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無知と未経験と厳密さの問題~復刊ドットコムは女性差別か2~

復刊ドットコムのことについて、もう少し。

「最近のリクエストの傾向は?」

研究員の質問に対して、復刊ドットコム側(澤田氏)は、こんなふうに答えている。少し引用する。

「やっぱり漫画が一番人気かな。特にSNSに抵抗のない若い方のリクエストが多いです。投票数が集まれば基本的には復刊に向けて動きますが、実際にどれくらい需要があって、何冊つくるべきかはクールな目で見る必要がありますね」

「たとえば最近、サリエーリという作曲家の本にかなりの数の投票が入ったんです。不思議に思って調べてみると、どうやらスマホゲームで、彼をモデルにしたキャラクターが出たらしくて。それで彼の著書が注目されたんだけど、ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えない」

引用終了。

「投票した層」とは、「FGOをプレイしていて、サリエーリについての学術書の復刊にリクエスト投票した層」のこと。

引用した文章の中で、「投票した層」は女性だと言明されているだろうか? 女性だと仄めかされているだろうか?

性別は明示されていない。

女性だと明示されていない以上、「とても投票した層が好きそうには思えない」という一節が、女性を見下した文章と言うのは難しいのではないだろうか?

そもそも、FGOは女性のみがプレイするゲームではない。男女問わずプレイされているゲームだ。「投票した層」として指示されているのは、「女性」でも「スマホゲームのプレイヤー」でもなく「FGOをプレイして、復刊投票した男女」だ。男女双方が含まれている以上、女性蔑視ということにはならないだろう

だが、なる、という指摘がある。曰く、文豪とアルケミストが言及されている。「とても好きそうには思えない」という澤田氏の言葉に対して、

「『文豪とアルケミスト』でも好きな文豪=よく読む作家ではないですからね(笑)。」

と研究員が応答。澤田氏はこう答える。

「そうですね。ネットの盛り上がりと現実の需要は違うので。」

「文豪とアルケミスト」が触れられている以上、これは女性へのコメントである、よって「投票した層」は女性のことである、というのだ。さらにつづくやりとりも、女性に対して見下しているという。少し引用してみる。

「ユーザーはどんな方が多いですか?」

「リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です。うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

引用終了。

ここに女性蔑視がある、「うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」は女性差別である、という。

でも、引用した部分を見てみると、「うちの本」がどんな本かは、明記されていない。学術書だとは明示されていない。価格帯から学術書ではないかという推測はできるが、復刊ドットコムのサイトを見てみると、専門書はもちろん、文芸書でも実用書でもエンタメでもコミック・漫画でも数千円以上の商品や十万円クラスの商品があるので、引用した文章において「うちの本」を「学術書」と断定することはできない。「うちの本」を「学術書」として推測することは無理があるし、その推測をベースにして批判することにも無理があるということだ。

・「FGOをプレイして、復刊投票した男女」が好きそうには思えない
・「そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

 この2つをくっつけても、「女性は学術書を読まないと女性を見下している」ことにはならないだろう。

だが、

・「とても投票した層が好きそうには思えない」
・「そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

この2つが1つの記事の中にあるから、女性蔑視である、ということらしいのだ。

しかし、それは文章読解としては無理があるように感じる。文章読解は厳密にしなければならない。1つの記事の中にあるから自動的に女性蔑視である、ということにはならないのだ。厳密に読むには、厳密に指示対象を確定することが必要だ。確定して関連性がなければ、女性蔑視であると断定することは難しくなる。

大学時代、英文科の演習でぼくは厳密に英文を読むことを教わった。主任教授の口癖は「辞書を引くんです、読むんです、勝手に(文脈を)想像しないんです」だった。

たとえば、小説の話。前の段落で男が登場しているとする。何か不穏な動きを見せている。そこで段落が変わる。「A man would be astounded」と文章が始まる。be astoundedは驚くという意味。「A man would be astounded if he sees a figure through the hole of the door」と文章はつづいていく。「if he sees a figure」とは「彼が人影を見たら」という意味である。

前の段落で、不気味な男。
次の段落で、男。
よって「不気味な男」=「男」。そう捉えてしまう。そして「その男は扉の穴から人影を見て驚いた」と訳してしまう。理由を聞かれると「文脈が」と答える。「前の段落で不気味な男がいたから。だから、次の段落の男も、文脈から言って同じ男です」。

