見出し画像

コンシュマーゲームとソーシャルゲームを作る価値感の違い

記事のリクエストをもらったので、せっかくなので書いてみることにする。

コンシューマゲームとソーシャルゲームは、作る文化がだいぶ違う。だが、スマホアプリになってから両方の文化が少しづつ混ざりつつあるのを感じる。

コンシューマゲームのアプリが出たり、ソーシャルゲームでもコンシューマアプローチのゲームが出たりしている。でも、実際に開発者と会って話をすると文化の違いに愕然とするシーンは多い。今回はなぜこうなるのか、お互い何を考えているのかを開発者目線で整理してみたいと思う。

結論から書いておくと、コンシューマ側からみたソーシャル側の大きなギャップには以下の3つがある

ビジネススコープが、ゲームデザインに入ってくる
アルファゲームが、ゲームデザインに入ってくる
・運用があるので、リリース時点でのクオリティが100%ではない

一方で、ソーシャル側からみたコンシューマ側のギャップは、以下のようになっている。

・ビジネススコープが、いらない
・フローゲームが、ゲームデザインに入ってくる
・ソーシャルゲームに比べて、リリース時のクオリティが200~300%

つまり、同じ「ゲームを作る」開発者であっても、求められていることが全く異なるのである。アルファゲームに関しては詳しくは後述するが、集団においてトップになることによって、アルファオス状態(オスに限らない)になって、ドーパミンとアドレナリンが出る状態になる気持ちよさを楽しむゲームである。

この2つの領域は、理解をしている人はしているのだが、相手が作っているものをみると、自分の視点の領域外なため、「作っているものは大したことがない」と思うところがあり、プライドを守るためにこちらのほうが上とするためになかなか話し合いがうまくいかないことが多い。

実際、コンシューマ会社とソーシャル会社が提携して、お互い良いところを使って、うまくやりましょうという座組が組まれることがよくある。しかしそのような座組で作られたチームで事故が起きないことはほぼない。

今回の記事の範囲は、一般論であり、もちろんできる会社や人は、この範囲を超えて文化の統合を行っている。なので、書いてある状況を超えるゲームを作っている会社は、素晴らしいと思ってもらえばよい。

ビジネスモデルの違い

なぜこのようなゲームに対する認識の差異が生まれてしまうのかというと、ビジネスモデルの違いが一番大きい。

コンシューマは買い切りモデルである。そのため、コアユーザーに評価されるような最適化をしている。一方でプロモーションは、プロデューサーに投げることになり、基本的に考えない。

ソーシャルは、フリーミアムモデル(基本無料で追加課金)だ。なので、無料プレイでユーザーを増やし、面白いと思ってもらって課金をしてもらう。なので認知→価値→購入という導線を、ゲームサイクルとして組み込まないとビジネスとして成立をしない。このゲームデザインが、コンシューマ側から見るとお金を儲けるためにゲームを作ろうとしているように見える。

なので、コンシューマ側からみてソーシャル側は金儲けのことばかりを考えている邪道に見える。見えるが、本質的にはビジネスなので変わらない。ゲーム開発側がどこまでを責任範囲としているかの違いであり、コンシューマではプロデューサと役割分担しているから見えないだけである。

ソーシャル側では、いかにユーザーが集められ、楽しんでもらって課金をしてもらうというところにフォーカスされる。なので、初心者ユーザーをいかに中級者以上に育て上げるかというところにフォーカスされている。そのため、デイリー継続率などで、導線のボトルネックなどを取り除くことを行う。ゲームを理解しつくした時点での面白さだけでなく、ゲームを理解する人をいかに増やすのか、ということに注力する。

フローゲームとアルファゲーム

画像1

フロー状態に関しては、この記事で紹介したので詳しくしないが、コンシューマゲームで多く見られるフロー状態を中心とするゲームを私はフローゲームと呼ぶ。一方、初期のソーシャルゲームで発展した形式を、私はアルファゲームと呼んでいる。ここでいう初期のソーシャルゲームは、2010年頃のガラケー、5ポチ、ガチャ、合成強化、Raid、秘宝バトル等々のゲームを想像してもらればいい。ドラコレやドリランドの時代だ。

アルファゲームとは、アルファオス化による快感を軸としたゲームである。アルファオスとは、サルの群れのボスのことで、それ以外をベータという。人間にもこの機能が残っており、集団の序列のトップ層に入ることによって、ドーパミンとアドレナリンが分泌され、自信と決断に最適化された性格に代わる。そしてこの状態は快感である。

