K-POPとアメリカにおける「男らしさ」

【以下要約】

アルバムがビルボードランキング1位になったBTSをはじめ、BLACKPINK, Monsta X, SuperM, NCT 127など、欧米でここ3年大ブームを巻き起こしているKpopアイドルグループ。アメリカ国内でも多くのファンダムが結成され、セールス的にも最新アルバムは国内1,2位の売り上げを記録しているのにもかかわらず、アメリカの音楽業界からは軽視され、権威のある賞レースからはほとんど締め出されている。その人気は物珍しさからくる一過性のもので、正当な評価を下すには値しないという無意識の白人至上主義的意識があるのだろう。

しかしそれとは別に、アメリカ社会の伝統的な「男らしさ」の文脈では、Kpopの男性アーティストの見た目は受け入れられにくいという現象がある。細くスリムな体、アイメイク、色づいたリップ、美しい肌、カラフルなヘアカラー、タイトでカラフルな衣装とアクセサリー。そうした男性Kpopアーティストの外見は、アメリカ社会における伝統的でステレオタイプ的な「男らしさ」とは対照をなす。男性kpopアイドルグループは、そうした価値観がベースとなる社会においては偏見や心理的な抵抗にさらされることになる。

David BowieやPrince, Motley Crüeなどの欧米の男性アーティストも、独特で派手なヘアメイクや衣装でパフォーマンスをすることはあった。しかしたいていの場合、それは逸脱性を表現したり、カウンターカルチャーとしての表現の一部として行われるものだった。それらの派手でセンセーショナルな見た目は、メインストリームになろうとして用いられたものではなかった。一方でKpopアイドルたちは、ファンのニーズに合わせてそうしたメイクアップやファッションをしている。そのことは、ファンがそうした美しい男性を求めるというバックグラウンドがないアメリカ人にとっては理解しがたいようである。こうした韓国の「男らしさ」に関する価値観の形成は、朝鮮半島にかつてあった王国・新羅(57 BC to 935 AD)時代にまでさかのぼる。いったんは途絶えたその伝統だが、1990年代に韓国政府が日本文化の流入の規制を緩めて以降、そうした美少年・美青年の文化は再び復活した。特に韓国文化にインパクトをもたらした日本文化は、しなやかで中性的な美少年を描き、若い女性を対象とした少女漫画だった。ほどなくして、そうした文化の影響はTVドラマから音楽市場へと移っていくこととなる。そして、TVXQ! や SHINeeのようなグループが登場した。Kpopファンたちは、しなやかで中性的で美しい男性Kpopアイドルの「かわいらしさ」に熱狂する。「かわいらしさ」(prettiness)とは美学を超越したものであり、それはまた健全さや純潔性の理想の具現化である。それはなぜアイドルの恋愛禁止の文化にも深く結びついている。

しかしそうした現象は、東アジアの国以外では、歴史的に攻撃的な男らしいセクシュアリティが優先づけられていた音楽産業を破壊する行為であるととらえられる。アジア人男性が排除され、「男らしくない」存在として去勢させられている欧米においてはとりわけ顕著である。アメリカのネットにおいては、Kpopアイドルに向けられた、ホモフォビアと人種差別が結び付いたあらゆる誹謗中傷が横行している。しかし、East Asian Popular Culture at the University of TorontoのAssistant ProfessorであるMichelle Choによれば、そうした「ジェンダー的な見た目」と「セクシュアリティ」を結びつけてしまうことにも、文化的な違いがあるという。アメリカでは多くの人々はそうした韓流男性アイドルたちの美意識は彼らのセクシュアリティに結びついている(=「彼らはゲイである」)と考えてしまうが、それは暗黙のバイアスによるものだという。Cho曰く、「ホモフォビアは依然として韓国社会で深刻な問題であり、もし韓国社会がジェンダー的な見た目とセクシュアリティを強く関連付けるような社会だったならば、ジェンダー流動的な見た目をしている男性がポピュラーになることはなかっただろう。韓国では、誰かが美しい見た目をしているからと言ってそれがその人のセクシュアリティに結び付けられることはない。」と述べた。Euromonitorによれば、韓国は男性化粧品の世界で最も大きい市場になっているという。過去10年間で44%も拡大した。GlobalDataによると、3/4の韓国人男性が何らかの美容やgrooming treatmentを過去1週間のうちに家でしているという。

Dr. Choはそうしたアメリカの文化的背景にあるホモフォビックな態度は、ジェンダーフルイッドな見た目をとてもクールだと考える若い世代の子たちによって変わりつつあると述べた。あの有名なHarry Stylesだって、最近はキラキラのメイクアップをしたり、中性的な衣装をまとったりしている。しかし、そうした一握りのアーティストたちの試みが市井のアメリカ人男性にまで浸透するには、まだまだずっと時間がかかりそうである。欧米では、韓国の女性コスメブランドは非常にポピュラーなものになったが、男性のものは依然として浸透していない。

Kpopは「有害な男らしさ」(toxic masculinity)に対する万能薬ではないと認識することは重要である。文化、国を問わずダブルスタンダードは存在する。しかしながら、彼らの美意識が多くのアメリカ人に居心地の悪さを覚えさせ、強烈な印象を与えるという事実は、Kpopがアメリカ人の精神に深く根付いた信条―男らしさは柔らかさや美しさや、ましてやアジア性と結びつくことはないという信条―にアメリカが立ち向かうための手助けをしてくれるかもしれない。メイクした男性アイドルがTVで観客を魅了してもよいだとか、花柄の服を着た男性が満員のライブ会場ですすり泣いてもいいだとかいう風に、「男らしさ」に関するアイディアを、いままでのアメリカ文化ではなし得なかったくらい拡張してくれるであろう。

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