ゲームにキレる子供の自分へflow2019012601

昨日はスケッチと動画だけできて、あとは予定していた楽器の練習などをお休みした。一日のうちでどれだけ作業を前倒しできるかが本当に重要で、しかし作業にしんどさを感じてもなお無理に押し通すと、翌日以降負担感が倍になってそのうち何もできなくなる。

学習性無力感のような、学習性怠け者という感じがする。最も集中できる状態は自分ができるレベルの少し上だということも分かっているけれど、それを開始する前に「このコンディションだと途中で挫折する」という見積もりを立ててしまってなかなか始められない。

本当は始めたもの勝ちなのだけど、10回に1回は挫折するわけで、それが本当に恐ろしい。作っている文章や絵を、自分の実績にできず葬ることに対するやり場のない憤りが、簡単に数日分の気力を消滅させる。それは9回分の成功と同等か、それを上回るダメージになってしまう。

恐れというよりは、ほとんど憎しみのようなものに近いかもしれない。「なぜこの世と人生が全て、自分の思い通りにならないのか」という子供じみた怒りを真剣に抱いてしまう34歳、控えめに言って問題がある。

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ちょうど小学生の頃「バーコードバトラー」というものが流行った。市販の商品のバーコードを読み込ませると、そこからHP・攻撃力・防御力が算出されて、ストーリーモードや対戦モードで遊べるというものだった。

ただの液晶に表示された数字とビープ音に、マニュアル通りのストーリーやバトルを幻視した僕は、後半階層のボスの痛恨の一撃があまりにも頻出し過ぎることに気も狂わんばかりに怒っていた。

何らかの不正があるのではないか、これでは一生懸命プレイした自分がバカにされているも当然なのではないか、と頭に血が上り、痛恨の一撃が出るたびに機体を壁に投げつけたりしていた(けっこう頑丈だった。とはいえ、こうして改めて文章にしてみると凶暴な子供すぎる…)。

それが年を追うごとに穏やかになり、不思議のダンジョンで最強装備が理不尽に消滅しても、淡々とLv.1から再開するような精神を手に入れることができた。しかし心のどこかで「全てが思い通りにいくのでなければつまらない」という感覚がぬぐいきれない。

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そこで、どうしようもなくなった場合のマインドセットをいくつか用意していて、一つは「全てが思い通りになり過ぎて、飽きてしまったからこの世界にいるんじゃないか」と神視点で思うようにすること。

もう一つは「何かができるかできないか、ということは実行結果に過ぎず、考えたり働きかけるべきなのは、その前段階の何か(ソース)なのではないか」とデバッガー視点で思うようにすることだ。

相変わらず僕の人生と生活はバグだらけで、他でもないその開発者兼ユーザーである自分が、国や地域などのOSや、インフラ・各種ツールというライブラリと折衝したりして、走りながら修理し続けている。そしてそんな「ゲーム」を楽しむために参加しているのではなかったか、と考える。

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ゲームなのだからどんどん難易度があがる。自分だけが得をしても「得点」にはならない。生活のために性に合わない生き方をするとトータルでマイナスになる。言葉や態度一つが、せっかく積み重ねてきたものを簡単に崩壊させる。

その代わり、高得点が獲得できた時の喜びがすごい。自分がやりたいことをやって人に喜ばれたりすると、そこに到るまでに延々やってきた失敗と微調整が報われたような思いがする。

そういった「スコア」とは別に「ライフ」もある。こちらの管理が本当に下っ手くそで、かつ最大値が低いのですぐダウンする。なかなか上級者向けのキャラメイクをしてしまったようで、その代わり何にパラメータを割り振ったのかが、いまいち分かっていない。

ともかく、プレイスタイルは選ぶことができるし、今のスタイルを僕は(かなり強引に)選んだのだった。一喜一憂してしては大局を見失う。焦らず煽らず、穏やかにやっていこうね…ということを自分に言い聞かせるために、朝からこんな文章を書いています。

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dechi

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