コンシューマゲームでは、長らくオフラインであったため、あまりこのタイプのゲームは存在しなかった。だが、ガラケー時代の初期のソーシャルゲームでは、フローゲームが作りにくく、アルファゲームなら作れたため、このタイプのゲームは発展した。

その後、スマホの登場により、リッチなハードウェアと常時接続が達成され、アルファゲームとフローゲームの両方が表現できるようになった。これはコンシューマ側も同じで最新のハードはインターネットに常時接続が前提の環境になっている。そのため、ソーシャルゲームもコンシューマゲームも、どっちもお互いの得意領域であるアルファ状態とフロー状態を使う必要が出てきた。ただ、難しいことに、アルファ状態とフロー状態はぶつかるものとなっている。

アルファ状態は、リーダーモードで、決断に最適化をしている。そのため、振り返ることよりも決断をして先に進むという、行動によって自己を肯定することを優先するため、大きな学習をできないモードになっている。おそらく原因はアドレナリンが出ることにより、認識範囲を狭め、攻撃か逃走かの生き残るための判断をするためだと私は考える。

フロー状態は、学習モードで、学習に最適化をしている。このモードは、アルファよりはベータ状態のほうが使いやすくなっている。現状を肯定するのではなく、現状からアルファになるために学習を行うためなのだろう。

どっちのモードが正しいとか間違っているとかいうものではなく、人間にはそういうモードがあるというだけなのだが、状態が背反しているため、人はどちらかを軸にして人格サイクルを作るようになっている。フロー中心の人間は、当然ながらアルファゲームは、理解しにくい。一方で、アルファ中心の人間は、フローゲームを理解しにくい。

ビジネスも、ベースとなる快感も違うため、文化が大きく変わり、相互に理解しにくくなっている。これがコンシューマゲーム開発者とソーシャルゲーム開発者の価値観の違いの根源である。

例えば、スマホアプリの黎明期に、パズドラがPayToWinを含むフローゲームを発明をした。この時に、ソーシャルゲーム界隈では、パズドラのコピーやアレンジを作ろうと必死だった。しかし、フローゲームの開発は、これまでの概念と違いすぎて、爆死タイトルを量産されて大変だった思い出がある。

また開発者個人としてもフロー状態に最適化していた人が、成功してアルファ状態に最適化するようになり、人格が変わり「現状を否定する学習」ができなくなりやがて能力を失うという状態もよく見る。

また、アルファゲームを実現するには一定のユーザープールが必要になる。なので、ユーザー数を稼ぐ必要が出てきて、これがフリーミアムモデルと非常に相性が良いのだ。

PayToWinの話

アルファゲームと、フリーミアム課金モデルが組み合わさると、PayToWin(課金をすると勝てる)という状態が作られる。

フローゲームが好きな人が、アルファゲームを見てこれはゲームじゃないと言うことが多いが、アルファゲームのプレイヤーは、学習することではなく、勝つこと(上位になること)を報酬として行っている。

なので、よくコンシューマ出身者が作る、課金システムつけておけばいいんでしょとばかりに、「フローゲームを課金で破壊するようなもの」を作ったりするが、これは間違いである。課金をするともっと楽しく(アルファかフロー)なるようにするというのがゲームデザインとして要求される。

ちなみに、ソーシャル業界側も同じ失敗を何度も繰り返している。なぜ多くの会社が失敗したかというと、ガラケーからスマホでの移行によってフローゲームの要素が必要になってきたが、課金システムとフローゲームの相性の悪さを自覚していなかったからだと考える。

これまでのガラケーソーシャルアルファゲームであれば、ガチャで強くなることは正義であった。そのため、どこの会社も比較的簡単に儲けることができた。しかしスマホの登場でフローゲームの時代になると、ガチャによって強くなってしまうことは、フローゲームから学習するべきことを手放していることに相当する。そのため、ガチャを回せば回すほど、ゲームはクソゲーとなっていく。

つまり、過去のガラケーソーシャルの成功体験に強く支配された会社は、フローゲームにたいする適切な移行ができず、現在進行形で爆死している。

マスターアップと終わらないゲーム

コンシューマゲーム開発者からみて、ソーシャルゲームをみると、「なんでこんな完成度で出したのか」と思うことがあるだろう。そして、俺たちが作ればもっと完成度を上げて出すことができると思うだろう。

実際に、やってみるとどうなるかというと、数十時間は楽しめるが、エンディングが来るためコアユーザーから辞めることになる。コンシューマゲームでの想定プレイ時間は、20~100時間といったところだろうが、ソーシャルゲームのコアユーザーは、1日10時間プレイする。