違うのだ。前の段落の男と次の段落の男は、別人物なのである。もし同一人物なら、段落は「The man」で始まっている。「A man」で始まっているということは、別の人物のことを言っているということだ。そもそも「驚いた」という意味なら「would be astounded」にはならない。「was astounded」になっているはずだ。なのに、なぜ「would」がついているのか。「would」には「~するものだ」という、習慣や慣習を意味する用法がある。「A man」で始まる文章は、「~するものだ」という慣習的な意味を伝えるものであって、特定の人物について伝えたものではないのである。ここまで来て「扉の穴から人影が見えたら、(人は)びっくりするものだ」という正しい解釈が生じてくる。だが、厳密に読むことをせず、「文脈」というあやふやなものを使ってしまうと、意味を間違える。そして、いわゆる文脈というものは存在しない。

今回の事件でも、同じことが起きているように思う。

・FGOの話題
・「とても投票した層が好きそうには思えない」
・文豪とアルケミストの話題
・「そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

4つを並べて「文脈からして女性蔑視」と断定するのは、果たして正しい解釈なのか。厳密な読解を行う者から見ると、指示対象を厳密に確定することなく、ただ、1つの記事の中で気になるものを拾いつなげて「つながってる。女性蔑視だ」と誤って指摘しているように思えてしまう。厳密な読解というのは、自分が引っかかった言葉をつなげて解釈することではないのだ。

英文を読む時でも日本語の記事を読む時でも、ほとんどの人は厳密なリーディングを行わず、自分の気になる言葉だけ拾って読んでいる。そして自分たちは正確な読解、厳密な読解を行っていると信じ込んでいる。だが、それは厳密な読解ではない。文脈という、ありもしないものをつくりだしたことによって生まれた間違った解釈である。

そもそも、「リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です」というのは、復刊ドットコムのお客さん全体についての話である。サリエーリの話でもクールに見るべきという話でない。その話はもう終わって、別の話に移っている。つなげて捉えるのは難しいのだ。その証拠に、こんなやりとりがつづいている。

「確かに(笑)。そのくらいの世代の方が復刊を望むというと、70~80年代あたりの本でしょうか?」

と研究員が応じて質問を投げかけ、澤田氏が答える。

「そうですね。70年代が一番多いと思います。」

話の対象となっているのは、復刊ドットコムのお客さん全体である。サリエーリにリクエストしたお客さんではない。

女性蔑視として捉えている人には、

「たとえば最近、サリエーリという作曲家の本にかなりの数の投票が入ったんです。不思議に思って調べてみると、どうやらスマホゲームで、彼をモデルにしたキャラクターが出たらしくて。それで彼の著書が注目されたんだけど、ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えない。リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です。うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

このように見えているのかもしれないが、実際はこんなふうにはつながってはいない。

●クールに売り上げを判断しなきゃいけないという話
「たとえば最近、サリエーリという作曲家の本にかなりの数の投票が入ったんです。不思議に思って調べてみると、どうやらスマホゲームで、彼をモデルにしたキャラクターが出たらしくて。それで彼の著書が注目されたんだけど、ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えな
い」

●復刊ドットコムのユーザー像についての話
「リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です。うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

1つの記事ではあるけれど、別の話をしているのだ。別の話のものなのに、2つをつなげて女性蔑視だと指摘するのは、少し厳しい気がする。

「リクエストをいただくのは男女半々ですが――」のくだりは、事実言明と、その事実に対する理由づけが組み合わさっている。説明するとこうだ。

「リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です」(事実言明)

「なぜならば、うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもある。それだけ高額の商品を買うのは、やっぱり男ですよ(笑)。」(理由)

上記に示された理由には、さらに背景的理由が隠されている。ただ、その背景的理由は明示されていない。背景的理由を明示して書くと、このようになる。

「それだけ高額の商品を買うのは、やっぱり男ですよ(笑)。なぜならば、一般的に男の方が女性よりお金を持っていて、自由になるお金がありますから。内閣の調査でも、女性の方が所得が低いことになっていますよね?

