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ようやく毒から逃げまして③~うちの毒祖母の特徴~

(画像はいらすとや様より、筆者が加工)

 あくまで素人診断だが、私の毒祖母は愛着障害から派生した自己愛性パーソナリティ障害(以下:自己愛)を抱えている。他にも依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害の傾向も見られる。いずれも検索すれば分かりやすい説明が出てくると思うのでご存じでない方は検索してみていただきたい。 今回はそんな毒祖母のクソエピソードをいくつか紹介していく。


①自分の間違いや他人からの指摘を絶対に認めない、絶対に謝らない

 前記事でも書いたように生活や家事の誤りを指摘しても毒祖母は絶対に謝らない。

私 「洗濯物、間違えて入れてたよ」
毒「じゃあ自分で洗いなさいよ!」「年なんだからしょうがないでしょ!」

私「買ってきた家電の大きさ間違えてるから買い直してきなよ」
毒「店員にだまされた!」「ちゃんと教えてくれないアンタたちが悪い!」「年なんだから(以下略」

 もちろん私たちは完璧を求めていた訳ではないし、間違えるのは仕方ないこと。ただ一言「ごめん」と言ってくれれば、こちらの気持ちもすぐに収まったのだ。それができないのが自己愛なんだなぁと今でこそ達観しているが。


②マウントを取る事、自慢話、人の粗探しが大好き

 毒祖母は三度の飯よりマウントを取ることが大好きだ。「毒祖母さんは、娘さんと息子さんとお孫さんの面倒見て偉いわね~」と言われることが嬉しくてしかたがなかったようだ。つまり私たちは「離婚で出戻った娘と孫のために毎日頑張るおばあちゃん☆」を演出するための道具に過ぎなかったのだ。毎日の食事の用意も洗濯も掃除もすべてそのためだ。ちなみに「今日何食べたい?」「誕生日は何作ろうか?」といった質問をされた記憶は一切ない。
 ほかにも私や姉の進学先、就職先をペラペラと話したり、自分基準のレベルより低いと感じた人をとことん蔑んだりしていた。ここでも私や姉は毒祖母にとって自慢する道具でしかなかったのだ。他の人にどう言われようが、今の私は毒祖母の行動心理をこのように解釈しており、それは今後も変わらない。


③作話、記憶改ざんは当たり前

 マウントを取るためなら嘘をついたり、間違いを指摘すると平気で記憶を書き換えるのも特徴。
 家庭内別居が進んでいた時分に、毒祖母がサークル仲間と電話しているのをたまたま聞いていた。当時の私たちはすでに"半年ほど”毒祖母と口を利かない状況だったが、

「娘と孫はみんな忙しいみたいで"一週間くらい"口利いてなくてさ」

などと大ホラを吹いた。それを聞いた私は、慄然としたのを覚えている。確かに“一週間ほど前”に軽い言い争いはあったが、まさかそれを"会話"に含めていたのか……そうだとしたらもう完全に頭がおかしいとしか言いようがない。
 また衛生用品の収納について毒祖母と一悶着あった。老齢の毒祖母が使うはずがないのだから、私たちのものを優先してほしいと言うと、

「私(当時60代)だって生理があるんだから!!!!」

と、突然叫びだした。毒祖母が何と言ったのかしばらく理解できずに膠着していると、数秒後に恐ろしさのあまり涙が出てきた。あの時の毒祖母の名状しがたい気味の悪い顔は、いまだに夢に出てくることもある。 自己愛は都合が悪くなると、科学的にあり得ないことも平然と言ってのけることをとくと学んだ。


④常に自分中心でないと気が済まない

 テレビ番組を見ていると、「この人誰?」「誰かの子供?」「昔は○○だったのに」「この人嫌い」「男/女が○○して気持ち悪い/はしたない」ばかり繰り返すので、たちまち一緒に見る気が失せる。また母や姉、私がテレビやドラマを見て盛り上がっていると途端に不機嫌になり、渋々毒祖母が好む番組に切り替えたことも少なくない。

 外出でもすれば、今度は列へ割り込む、電車の空き座席に突進する、他人を睨みつける、「あの人、○○(蔑むよな表現)だ」と言うが当たり前。外出中にも毒祖母が分からない話題が少しでも出ると、もうダメなので一緒に外出する気も失くなる。家でも外でも常に毒祖母の顔色を伺って彼女を女王のように扱わないといけないのである。


⑤社会的役割や肩書に固執する

 具合が悪かったり、体が痛いと言っているのにサークル活動には必ず出席していた毒祖母。「私が行かないとサークルが回らない」と豪語していたが、そんなことは一切なかったと思う。