100時間のゲームを作ると10日でクリアをして、辞めてしまう。こうすると、ソーシャルゲーム側としては、コアユーザーがいなくなるのでビジネス的には成立しなくなる。

同じように、数万円課金すれば最強になってしまうようなゲームをコンシューマ開発者は作りがちだ。これを実際に行うと、数万円課金をするとゲームが実質的にゲームクリアになってしまい、お金を払って虚無が手に入るという状況になる。ゲームは問題が面白いのであって、すべてが雑魚になるようなものはゲームではない。

なのでどうするかというと、終わらないゲームを設計するのである。終わらない方法は、いくつかあるが、物語の終わりを作らないこと、プレイ時間の限界をつくらないこと、課金の限界を作らないことといった感じになる。そして、どんなに進めようが強くなろうが、イベントはどのユーザーでも平等なスケジュールで振ってくる。

これを実現するためには、意図的に拡張性を持ったゲームデザインを行う必要がある。つまり、ゲームデザインの中に将来リリースするための空白を意図的に残すのだ。ソーシャルゲームのディレクターの腕の良し悪しはここの空白の残し方で大きく分かれる。空白とは将来の売り物であり、そしてユーザの反応を見ながら何を作るかを動的に考えることである。これが上手いか下手でソーシャルゲームの寿命は大きく異なる。そのため、上手く作られたゲームほど余白が大きく、未完成に見えるのだ。

現実世界でいうなら、米軍のM1エイブラムスが余裕のある設計で40年近く改良され続けていたり、陸自の10式戦車が将来の装甲技術の発展を見越して、外装式モジュラー装甲を採用しているような話である。

開発モチベーションの違い

以上の状況によって、コンシューマゲームとソーシャルゲームは開発するべきものはそんなに変わらないにも関わらず、ビジネスモデルや責任範囲が異なるため、作っているものは大きく異なり、開発者のモチベーションもまた違うものとなる。

ソーシャルゲーム側のディレクターやチームは、ビジネスのモチベーションを持っている。だが、コンシューマゲーム側のディレクターやチームは、ビジネスモチベーションを持っていないことが多い。

このため、コンシューマゲーム開発者にソーシャルゲームを作らせると、すごいコンテンツだけど、売れないものや売るつもりがないものができてしまう。コンシューマゲームのように、売り切りアプリでリリースできれば大丈夫なのだろうが、正直現状のアプリ市場では売れない。

オンラインソーシャルゲームは、売れなければ自然とゲームは維持できなくなり、イベントはできなくなり、更新は止まり、やがてはサーバーも止まり、サービス終了となる。ソーシャルゲーム側は、この状況になるのが本当に嫌なので、ユーザーに楽しんでもらうコンテンツコミュニティを運営するというようなモチベーションで運用をやっている。

一方で、ソーシャルゲーム側が売り切りコンテンツを作ろうとすると、これもまた困難で、ユーザーの意見をなしに完成度をひたすら上げるというのが得意ではない。また、狭いターゲットに対して深く刺さるゲームというものを作るのも得意ではない。なので、こちらもとても難しい。

自社プロモーション、バイラル戦略

コンシューマゲーム側が不慣れな部分として挙げておくが、アプリ単体でのプロモーションが必要となる。プラットフォーム側は大きなIP(版権)以外は実績がない限り動いてくれないためである。

また、難易度が高いが一番スマートな方法が、ゲーム自体がプロモーションになるような仕組み、ゲームデザインだろう。

よくクリエイターの考える理想論として「面白いものを作れば売れる」というのがあるが、これは夢幻の類であって現実ではない。現実には、面白くて売れるものを、認知してもらうことによってはじめて売れる。

クリエイターとしてビジネスを否定する人(ビジネスとしてポジショントークをする人は除く)はそれなりにいるのだが、商業の場合は給与をもらっているので、その論理は虚構である。より良いゲーム、良いチーム、良い環境を作るためにはお金が必要である。楽しんでもらって、売れることは、よいことだ。

こう書くと「売れれば何でも良いのでしょ」みたいなとられ方をすることがあるが、そうではない。自分でプライドを持って「楽しんでもらって、そして売れるもの」を作ればよい。別に課金詐欺みたいなゲームを作る必要はない。ユーザーにはどんなに隠しても、あなたがどんな想いでゲームを作ったのかは伝わる商売の本質は、信用信頼である