「なぜならば」以下が、明示されていない背景的理由である。背景的理由を補って読んだ場合、もう一度問うてみたい。

やはり女性差別だろうか?

ぼくは違うように感じる。でも、女性差別だと指摘される方がいらっしゃる。そこには不快と憤りがある。

不快と憤りの原因は、恐らく「断定的な言い方」――決めつけるような言い方にあるのではないか、とぼくは思っている。超越性の失われた世界、フラットな世界で生きてきた若い人たちには、特に断定的な言い方は不愉快を起こさせることが多い。1975年より前に生まれた人は、幼少期に頭ごなしに言われてきた経験があるので、決めつけられる言い方をされてもスルーしちゃうんだけどね。

ぼくは、

「そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

という台詞は、厳密な言い方ではないと思っている。口語(会話)で厳密な言い方ができる人はほとんどいない。あの台詞には、ある1つのものが抜けている。

「そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。やっぱり圧倒的に男が多い

太字の部分が、抜けたところね。

多くの人は不正確な言い方をする。決して厳密な言い方をしない。「やっぱり男が圧倒的に多い」という厳密な、正確な言い方をせずに「やっぱり男ですよ(笑)」という不正確な、厳密さのない言い方をする。正確さと厳密さが抜けると、断定になることが多い。そしてその断定口調が若い人たちの断定嫌いを刺激する。そういう側面があるのではないか、と思っている。

厳密な言い方をしなかったために抜けた部分(今回の場合は「圧倒的に多い」という部分)を努力して補おうとしないと、「買っちゃおうってなるのは、やっぱり男です」⇒「女は買わないってこと? なんでそう決めつけるの? 女を馬鹿にしているの?」という、間違った解釈につながってしまう。

相手の言葉が厳密さを欠いたものだということを忘れ、厳密に発信されたものだと誤って解釈し、その言葉の裏を返しても、正しい解釈ではなく、疑心暗鬼の結果に陥ってしまう。ないものを見つけ出す結果に陥ってしまう。

厳密な言い方をする人はほとんどいない。にもかかわらず、記された言葉が厳密な言い方で言われたものだと思い込んで、解釈し、言葉を裏返しにし、そして差別意識を見つけだし、反応するというのは、ぼくには悲しい行為に思える。「やっぱり男ですよ(笑)」という断定に傷つき憤慨した者たちが、なぜ同じように「女性蔑視だ」と断定してしまうのか。補って理解しようとすれば、「ああ、なるほどね」って思えるのに。補って理解しようとすれば、澤田氏が言っているのは「復刊ドットコムでは、高額商品を買う人は圧倒的に男が多いです」っていうマーケットデータなんだなってわかるのに。差別意識で反応してしまったら、せっかくの情報が拾えなくなる。

なぜ本気で理解しようとして読まないのだろう? なぜ理解を二番手三番手にして、自分たちを批判するものの探索を一番手にして読んでしまうのだろう? 理解を一番手にして読めば、とても得るものがあるのに。批判探しをしても、どんどん神経過敏になって傷が増えるだけなのに(それも、その傷は間違ってつけたものなのに)。 

ぼくが復刊ドットコム側に対して感じたのは、無知と経験のなさだった。

・「オタクの方や腐女子の方は、はまってしまったら、一般の人には高価に見える商品(学術書)でも資金を投入する」ということに対する無知。

・一般的には高額商品を購入するのは男性の方であるが、「腐女子の方の場合、気に入ったものへはお金を惜しまない」という事実に対する無知。

・「女性は財布の紐が固いが、はまった時には思い切り紐が緩くなる。だが、男性はそこまで財布の紐は固くない」という男女の消費行動の違いに対する無知。

・「腐女子の方たちがはまって自分たちの商品にたっぷりと資金を投入してくれた」という経験のなさ。

今まで復刊ドットコムでは、オタクや腐女子の方たちがどはまりして資金を投入したという商品を持ったことがなかったのではないだろうか。そのことによる経験のなさと無知が、あの記事にもろに露呈してしまった。

問題は、無知と未経験なのだと思う。だが、過剰な道徳意識(反・性差別意識)と厳密な読解の不足とにより、無知と未経験の問題が、女性差別の問題として誤って捉えられてしまった。

そんなふうにぼくは考えている。

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