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なぜエロゲー業界でシナリオライターが不足しているのか?

 不正確な表現は流言蜚語になる。

「エロゲー業界ではシナリオライターが不足している」と言うけど、本当にそうなのだろうか?

 純粋にシナリオライターの数だけを考えると、決して不足しているとは言えない。たとえば、今月発売予定のタイトルをげっちゅ屋で確認すると約50タイトル。9月も8月も確認してみたけど、50タイトル以上あるね。

 たぶん、今でもエロゲーは年間発売タイトルが500~600本じゃないかな。ラノベの1500点以上には負けるけど、500タイトルは多い。

 毎月5~10本は過去作の廉価版が出ているので、新作は年間400~500タイトルになるのだろうけど、それだけのタイトル数をリリースするためには、業界内にそれなりのシナリオライターが必要だ。

 したがって、「数的」には、エロゲーのシナリオライターは足りていないわけではない。

 不足しているのは、数ではなく、質である。恐らく、業界内ではこういう会話が交わされているはずだ。

「(いい)シナリオライターはいないよね」

 そう。
「いい」という形容句が省略されているのだ。

 いいシナリオライター。
 できるシナリオライター。
 メーカーが満足できるレベルのシナリオライター。

「いい」「できる」「メーカーが満足できるレベルの」という形容句が省略されている。
 いいシナリオライター、できるシナリオライターというのは、

・スピード
・ライティングのクオリティ
・当事者意識(締め切りへの意識も含む)

 この3つをすべて兼ね備えたシナリオライターのことである。これに、
 
・メーカーの方向性と本人の方向性がマッチしている

 が加わって、メーカーとの幸福な結婚となるのだが、メーカーとの嗜好性の相性はともかく、「いいシナリオライター」や「できるシナリオライター」は不足している

 まあ、美少女ゲーム業界は、エンターテインメント業界の中では最底辺の業界だからね。質的にという意味でね。

 誤解する人たちのために言っておくと、ぼくは最底辺という言い方で批判しているわけじゃないのよ。ぼくはこのマーケットを肯定しているし、このマーケットを末永く残したいと思っている。

 それに、ヒエラルキー的には最底辺だろうけど、新しい流れを生み出す上流域、その上流のヒット作を受け取って広げる下流域という考え方をすると、美少女ゲーム業界は上流域だからね。上流の世界の楽しさがある。

 最底辺なのも、美少女ゲーム業界の魅力。そのおかげで、本当に屑みたいな作品から、「すげえ!」って作品まで、ピンからキリまで集まって1つのマーケットをなしている。そこが、美少女ゲーム業界の魅力。

 ただ、作品がピンキリになるってことは、ライターもピンキリになるってこと。最底辺であるがゆえにいろんなレベルの作品が集まる反面、よくないシナリオライターやできないシナリオライターが必然的に増えてしまうよね。マーケットの需要に対してタイトル数が過剰になってしまった世界では、必ずそういうことが起きる

 美少女ゲーム業界は、元々参入基準も低いしね。小説の一次選考を落ちちゃうような人でもなれちゃうみたいな、参入基準の低さはあるからね。日本語の文章規則を知らない人でもシナリオライターを始められちゃうみたいなところも持ってたし。

 まあ、でも、それもまた美少女ゲーム業界の魅力。そういう人たちが力をつけられる場所でもある。ぼくは、美少女ゲーム業界で力をつけた人間の1人だと思う。美少女ゲームだけで力をつけたわけじゃないけど、最初の数年間は、ほんと美少女ゲームで力をつけた。

 シナリオライターがいないという話は、実は10年前にも聞いたことがある。締め切りを守らず途中で仕事を放棄して行方不明になるシナリオライターは、15年前(1999~2000年頃)にもいたね。

 だから、少なくとも10年間は「いいシナリオライター」は不足しているってことになるんじゃないかな。もしかすると、15年間、そういう状態かもしれない。

 なぜこの10年間、いいシナリオライターは不足しているのか。ぼくが考えるに、理由は3つほどある。

1.タイトル数が多く参入基準が低いため、レベルの低いシナリオライターが増えやすい傾向がある

 まあ、こうなると、確率的にだめだめシナリオライターに当たりやすくなって「(いい)シナリオライターはいないねえ」ってつぶやきやすくなる。そして、それは間違ってはいない。

2.テキスト量がボリュームインフレーションを起こしたため、「いいシナリオライター」の条件が厳しくなった

 たとえばゲーム1本のテキスト量が250~500kbぐらいの時代には、2カ月あればシナリオは上がっていた。けど、今はテキスト量2MBが当たり前の時代である。

 2000年に『Air』をきっかけに、そして2004年に『Fate/stay night』をきっかけに、二段階でエロゲーのテキスト量がボリュームインフレーションを起こして、それに他社が追随。結果、こうなっちゃったんだよね(このあたりは、詳しくは拙著『鏡裕之のゲームシナリオバイブル』を読んでください)。

 月間250kbのスピードの持ち主でも、1人で2MBを書き切るには8カ月掛かる。そして、2カ月連続でコンスタントにスピードを出すことと、8カ月連続でコンスタントにスピードを出すことはレベルや次元が違う。2カ月で500kbを書くよりも、8カ月で2MBを書き切る方が遥かに難しい。高いレベルが要求される。
 
