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死が物語に与える効果『ボヘミアンラプソディ』

『ボヘミアンラプソディ』を、深夜の歌舞伎町のTOHOシネマズで観た。「Dolby Atoms」っていうすごい音響で。見る前は『オペラ座の夜』で「ボヘミアンラプソディ」がシングル・カットされて9週連続1位を取るところがピークになるのかと思ってたんだけど、『LIVE AID』のシーンがピークになっていた。残念なのは「We will rock you」が時間の関係なのか、『LIVE AID』のシーンで再現されてなかったこと。とはいえ、僕は実際に1985年にテレビでこのライブを見ていた世代だが、映画の方が画像がいいし、音響もいいのでカタルシスがすごかった。また見たい。

美術も気合いが入っていて、フレディのピアノの上に置かれていたペプシのカップの数や配置、マイクに使われていた緑色の養生テープまで再現されていた。家に帰ってから、もう何回も『LIVE AID』のDVDを見ているのだが、これが驚いたことに、前見たときよりもめちゃくちゃ楽しめる。クイーンとフレディのストーリーを映画で知ったあとに見る『LIVE AID』は全く別物になっている。

そういう知識を獲得したあとに観る『LIVE AID』の面白さのようなものを、どうやって様々なコンテンツで再現していくかは、コンテンツを受容する前と後でユーザーとどうコミュニケーションをとるかとも関係してくると思う。アーティストがコミュニティを持ち、コンテンツの発表時点だけでなく継続的な関係のなかで自身の作品の価値を高めていくという意味で、コミュニティが不可欠になっていくのだろう。

ビートルズのように、クイーンも全員が作詞・作曲できるし、ヒット曲もメンバー全員が書いている。クリエイティブをバンドというチームでやるってどういうことかが、この映画ではわかりやすいエピソードで表現されていて、それもおもしろい。

映画のラストに使われていたのは「Show must go on」で、病床にあるフレディに、「命ある限りショウを続けよう」という意味で作られた曲だ。僕はこの曲をクイーンの曲のなかで一番よく聞いていて、疲れてもうダメだと思ったときに、テンションを復活させてくれるすごい曲として使っている。徹夜のお供だね。

ストーリーそのものは、AIDSによって生を限定されたフレディが、人生をどうやって前を向いて生きたかを描いている。このタイプの物語は『フィラデルフィア』や『ダラスバイヤーズクラブ』などで成功しているし、ゲイの人が差別と戦って自分は倒れるけど、社会を少しだけいい方向に向かわせたというストーリーと読めば『ミルク』なども同じタイプと言えるかもしれない。死によって物語にいい意味での緊張感が生まれている。

結核とかAIDSとか癌でも、不治の病で生を限定されると、人生をどう使うかについて真剣に考えざるを得なくなる。人は普段、人生が有限だと感じることが少ないから、こういうストーリーでそれでも前進しているキャラクターを見ると感動するのかもしれない。


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