 過去記事でも述べたが、家事をしていて思うようにいかなかったり私たちからミスを指摘されたりすると、「年は取りたくない」「年なんだからしょうがないでしょ!」と、誰もどうすることもできない言い訳もよくしていた。一方で毒祖母の代わりに家事をやろうとすると、「そうじゃない、ああじゃない(と全部直される)」「それは私の役割なのよ!」「光熱費がもったいない!」と阻まれる。

 おそらく毒祖母の中には「サークルに参加しない/できない自分や家事をしない/できない自分には価値がない」という(謎の) 公式があって、役割を失うことを誰よりも恐れていたのだと思われる。ただ周囲からすれば、役割にしがみつく姿勢は心底迷惑でしかなかった。


⑥言動に一貫性がない

 私の母が好きと言ったものを、毒祖母は嫌いと言う。逆に私の母が嫌いなものを、好きと言う。いい年して天邪鬼な言動を取られると、周囲は混乱するし本当にイライラする。

母「オレンジ好きって言ってたよね?」
毒「オレンジ好きじゃないわ」
母「じゃあグレープ味は嫌いだよね?」
毒「何言ってるの、好きよ」

 次の日には好き嫌いが入れ替わってることも多々あった。おそらくサンドバッグとして扱っていた母に対して謎のマウントを取ったり、母を困らせたりしたかったのだろう。

 機嫌が良い時は「冷蔵庫の食材は自由に使っていい」と言うのに、本人の機嫌が悪いか私たちが少しでも反抗的な態度を取った日には「冷蔵庫の食材は使うな!」と怒鳴り散らすことも度々あった。こうも日によって基準や発言がコロコロ変わると、周囲は戸惑うことしかできない。

 出任せでも何でも自分が言ったことには責任を取って、その"設定"を紙にでも書いて忘れないようにしてほしいものである。


⑦都合が悪くなると責任転嫁

 毒祖母は私や姉を習い事へ入会させるとき、授業参観や各式典にはノリノリで出向いた。しかしその習い事を退会する時や三者面談、進路相談には一切関わらなかった。私が病気や大怪我をした際も平然と放置した。きまって「そういうのは、ママに相談しない」「ママに看てもらいなさい」と言って。

 言い争いの最中に言い返す言葉がないと、急に癇癪を起こしたり、「もうご飯作らないから!」「もう家のことしないから」そしてお決まりの「出て行け!」と言って目の前の責任から逃避し続けた。都合が悪いことのすべては、母や私たち、周囲のせい、「自分はまったく悪くない」と言わんばかりの言動ばかり繰り返していた。相手と自分の調子が良いときは可愛がる癖に自分の都合が悪いとなると急に突き放して逃げ出す。こんな人間が安全基地になれる訳がないのは明白だ。


⑧「なぜ」を一切考えない

 私たちは最終的に毒祖母との別居を決めたが、おそらく毒祖母は「なぜ」私たちが出て行ったのかを根本的に理解していない(できていない)はずだ。

 毒祖母はよく「光熱費が高い!」と嫌みのごとく言っていたが、“なぜ”我が家の光熱費はこうも高いのか、それを減らすにはどうすればいいかはまったく考えずにすべて私たちのせいだと言い張った。
 また他のご家庭と(勝手に)比べては、「孫が家事を手伝ってくれない」「孫が言うことを聞かない、うちはいつも喧嘩が絶えない」とも(表向きは)嘆いていたが、それも“なぜ”そうなったのかを考えた上で当事者間で話し合う、孫の私たちを正しく教育することは一切なかった。

 このように思考を放棄した人間が家庭の中心にいると、家族全員が気持ちよく生活することなんて到底無理である。その人間が法律然となり、周囲の人間への配慮もクソもないのだから。


 あらためて書き出してみると、こんな人間とどうして建設的な話し合いを重ねて調和のとれた家庭を築けるなどと思っていたのだろうか。それほど「家族だからうまくいく」という家族神話的思考が、知らず知らずのうちに刷り込まれていたからだろうか。

 前々記事『はじめに』でも述べたが、上記の内容が家族や配偶者、恋人や友人、職場の上長や同僚に一部でも当てはまったら、まずは自責の念を捨てること。 むしろ「あいつが悪い、自分悪くないし」くらいに思っていいし、可能ならば即刻離別することをおすすめする。それが難しい場合は、少しずつで構わないのでその人間と距離を置きながら離別する準備を密かに進めることを推奨したい。



 次回は、私たちが毒祖母と家庭内別居を実行したことについてです。今回もお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


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