見出し画像

あなたの仕事は表現として成立するか

わたしは探検家の角幡唯介さんが好きで、著書も何冊か持っています。角幡さんによると、現代には「探検」という言葉でイメージされるような人類未踏の場所というものは世界中どこにも存在しないのだそうです。エベレストだろうが北極だろうがお金を払えばツアーで行けますし、実際その場所に行かなくてもスマホとグーグルアースがあればどんなところかわかります。東京大学の探検部では現代でも「探検」という行為が可能なのかについて議論した結果、不可能であるという結論に達し、部を解散してしまったのだとか。なので「探検」というのは昔のように「世界最高峰の山頂へ人類が初めて到達!」というような誰もからそれは素晴らしい、ぜひ行ってきてください!といってもらえるようなものではなく、「たった一人でGPSも持たず徒歩で北極を横断します!」みたいな、なんでそんなことすんの?といわれるような行為になってしまったわけです。現代では社会的な意義よりもむしろ、「生きることの表現行為をする者」として探検家が存在しているのだといいます。

クライマーがヒマラヤの氷壁に美しいラインを一本引くことは、彼にとってストリクランドがタヒチで描き上げた奔放で奇怪きわまる大作と同じだけの価値がある。それがたとえ登山をしない者にとっては全く意味のないラインであっても、そんなことは彼には全然関係がない。表現の究極の部分は他人には分かりようがないものである。クライマーにとっては村上春樹や宇多田ヒカルでさえ、さほどの人物とは思われない。なぜならば彼らは壁を登れないからだ。
「探検家の日々本本」より

コロンブスはスペイン政府の援助を受け、「侵略」のためにアメリカ大陸を発見しました。彼らが探検を行ったのは純粋にそれが仕事であるためでした。仕事であるならば航海が苦難を伴うものである必要は全くなく、むしろ楽に目的を果たすことを望んだでしょう。そこに自己表現などというものが入る余地はありません。ですが現代は違います。例えばあなたがケーキ屋さんを開くとします。あなたはどうしてもケーキ屋さんになりたくて、お金をためてケーキを作る練習をしたのでしょう。あなたがケーキ屋さんという仕事に真摯に向き合って、工夫をしてお客さんを呼び、美味しいケーキを作ることができるようになればなるほど、あなたがケーキを作って売るという行為は「表現」として成立することになります。そしてあなたの「表現」をお金を払ってでも見たいという人が現れます。わたしも時々NHKの番組でパン屋さんや魚屋さんのプロフェッショナルな仕事ぶりを感心しながら見ています。わたしはそのパン屋さんの客ではありません。でもそのパン屋さんの仕事を見たいと思う人がいるということは、パン屋さんの仕事がメタ的に「表現」として価値を生み出しているということになります。その表現の価値にはもはや、パンがいくら売り上げるという仕事そのものが生み出す価値とは関係がありません。

あなたが仕事をつうじて表現するものは製品やサービスへのこだわりや社会をこう変えたいという思いかもしれないし、あなたの人となりかもしれません。角幡さんは光のない極夜を4ヶ月も歩き続けるといった探検そのもののインパクトはもちろん、時には笑わせ時には考えさせられる文章の魅力にも定評があって商業的にも表現者として成功されていますが、ご本人も書かれているとおり、表現とは本来他人の評価と無関係に、自分と向き合うことによってのみ生まれるものです。わたしはプログラマーなので毎日命を削って(というか視力を削って)コードを書いています。もちろんそれはお客様が使う製品のためのコードですが、そのコード1行にどう魂を込めるかは完全にわたしの個人的な表現の問題です。実業の部分では今月はユーザーが何人増えたとかPVがどうとかに一喜一憂していますが、純粋な表現の部分では自分が自分の仕事に誠実である限り、そんなことはどうでもいいとすら思えます。

一方で、今は実業を持ちながら、表現者としても対価を得ることができるようになりました。最近よくテレビに出演されている編集者の箕輪厚介さんやこんまりさんなどが良い例です。時々医者とか学者とかいう肩書きだけど本業は何をやっているかよくわからないというような人もいますがそういうのではなくて、実業そのものをその人の「表現」として成立させている人たちが出てきました。特にフリーランスの人には実業と表現との境目があまり明確ではないので、今後実業を持ちながらそのノウハウを活かしてYoutuberとして活躍するといった人が増えてくるのではないかと思います。ただ、表現者として成功するにはまず実業に真摯に取り組まないといけないというのが面白いところです。

横浜の白楽に珈琲文明というお店があります。雑誌やドラマ「孤独のグルメ」などにも取り上げられる有名カフェで、赤澤さんというオーナーがお一人で経営されています。人気店をワンオペで切り盛りされているのですから本業だけで手いっぱいにも関わらず、「本当のカフェ経営がどういうものか多くの人に知ってもらいたい」というお話をいただき、先日クローバ PAGE で会員制のコミュニティを開設されました。わたしも参加させていただいているのですが、素人が見てもカフェ経営の難しさと赤澤さんがこれまでやり抜いてきた緻密な計算やこだわりには感動すら覚えます。以前はプロミュージシャンとして活動されていたこともあるそうなので、さすがという感じではありますが、これこそまさに実業と表現とが両立している例といえます。
一部の記事は公開されているので興味のある人は覗いてみてください。

あなたは仕事をつうじて表現したいことがありますか? そしてそれを誰かに伝えることができますか? 一度考えてみると新しい気づきが生まれるかもしれません。