頭の中の猫を殺すな flow2019040701

昨日は作業中に、「やる気があるフリ」というのを試してみた。うおおと言いながら両腕を交互に素早く伸ばしたり、あいまいなツイストを踊ったりしていた。

その後、そもそも「やる気がある」とはどういう状態なのか、何をもってそれを判断するのか、ということを考えながら作業を進めたところ、よく言われる「やるとやる気が出る」という言説と、聞きかじった量子力学の話が結びつき、奇妙な天啓を得たのでここに記録する。

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まったくの門外漢が言及するのも、恥ずかしく申し訳ない気がするけれど、量子力学においてはある物理が、複数の状態に重ね合わせになっている場合があり、それは「観測」することによって、ある一つの固有状態になる。という解釈があるという。

厳密にではなく、そのエッセンスを「やる気」について応用することができるのではないか?と考えた。つまり「観測」するまでは、「やる気」は「ある」と「ない」の両方の状態であるとする。

しかし、この場合の「観測」を、「自分が自分のやる気を感じるかどうか」とするのではなく、「対外的にやる気が出ていると判断できるか」とする。もちろん、自分以外に「やる気観測係」を設置する訳にもいかないので、自分自身で対外的にやる気が出ているかを判断することになる。

他人の場合を考えると、その人がやる気になっているかを判断するには、どんな行動をしているか、どんな発言をしているかだけが手がかりになる。自分自身を「観測」する場合も、同様に言動をフィードバックするような形をとるものとする。

それでどうなるのかというと、やる気がある行動、「やるぞ〜」と言ったり、体を激しく動かすだけでなく、すでにやるべき作業を行なっている、などの行動があって初めて、「やる気がある」という一つの固有状態になるのではないか。ということだ。

この考え方でいくと、「やることや、理想の状態を声に出す」や「やる気はやり始めると出る」という手法に効果があることを説明できる。プロフェッショナルが「毎回必ずやるルーチンがある」ということも関連があるかもしれない。

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一方で、こんなことは当たり前のことを、回りくどく言い直しているだけではないかという気もする。しかし肝心なのは、この考え方が、あの「やりたいのにできない」問題を突破できるのではないかということだ。

気力体力がともに十分で、時間もそのために設けた作業が、謎の理由でまったく着手できない。何となく、今しなくて良い事ばかりをして、気力体力の減衰と時間の枯渇という、ふさわしい理由の発生を「待ってしまう」、いわゆる「テスト前の掃除」状態である。

この状態を「やる気の観測」によって打破できるのではないか、そう思って改めて「やる気のあるフリ」をしてから、さらに「いや〜良かった。やる気がちゃんと出た。これで作業が進んで嬉しいな」と(さすがに口には出せず)思い込むようにしたところ、いつもは捗らない夕方の時間を有効に使うことができた。

しかし、夕食後は本当に気力体力が尽きていたようで、いくら「やる気のあるフリ」をしようとしても、そもそもその「フリ」をする気にもなれず寝てしまった。起きてから1時間ほど作業した時も、やる気の観測によってその時間を延長するということはできなかった。

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初期の量子力学において「人間が『観測』することによって固有状態になる」という解釈の矛盾を指摘する思考実験に「シューレディンガーの猫」というものがある。原子の状態が重ね合わせだとするならば、その結果によって作動する機械に生死が委ねられた猫の状態も、観測されるまでは重ね合わせ(生きてるし死んでる)ということになってしまう。

SF好きの文系としては、そこですぐに多世界解釈に飛びついてしまいたくなってしまうけれど、それはさておき、思い浮かべるのは、頭のなかに「やる気のネコ」がいるイメージである。

体調次第では、そもそも姿を現さないこともあるそのネコが、「生きているし死んでいる」状態で出現したのであれば、できることなら「生きている」の方を「観測」することで、選びたい。


ということで、今日もおめでたい頭で一日頑張ってまいります。やるぞ〜

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