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ご近所の黄昏。もうすぐ晩ご飯だね。

「ヤンマー」という名前の八百屋さんにおつかい。

山芋と春菊とレタスを買いに。

この道を、うちへの帰り道と反対に、てくてく歩いていくと幕張の海。

太陽は、朝、ぼくの部屋の窓をよぎって、夕方、海へ還る。

黄昏の道のひとりぼっちは、やっぱりものうげだ。

中学校の野球部は、それほど強くも弱くもなく、だから練習は放課後、陽が沈みはじめると終わる。

校庭の一段下がったところにあるプールの照明がいっせいに点灯し、水泳部の追い込みが加速する。

ぼくの家のそばにあるセメント製造会社の社宅に住む小松君が、ぼくの着替えを待っている。

登下校で突っ切るひろい田んぼには、まだ水が張られてなくて、かわりにレンゲが一面に咲きむれていた。

うす紫のレンゲの上に、ふたりで寝そべって、小遣いが残っている時はアイスキャンディーを頬張った。

雲が流れていたような、その雲の切れ端が、だんだん茜色に染まっていったような、うすれてゆく記憶は、どんどん美化されていき、アイスキャンディーを食べ終わって、どっちが、さあ、帰ろう、って言い出したのかも定かじゃない。

ぼくら、きっともの凄い勢いで、ご飯とおかずを飲み込み、もの凄い勢いで生きてきたんだろう。

工業高校に進学した小松君が、卒業後、社会人野球の選手になったと、誰かが教えてくれた。

黄昏にかわって、街灯が夜を迎えた街を照らしはじめる。

さあ、みんな、晩ご飯だね。


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