みずつき7の好きな歌

みずつき7から好きな歌を何首か引きます。

ひとゆびづつ剥がしてゐたるみづいろに揮発してゆくこころを思ふ
ふかぶかと谷折りされたわたくしをゆつくりお湯に戻してゐたり
/有村桔梗「海抜」
一首目、除光液でマニキュアを落としてゆく場面でしょうか。みづいろを落とす感覚がどんな感覚なのかは、やったことがないのでうまく理解できませんが、そこには1日を終えて揮発する様々な感情が乗っかっているのでしょう。二首目、「谷折りされた」がおもしろい。浴槽のサイズ感がイメージできるし、そのサイズ感に対する小さな不満やでもその不満を受け入れている感じも想像できます。そんな小さな浴槽でも弛緩していけるのも、理解できる気がします。

耳がもう音を拾おうとはしない産毛のひとつひとつが濡れる
/泳二「霧の朝」
下句がとてもいいなぁ。標題のとおり霧の中にいる連作。霧の中にいると、明確に濡れるわけではないんだけど、どこか自分が湿り気を帯びてゆく感覚があります。髪の毛や皮膚が濡れるのではなく、「産毛のひとつひとつが濡れる」という表現にはすごく納得感があります。句またがりも効いていて、かすかな身体の変化が巧みに描かれているように思います。

忘れてた地名をふいに思いだすペリエをそっと持ち上げるとき
/大西ひとみ「薄緑の記憶」
ペリエ、おそらく、主体にとって日常的な飲み物ではないのでしょう。(たぶん)瓶のペリエを持ち上げたとき、すっとむかしの記憶が思い出された。「地名」とあるので旅先で飲んだ記憶でしょうか。こういうスイッチって、なんとなくある気がします。「そっと」が効いていて、たぶんこれでペットボトルではなく瓶だな、と感じる。そして、この一首には、瓶の質感や冷たさ、重さが必要に思います。ペリエの固有名詞も効いているように感じました。

安いから買ってきたのに深みあるコクやらキレを誇るコーヒー
/工藤吉生「浅い川」
やたら安い食品があります。安さに負けて食べてみると、たいていは値段通りの味がします。この一首のコーヒーもそんなコーヒーなのでしょう。言われてみれば安さをウリにした商品にも、高級感をうたった惹句が書いてある気がします。むしろ値段をウリにしない物よりも過剰に。そんなおもしろい発見が過不足なく表現されている一首だと思います。 「誇る」から滲む、このコーヒーを揶揄しているんだけど、馬鹿にはしてない感じが好きです。

つまり陸とは海の眷属。霧雨にくりかえしくりかえし火を打つ
/穂崎円「その器は欠けている」
かっこいい歌。陸と海の差は明確に存在するように感じてしまうけど、その差は私たちの恣意的なラベリングに過ぎんのかもなと、高らかに詠われた上の句からそんなことを思います。それでも、私たちは火を打ち続ける。句またがりを含んだリズムや霧雨というクリティカルではないにしろ火を灯すには十全ではない状況に、どことなく徒労感のようなものを感じます。なんとなく、文明というのはそういうものなのかも知れません。大きな主語で語りたくなってしまう、スケールの大きな一首だと思います。(扱われている単語から、ほんのりと寺山の高名な一首を想起しました。あの歌への返歌のようにも思えましたが、考えすぎな気もします)

刑罰の長き歴史を思ひをり生ぬるき湯に髪を濡らして
/山川築「満ちていく」
洗髪の場面。髪を洗っていると、刑罰の歴史に思いが至った。突飛なような気もしますが、妙に納得できる気もします。もしかしたら、眼前に鏡があって、ふと顔を上げた瞬間に斬首のイメージと重なったのかもしれません。裸で首を垂れている図は、どことなく刑の執行前のように思えます。ハンムラビ法典から、磔刑、斬首と、主体は髪を洗いながら想像しているのでしょうか。混沌としているようですが、なんとなくリアルな気がします。日常の思考なんてなかなかに混沌としているものなのでしょうから。

こはぎさんの編集速度は尋常ではないなぁといつも思います。
素敵な場をいつもありがとうございます。

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