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人にやさしく

母親のための賛歌ってたくさんあるけれど、父親のための賛歌はあまり聴かない。古代より母性というものは神聖視されがちで、古今東西様々なアーティストから愛されている。そしてそれは、慈愛、自己犠牲の精神、忍耐強さ、とセット売りされている。それがまた理想の母親像を補強していくことになるのだけど。では父親の歌は。お父さんはどのように歌われているのだろうか。

男は涙をこらえながら大切な人を守るもんさ
天晴れ! その背中で愛を背負って
―FUNKY MONKEY BABYS「ヒーロー」

私たちの世代はどうしたって彼らのこの曲が思い浮かんでしまうのだけど、そこに歌われているのは「冴えなくても汗水たらして家族のために頑張るサラリーマン」である。僕はそんなお父さんの背中をこっそり見て、愛する人のため戦うカッコよさを感じ、尊敬の念を抱く。忌野清志郎の「パパの歌」なんかも普段はカッコ悪いけど平日はかっちょいい働くパパ賛歌だ。彼らは家庭には居場所がない。たいていの場合それは家事・育児への不参加、趣味への没頭からくる家族の不信が原因だったりするが。

いつかお父さんみたいに大きな背中と
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
―福山雅治「家族になろうよ」

一方で、偉大なお父さん、超えられない大きな背中、尊敬すべき対象としてまっすぐに描かれている歌も数多く存在する。

パパの代わりに 私のことを
あの人が守ってくれるの
―プリンセス プリンセス「パパ」

娘視点でお父さんが歌われるときは、たいてい彼氏を巡って争う口うるさいお父さん、心配性のお父さんに、いつもはつっけんどんな態度をとってしまうけれど本当は誰よりも私のこと愛してくれているの知っているよ。今までありがとう ルルル... という、父親の手元を離れる時の歌であることが多い。父親のものから誰かほかのものになるけれど、パパのこと大好きよ、という感動物語。亭主関白野郎さだまさしの歌う「親父の一番長い日」は、その父親視点。娘を手放す親父の侘しさを見つめる息子がその立派さに胸を打たれるというなんともマッチョな構成になっている。この歌の一番美しいクライマックスの場面で、父から息子へと父親の美学が継承される。きっとその息子もまた自分の娘のつれてきたパートナーに「奪っていく君を殴らせろ」というのだろう。

日本のポップスによく登場する父親は3種類であると言えそうだ。寡黙・ぐうたらで普段はかっこわるいけど働いている姿はかっこいい企業戦士(息子視点)、彼とは折り合いが悪いけれど私を愛してくれるお父さん(娘視点)、尊敬すべき大きな背中(子供視点)である。

ところで私の父親は上記のどれにも当てはまりそうにない。そもそも我が家はフルタイムで外で働き子供たちを食わせているのは母親の役割だった。「家族のために必死で働くかっこいい背中」は母のものであり、悩みを聞いたり喧嘩をしたり慈愛に満ちた目で子供たちを見つめるのは兼業主夫だった父親の役割だった。まあ、役割をきちんとこなしていたかどうかは別として。ギャンブラーだとか無責任だとか子供っぽいとか、言い出したらきりがないくらい駄目なところはたくさんある。だけどそれと同じくらい、この人が父親なのは面白い人生だなあと思える。ことあるごとに人を褒める父。信頼しているよ、すごいね、優しいね、ときちんと目を見ていう。母のこともよくカワイイ、面白い、素敵と褒める。寡黙なジャパニーズ父親像立つ瀬なしである。力を誇示しない父いわく、我が家の決定権は母にある。丁寧な言葉づかいで、人を呼ぶときは「あなた」。娘の彼氏へのプレゼントを一緒に買いに行く。きちんと私の話を聞き、理解しようとする。討論してくれる。対等な人間としてアドバイスを求めてくる。子供として、女として軽んじられているということを思ったことがない。実家にいる時には無自覚だったけれど、このへんてこな父は、私の人格形成にめちゃめちゃ影響している。まずは上記のようなよくある父親賛歌に共感できないいわゆるひねくれものになっちまった。世の中に氾濫するたいていのフィクション上の父親像は、「なんか世の中にいるらしい想像上の父親」であって、リアリティをもって感じられない。そして、なぜ我が家が「普通」じゃないのか、世の中の「普通」とはどんなものなのか興味を持っているうちに、いつのまにかジェンダー学にのめりこんでいた。

「父親として尊敬する」ということが、「父親としての『規範』をきちんと守っている」人として尊敬するという意味なのであれば、私は自分の父親のことは父親として尊敬していない。そもそも、その「規範」について疑いを持っているから。父は稼がないしあくせく働かないし寡黙でもないし軟派だし家事をよくするし威厳はない。「世の中が求めているきちんとした父親としての規範」に準じてはいない。でも私は父親が彼でとても楽しい。私は父のことが人間として好きだ。あのヘンテコなお父さんに贈る用の歌を用意できないなんて、Jポップもまだまだ。仕方ないので父の日は私と父のテーマソングでも聴こうかな。

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