まとめ

コンシューマゲームとソーシャルゲームでは以下の点が大きく異なる。

◆ソーシャルゲーム
・ビジネススコープが開発者に求められる
 ・お客様はゲームを遊んでから課金してくれる
・アルファゲームが主流
 ・スマホ以降はフローゲームの要素が求められる
・運用があるので、拡張性を持たせた設計にする
◆コンシューマゲーム
・ビジネススコープが開発者に求められない
 ・プロモはプロデューサーがやってくれる
・フローゲームが主流
 ・最新ゲーム機では、常時接続が前提なので、アルファゲームの要素が求められる
・買った時点で収益が生まれているので、拡張性は求められにくい
 ・DLCで売り上げを立てるのであれば拡張性は必要

コンシューマゲーム開発者とソーシャルゲーム開発者では、会社の座組みや、これまでの成功体験から、価値観は大きく異なるものになっており、結果として出来上がるものもまた大きく異なるものになっている。

しかし、今後はいずれの開発者であっても、アルファゲームとフローゲームの融合が求められており、相手の価値観を理解することが成功への鍵となるだろう。

追記:ソーシャルゲームとコンシュマーゲームの文化的な違い

コンシュマーゲーム出身の人と話をするとなんか認識の齟齬があることは感じていたが、それが何なのかは分からなかった。その正体がついに構造化出来たので追記を行う。

私は、webエンジニア出身で、ガラケーのブラウザソシャゲ経由して、スマホソシャゲに進み、そこからPCインディーゲームを作っている人間だ。なので基本ウェブ業界からの考えを継承している。

それは、当時のウェブ業界ではスキルにそこまでの深みはなく、1~数ヶ月程度勉強をすることで、習得可能だった。なので、1分野の専門家ではなく複数のスキルを取ることで、よりゼネラリストだったりマルチスキルプレイヤーを目指すという文化志向を持っている。私は、エンジニアだったけど企画をやってディレクターになったり、プロデュースも学んで見たりというのはここから来ている。

一方、(重厚長大化したあとの)コンシュマーゲーム業界の人は、スキルの習得に数年以上の時間が必要となるため、気軽に複数のスキルを学ぶことが困難なのだろう。なので1職種で専門家の方向を目指す文化志向がある。なので、ディレクターがお金のことやマーケティングのことを考えるのはやらなくて良く、自分の専門職の中で専門性を磨きましょうという考え方となる。

ただ、コンシュマーゲームも最初から重厚長大ではないので、本当に昔の人はウェブ業界に近い考え方を持っていたりする。

お互いの業界は文化的に離れたところにあったが、スマホゲームで隣接点が生まれた。ただ、混ざりつつもありつつ、過去の指向性を維持したままでお互いに上手く理解出来ない事象が発生していると思われる。

画像2

この事象をスキルの深さ軸と、売り方と作る目的で4事象に分けたものが上の図だ。

先程の話が更に詳細化されわかりやすくなる。

ウェブ業界から来た人たちは、右上(ガラケーソーシャルゲーム)から左上(スマホソーシャルゲーム)に遷移した。

コンシュマーゲーム業界は、本当の初期は右下(インディーゲームの位置)から左下(コンシュマーゲーム)に遷移した。一部は、コンシュマーゲームからスマホゲームに来てたりする。同じ立ち位置でありながらも、文化の源流が違うため指向性がずれているのだろう。お互いに理由が認知ができれば、理解が進むだろう。

宣伝

新卒に教えるためにブログを書いていたのですが、いろいろあって、ゲーム会社を作りました。個人としては企画コンサル、会社としてはゲーム開発/運用ができます。

企画コンサルとしては、モバイルゲームの企画(IP/オリジナル)や開発で面白くかつ売れるようなプロダクトに着地させるお手伝いができます。過去実績としては、他のPFでゲームを作っていたチームに対して、コンサルを行い、アプリで月数億の売り上げを上がるように着地しました。経営側とチーム側の橋渡しや、プロトの進捗の整理などもできます。

または、企画開発のレビュー、コンセプトからの相談、自社プロダクト開発の相談等できます。

東京近辺の興味がある方は、相談からで大丈夫ですので気軽に連絡いただければと思います。TwitterのDMか、noteの連絡にてご連絡ください。

関連性のある記事

書いた時点ではまだ気が付いていない視点としての、コンシュマーとソーシャルゲーム違いが含まれています。有料記事ですが、無料部分だけでもその部分が読むことができます。

記事を読んでいただいてありがとうございます! 良かったらサポートしていただけると大変嬉しいです。