。強くなんてならなくていい優しくあればそれでいいって思いたいけどでも傷ついてるところを見続けるのはやっぱり辛くて、守りたいもの全部守れるように強くなってほしいって思っていた。思ってたらしょうりくんが気持ちはわかるけど傷ついてほしくないし俺もいるしって言ってくれて嬉しかった。でもそのあともやっぱり色んなことがあって延長線上にある強さをどこか求めているように見えた。というか自己犠牲が存在意義だったから。メンバー間の関係性も楽しそうにしながらやっぱりどこか噛みあわないぎこちなさがあった。
でもいつからか、2年前か3年前か、変わったな、となんとなく感じることが増えた。守りべきものであることには変わりないけど、身体がこわばらなくなった。それは自分への自信かもしれないしメンバーへの自信かもしれない。単純に年齢を重ねたことも大きいだろうし、もしかしたら色々な人生の先輩たちと話が出来たからかもしれないし、他にもなにかあったのかもしれない。なぜここにいるのか、ここにいる意味はなんなのか、ままならないなか身をどう置くのか、ここにいるにはどうすればいいか、自分自身と対話し続けた結果かもしれない。どちらにせよ、あの頃とは違うとハッキリ言える。そう感じていたところでこれだ。驚かないわけがない。

「無理して強い人間になろうとしなくていい」

身体がこわばらなくなったのをこう表現するのか。無理をする必要はない、なくなったんだ。強く、強く、強くなろうと足掻いてもがいて傷ついて踏ん張っていたあの頃はもうとっくの昔に過去になっていたんだ。

今までもこれからも変わらず変わっていくきみをずっと見ていたい。だから、そこで、たくさん笑って。

柔く、強く。

笑って。

いっぱい笑え!