11月の数値目標を立てました flow2018102801

昨日は久しぶりに演奏のバイトをしてきた。リクエストがあって動揺したけれど「さっきの曲をもう一度」ということだったので応えることができた。そこだけBGMにしてはマニアックな選曲だったので、反応があったのも嬉しい。

あと2回の演奏バイトでいただく報酬を原資に、来月A4サイズで安い方のiPadを買いたい。日中の作業にそろそろ必要になってきたし、新型が出るということで、もうちょっと安くなるのではないかと踏んでいる。

演奏も含め、自分のできることを求められる機会があるということが有り難い。ここからはそのスケール(ニーズの規模を拡大すること)を考えていくのが定石なのかもしれないけれど、今のレベルのままでスケールしてしまったら、むしろ逆効果なのでは?という気もする。

実力が有り余っている人ならば、あとは知られるだけだけど、大したことができないままの自分を喧伝したところで、人の邪魔になったり、ガッカリさせたりするだけではないか?

だから今は、自分にできる範囲のことを消化し続けて、かつ週一のペースで無理をして、その範囲を押し広げようとする以上のことは考えないつもりではあるけれど、ではいったい、どうなったら「スケールしていい」ということにしておくべきだろうか?

***

・期限

何がどうなったら自己PRをし始めるかを、OKR的な目標と測定可能成果として設定することで、期限を設けて行動を逆算することを狙いたい。

まず、期限として分かりやすいのは今年の年末だけど、年末までに生計をどうにかしたいので、そこからPRし始めるのでは遅い。

では11月ならばどうか?1ヶ月でどれだけの成果が出せるか不安だけど、暫定的に期限はそこにしよう。

さて、それでは僕は一体何を目標にして、11月30日の23時59分までにどんな成果を達成したいだろうか?

・目標

社会や文明に対して夢を抱いているわけではないので、当面の目標は自己中心的に「家計を何とかできる程度の収入がほしい」ということになる。

そしてその方法を「一人で場所を選ばずにやれること」で、「人に喜ばれて、自分も楽しいもの」に限定したい。ここに非現実性がある気がするということは、この領域にこそ「夢を抱いている」という言い方もできる。

だから僕にとって魅力的で野心的になれる目標は「一人で場所を選ばずにやることで、人に喜ばれて自分も楽しいことをして、家計を何とかできる程度の収入がほしい」ということになる。

これだと長いし、定量的であるというOKRの原則に反する。そして楽しさとは別に、苦しさやしんどさがあっても構わない。だから

「自分に合った種類の仕事で、月に22万の収入を得たい」ということになるけど…これだとなんか、よく見るネット広告の文言みたいだな…

・測定可能な成果

ワナビー丸出しの恥ずかしい目標を掲げたところで、では約1ヶ月後の11月末までにどんな成果を目指すのかを考えなくてはいけない。

しかし収入の金額を目標にすることに、相変わらず強烈な抵抗感がある。いや、これは自分が提供しようとする価値の「原価」なのだと言い聞かせて、それを上回るにはどうするかを考える。というマインドセットでいけば、後ろめたさや恥ずかしさは紛れるだろうか、どうだろうか…

こういうことには、自分の提供できる価値、ひいては自分の価値、そしてそれを求める他者の想いの3つを肯定しなければいけないということと、それらを数値にしてしまう(ましてやそれを公表する)ということとの間に、何らかの断層があるということが由来している気がしてならない。

要領の良い人は、その断層を軽々と飛び越えてしまうのだろう。自己啓発本なんかでも、この問題については「まあ、あんまり気にすんな」のノリであることが多い。でも気になる。

その一方で、価値・貨幣・労働・契約・贈与、などについて、ここで論じるだけの知見がないのも事実である。だから…モヤモヤするのだけど、「モヤモヤしたまま断層をまたぐ」ということを選択しよう。うーん…

前置きが長くなってしまったが、1ヶ月で生計を何とか出来るような虫のいい話はない。だけどそのための種を撒いたり、足場を作るということが、まったく出来ないわけではない、と思いたい。

すると目指す成果として妥当なのは、収益に関する数値ではなくて、自分のアウトプットに関する数値になるのではないだろうか。簡単に思いつくのは1ヶ月でイラスト100点とか、ブログ毎日更新とか、そういうことを掲げるのではどうか。

しかしそれは「逃げ」ではないか?その成果は必ずしも目標に貢献するものなのか?という疑問が脳裏をよぎる。

いや、当初考えていたのは「自己PRを始めるために何をするか」するかだったのだから、やはりPRできる何かを目標にするのでいいのだと考えよう。

そして一番の問題が、その成果が「困難だが不可能ではないこと」である必要があるということだ。このさじ加減が非常に苦手で、「全然余裕で無意味」か、「理想が高すぎて無意味」のどちらかになってしまい、特に後者であることが多い。

それに今も毎日の作業予定をコンプリートできていない人間が、それ以上大きな目標や成果を達成できるだろうか?と思ったところで、なるほど、11月末までは「毎日の作業予定をコンプリートする」を、目指す成果にするということはアリかもしれない。

これは自分に無理な量の作業を課さず、かつ決めたことはちゃんとやる。ということそのものである。収入だとか生計だとかの前に、まずはこういうことが出来るようにならなくてはいけないのではないだろうか。

その上で、日課の量を決定する長期目標も必要ではある。したがって11月1日から30日までに

イラスト150点(毎日5点)
録音13点(毎週月水金)

を掲げるのではどうか?毎日の作業予定をコンプリートできれば、この目標は自然と達成される。

ブログやコーディングなどについては、習慣だけでなく動機があるかどうかも関わってくるので、毎日アウトプットすると決めても対象がなければ続かない。

逆に、対象となるプロダクトが一つでもあれば、そこに向かって毎日の作業をスケジューリングすることができる。となるとこの場合は

ランダム台詞生成1pマンガbotを完成させて、開発経緯をブログ記事にする

というのを目指す成果にできそうだ。

***

他の分野(語学や読書などのインプット)については、それ自体が仕事を得るためのPRにはなり得ないので、あくまで毎日の作業予定に組み込むにとどめよう。

そして途中経過を、週次レビューで確認して軌道を調整する。これでどうだろうか?

どうだろうかも何も無い。何を目標にするのかも、そのために何をすると決めるのかも、それが本当にできるのかということも、全て自分勝手にやることでしかない。

そして僕はそういう独り相撲が大好きなのだった。そういう意味では、これもいわゆる「好きなことをして生きていく」というやつなのだろうか。


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dechi

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