自選30首

2013年
いまはなき臨終図鑑の上巻を誰に貸したか思ひ出さない

2014年
五センチのエッフェル塔に指輪置きあなたのためにパスタを茹でる
どうやつて切り出すべきか悩みつつシーザーサラダの卵を崩す
曽祖父が五七五でつかまへし大正五年の春の蝶々

2015年
廊下にも夏は満ちきぬ隅にある消火器の中も夏なのだらう
はつなつのプールはあらむ唯一の空へ飛び込む方法として
世界から隔絶されたこの場所でジェットタオルの風に吹かれて
缶底にコーンはしづむ日常のどこかにひそむ希望のやうに
雲間から舞ひ散る付箋のいくつかがあなたの未来につきますやうに

2016年
春といふ春を部屋から追ひ出して休符のやうにひとひを眠る
ぼうぜんと電車の外を眺むればあんなところにある室外機
ふたをしてカップヌードルシーフード墓標のやうなロゴのあをさよ
コピー機を腑分けしてゐる一枚の詰まりし紙を探しあぐねて
故郷との距離思ひをりひとり立つコイン精米機の薄明かり
権力の小指あたりに我はゐてひねもす朱肉の朱に汚れをり
くれなゐを久遠に閉ざすかのごとく光をおびてゆくりんごあめ
たのしげに病歴を語るひととゐてかくも鮮けき水仙の花
角部屋にあなたと住みし追憶に給水塔は添へられてゐる
既読とは生きてゐることあなたへと届きし我の夕餉のパスタ
内線にあなたの声を聴いてゐる青き付箋にメモを取りつつ

2017年
ハムからハムをめくり取るときひんやりと肉の離るる音ぞ聞ゆる
ピーマンの中に空洞 包丁の刺さりて入る光かきみは
まだ誰も殺してゐないと思ひをり消毒液を手になぢませて
感情はかそけく揺れていただいた異国の塩を豆腐にかける
ゆつくりと減りゆく小瓶を開けてゐるきみの苦手なマーマレードの

2018年
ふたりゆゑかくも孤独な真夜中は夜露に濡るる楡を思へり
スラッシュで区切ればすでに春だらう液に戻せる蜂蜜ひかる
厨べに立ち尽くしをりスモーキン・ビリー聴きつつ小芋を炊きて
革命を諦めたりし過激派の初老のをとこのやうに降る雨
最後とはそんなものだらう火のたたぬカセットボンベに突き立てる錐

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