 ただテキストを書くだけでなく、プロットも……となると、生存確率は絶望的である。500kbの物語のプロットを切るのと、2MBの物語のプロットを切るのとでは、雲泥の差がある。そこには絶対超えられない壁がある。つい先日の日本とブラジルのサッカーみたいな。ジャマイカには1-0で勝った日本(2カ月で500kbを書いた)でも、ブラジルには0-4で完敗(8カ月で2MBは書けない)、みたいなね。

 ボリュームインフレーションは1つの物語の可能性を切り開いてくれたが、結果的に「いいシナリオライター」の基準を引き上げてしまった。そして、だめなシナリオライターを引き立たせる環境を用意してしまった。
 
 まあ、でも、仕方ないかな、と思わなくもない。2000年頃の話だけど、エロゲーのシナリオライターに、プロになる前に書いた分量を聞いてみたら、結構少なかったからね。原稿用紙80枚とか。ぼくはこの業界に飛び込む前に5000枚以上書いてたから、「何、それ!?」って唖然としたけど。
 
 たくさん書いているってことは、それだけ「書く回路」が開発されているということなので、スピードも出るんだよね。たくさん書くことに対しても対応力がある。でも、デビュー前の分量が少ないとね……。それだけの分量には慣れてないってことでしょ? スピードも充分鍛えられていない。今のようなボリュームインフレーションの時代には、厳しいと思うよ。

3.複数ライター制になったため、当事者意識のないテキストライターが増加する傾向がある

 テキストライターというのは、自分でプロットを切るわけでもなく、自分で物語の構成を考えるのでもなく、ただ指示通りにテキストを書くだけの人間のこと

「あの作品よかったです。特に●●子ちゃん」と言われても、「それ、おれのルートじゃないし」となっちゃうからね。ソフトが売れなくても、「プロット切ったのおれじゃないし、第一、おれ、全部書いたわけじゃないし……」ってなって、当事者意識が育ちづらくなってしまう。

 自分が企画して自分がシナリオを書いた作品だと「売れなかったらおれのせいだ……」ってなって、当事者意識が強まるんだけどね。

 おまけに分量がでかいから、ゲーム1本のプロットを切るって体験も積みづらい。これは若手が育ちづらいってこと。これはちょっと痛いね。

 シナリオのボリュームインフレーションが起きて何が一番少なくなったって、フルプライスのゲームのシナリオを単独でこなす人。これは激減したと思う。それだけ当事者意識の低い人が育まれやすい環境ができているということだよね。
 
・参入基準が低い
・当事者意識が育ちづらい環境がある

 この2つがかぶれば、だめだめライターが生まれやすくなるのは当然。その上で、

・いいシナリオライターの条件が厳しくなった

 とあらば、そりゃ、いいシナリオライターは絶滅危惧種へ向かいますぜ、旦那(笑)。そして「(いい)シナリオライターはいない」→「(いい)シナリオライター不足」ってことになる。

 でもね。
 これって、ある意味チャンスだとぼくは思ってる。

 ボリュームインフレーションが生まれ、ストーリー性の高い作品が大ヒットしたおかげで、エロゲー業界ではたくさんの分量を高いクオリティで速く書ける人、高いプロット力を持っている人が望まれている。

 ラノベに投稿して予選突破してる人なんかは、うちの業界に来ると面白いんじゃないかね。予選突破するだけの文章力はあるし、それなりのプロット力もあるってことだと思うんだよね。
 
 ラノベの方がコストパフォーマンス的にいいって?

 わはは。それ、幻想

 まず、ラノベの企画はすぱっと通るわけじゃないからね。デビューしたて子の場合、企画を出しても通らない。通らない間は無給。

 サクッと通ったとしても、原稿を書き上げて発売されて入金までは、数カ月のタイムラグがある。入金までは、勿論無給。

 1作出しても、消化率が低ければ、次は出ない。となると、また企画を出すわけで、企画が通るまでは無給。

 超売れればコストパフォーマンスは抜群だけど、売れなければ、すぐ無給だよ。

 それに比べれば、まだエロゲーのシナリオライターの方がいいんじゃないかな――何もなしにいきなりフリーランスでエロゲーのシナリオライターを自称すると、もれなく無給の苦しみに襲撃されるだろうけど。

 書いた字数だけでコスパを計算してエロゲーの方が低いって誤った指摘をしている人がいるみたいだけど、そのコスパ計算、間違ってるから。書いた字数だけでコスパを計算しだしたら、たぶん、アニメの脚本が一番ってことになっちゃうよ。あるいはコピーライターが一番コスパがいいって間抜けな話になる。
 
 実際の現場には、無給の期間がある。企画が通るまでという空白の期間がある。その空白の期間、無給の期間をカウントしないと、ちゃんとしたコスパ比較にはならない。

 その点では、まだエロゲーの方がいいのかな、とぼくは思うね。第一、エロゲーには、ぼくの書いたハウツー本があるじゃないか!(笑)

 我が業界でデビューしたいと思った方は、ぼくの『鏡裕之のゲームシナリオバイブル』を購入しよう!(笑)
 
 あ。
 11月3日、葛飾でゲームシナリオ講座を開きます。募集中ですので、よろしく!

  やっぱり最後は宣伝かよ! おのれ、ミラーマン!

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