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はじめに 毒親/毒家族という存在

「家族とうまくいかない」
「家族が嫌い」
「家族なのに仲良くできない」
「家に帰りたくない」
「家族に人格を否定されるようなことを言われる」
「家族から出ていけと言われた」

 このようなことで悩んでいても、友人や知人には相談しづらいものです。

「家族なんだから大丈夫だよ」
「家族なんだから話し合えばきっとうまくいくよ」

 そんな無責任で能天気で耳障りの良い言葉が返ってきたり、

「あなたがちゃんとしないからだよ」
「嫌なら家を出ればいいじゃん」

と、まるで自分に責任があるかのように言われることも多々あります。

 昔の私も、そう信じてやみませんでした。家族だからきっとうまくいく、分かり合える、と。ただ今の私はこのような"家族神話的台詞"を見聞きする度に「ああ、この人たちはなんて良い家族や家庭に恵まれているのだろう」と思うことにしました。 その境地に至ったのは、この世には子供や他の家族を蝕む《毒親》や《毒家族》がいることに気がついたからです。 私の毒祖母は、自分勝手で自分の保身のことだけを第一として、他人は自分にとって都合の良い存在とさえ考えています。どんな山々よりも高い自尊心を掲げながら、絶対に自分が正しいという確固たる信念を有しています。極端な言い方ですが、"言葉が通じない人間の皮を被った異星人"と表現できるでしょうか。

 人間は家族をはじめとした他者と健全な信頼関係を結ぶ不断の努力を続け、建設的な話し合いやルール作りを経て、調和のとれた家庭環境や組織をつくりあげます。 その根底には、健全で良好な自己肯定心、そこから生まれる他者への配慮や愛情が常に介在しています。
 先に出た「家族なんだから大丈夫」という発言は、家族なんだからというよりは"不断の努力を続けた"家族だから大丈夫と解釈できます。逆に言えば、たとえ家族であってもその不断の努力を怠ればその関係性はいとも簡単に崩壊します。

《毒親》や《毒家族》といった存在は、健全で良好な自己肯定心や他者への配慮や愛情が抜け落ちています。ゆえに不断の努力や建設的な話し合いを放棄して、他人を服従させるために暴力、暴言、ハラスメントといった非道な手段を取ることもあります。

「そんなに家が嫌ならば出ていけ」
「言うことを聞かないなら出ていけ」
「ここは俺(私)の家なんだ」
「誰の金で生活できてると思っているんだ」

 このような非道な手段を以てすれば、人間というものはあっけなく従ってしまうものです。 ましてや経済的、環境的に毒親、毒家族に依存している場合は、事態はますます悪化します──家族がこんな言動をとるのは、自分がしっかりしていないせいだ……。そう相手が思い込めば、もう毒親、毒家族の思う壺です。最悪の場合、彼ら彼女らの仕掛けた罠から一生逃れられない可能性があります。

 繰り返しになりますが、
「そんなに家が嫌ならば出ていけ」
「言うことを聞かないなら出ていけ」
「ここは俺(私)の家なんだ」
「誰の金で生活できてると思っているんだ」という言葉を投げつけられたら、一度冷静になって相手との距離を取ってください。これ以外にも人格を否定するような発言、暴力、恫喝と取れる行為を受けた場合も、落ち着いて相手から少しずつ離れてください。
 たとえ自分にも多少の非がある状況だとしても相手には"人間の言葉"が通じませんから建設的な話し合いやルール作りなど不可能です。いくら努力しても、毒親、毒家族の前には何も意味をなしません。彼ら彼女らは、はなから他人と共生する気などさらさらありません。なぜなら、"言葉が通じない人間の皮を被った異星人"だからです。

 では、なぜ毒親は毒親になってしまったのでしょうか。毒親のパターンは以下のように分類されます。

①発達障害タイプ
②愛着障害タイプ
③うつなどの臨床的疾患タイプ
④DVやPTSDなどの環境的問題タイプ
(参考: 『「毒親」の正体』水島広子著)

 それぞれが互いに相関しているので、あくまで自分の親がどの傾向にあるのかの参考にしていただけたらと思います。私の毒祖母は、②不安型愛着障害の傾向が強く、そこから自己愛性パーソナリティ障害の可能性が高いことが分かりました。私の毒祖母についてや彼女から離別した経緯は追々述べていく予定です。

 私はかつて毒家族に蝕まれ、家族神話という名の呪いからなかなか抜け出せませんでした。 私と同じような状況の人のお役に立てればと思い、投稿をすることに決めました。 稚拙な記事ですが、誰かの気持ちが少しでも晴れたら幸いです。よろしくお願いいたします。

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