ボリュームインフレーションと客離れ

※2016年の時点では自分の推論や分析に妥当性があると考えていましたが、2020年5月に消費者白書などを調べた結果、妥当性が弱いこと、つまり、推論や分析に誤りがあることが判明しました。

現時点で最新の推論は、こちらです。「商業エロゲーが黄金期を終え、一時的に衰退した理由についての推論」。

以下の文章については、2016年当時の誤った推論としてお読みください。

新・エロゲーが売れなくなった7つの理由」を書いてから。記事への反響でわかってきたことがある。

2000年代前半、商業エロゲーは勢いを持っていた。タイトル数は爆発的に増加を続けていて1タイトル当たりの本数は減っていたはずなのだけれど、勢いを持っていた。注目のタイトルも続々現れていた。それらのため、2000年から始まったボリュームインフレーションにより、客離れが起きていることに気づけなかった。そして2010年代に入って、ボリュームインフレーションの代償を支払うことになった。そのような言い方や見方ができるのかもしれない。

昔がよかったとノスタルジーを披露するつもりはないが、1995年は、ゲーム1本200kbのシナリオを書いたら「もう少し短くしてくれ」と言われる時代だった。当時はCD-ROMはまだ広まっていなくて、商業エロゲーはフロッピーディスクがベースだった。だいたいのゲームはフロッピーディスク5枚程度で、フロッピーディスク1枚で1.44MBだった。1999年にシナリオが500kbのゲームをつくっても、「少ない!」と文句を言う人は誰もいなかった。そういう時代だったし、まだボリュームインフレーションは始まっていなかったのだ。

だが、ボリュームインフレーションの後、エロゲーのシナリオ容量は、2005年に1.5MBが当たり前となり、2009年頃には2MBあって当たり前になった。ぼくの記事を読んでコメントしてくれた人の中には、ボリュームインフレーションが結構大きかった、あれで自分はエロゲーから離れた、と言う方が何人かいらっしゃった。

ああ、そうだったのか……。

2004年からボリュームインフレーションに対して警告してきた者として、正直、複雑な気分である。ぼくが最初に自分のブログ乳之書でボリュームインフレーションについて記事を書いたのは、2004年12月だ。

ボリュームインフレーションという死神

その中に、こんな一節がある。ぼくも今、読み返して気づいた。 

 時代は変わる。
 時代が変われば、ユーザーのニーズも変わる。
 だが、容量に対する変化は果たして望ましいものなのか。ボリュームインフレーションは、エロゲーの未来を潰すものにつながりはすまいか。 

読み返して、唸ってしまった。
ぐはあ。結構の割合で未来を潰しちゃったのね。

ボリュームインフレーションは2つの要因によって発生している。

・2000年の『Air』の大ヒット
・DVD-ROMの普及


『Air 』は当時シナリオ容量が1MBを超えていると言われており、多くのソフトハウスも、その感動系のストーリーとシナリオの物量に追随する形になった。これが、まず第一の要因である。

ただ、もしDVD-ROMではなくCD-ROMしかなかったとしたら、シナリオの物量についてあれほど追随するソフトハウスは出なかったかもしれない。大量のシナリオ容量を抱えると、音声収録の時にデータ量が厖大になる。CD-ROMでは1枚に収まらず、2枚、3枚ということになる。CD-ROM1枚の単価はそれほど高いわけではないが、「3枚にもなるの?」と二の足を踏む経営者は出てきただろう。だが、DVD-ROMが普及していたことにより、DVD-ROM1枚で済ませることができるようになっていた。おまけに、DVD-ROM1枚のコストも、CD-ROM1枚と比べてそれほど高くはなかった。その結果、『Air』の大ヒットに影響され、さらにDVD-ROMの普及に後押しされる形で、ボリュームインフレーションが業界に広まったのである。

2004年12月以来、ぼくはしつこくボリュームインフレーションについての記事を書いている。

ボリュームインフレーションⅡ
ボリュームインフレーションⅢ
ボリュームインフレーションⅣ~境界の消失~
コストアップというマゾ~ボリュームインフレーションⅤ
不況に進むエロゲー?
上げすぎたボリューム
自業自得のボリュームインフレーション
擬似アニメという自殺

かなりの粘着野郎である(笑)。誰か止めろよ、この馬鹿野郎を(笑)。

当時、ぼくは、ソフトハウスの首を絞めるという観点で、ボリュームインフレーションを見ていた。ソフトハウスがどんどんボリュームインフレーションを進めると、苦しいソフトハウスがますます増えて業界がだめになるのではないか、と考えていた。ぼくはボリュームインフレーションがよい未来につながるとは思っていなかったし、ろくなことにはならないと思っていたが、リーマンショックやらスマホの浸透やらで、隙間時間を有効に利用できるスマホゲームに対して、プレイ時間をめちゃめちゃに食う商業エロゲーがかなりのビハインドに立つような未来は想像できていなかった。だから、ぼくは半分見えていて、残り半分が見えていなかったのかもしれない。 

この時期(2000年代前半から中盤)、お客さんの声で大きかったのは、「シナリオ短けえぞ!」「もっとシナリオ増やせ!」だった。2007年頃だったか、「シナリオ、増やしすぎない方がいいですよ」と知り合いのソフトハウスの社長に言うと、「でも、共通ルートで400kb書いたのに、短い! って言われるんですよねえ……」と。シナリオボリュームに対して真っ先に不満をもらすその声、その風潮は、たぶん、今でも変わらない。2MBのシナリオを書いても「短い」と言われる現実が、ある。

だが、それはラウド・マイノリティの声だった。サイレント・マジョリティの声は「長すぎてたるいんだよ。おれ、エロゲー、やめる」だったのかもしれない。

商業エロゲー業界は、サイレント・マジョリティの声を拾い損ねた。代わりに、ラウド・マイノリティの声に忠実に従った。「シナリオボリューム●●MB!」ってやった方が、顧客にアピールしやすくてそこにソフトハウスが飛びついたというのもあるだろうし、シナリオが短いと言われることがいやで、それを回避しようとしてしまったということもあるだろう。そして今、あまりうれしくない未来を迎えている……。

商業エロゲー衰退の原因は、ボリュームインフレーションだけにあるわけではない。長くてもめちゃめちゃ面白ければ、すなわちストーリー密度が濃密ならば、このようなことは起きていなかったかもしれない。だが、ボリュームインフレーションはストーリー密度を薄くする方に強く働いてしまった。結果、「だらだらと長くて薄い」(端的に言えば、つまらない)という印象を多くの顧客が持つようになり、2000年代後半のどこかでさらに客離れを加速させたのかもしれない。 

ボリュームインフレーションが、どれだけの客離れを起こしたのかはわからない。ぼくが感じているのは、ボリュームインフレーションは、2010年代のある時期――可処分時間の減少とスマホゲームの流行の時期――を境にして、エロゲー業界に対して牙を剥いた、つまり、客離れを促したという考えである。ボリュームインフレーションが2000年代にどれだけの客離れを起こしたのか、2000年代に客離れを起こした原因として何番目だったのかについては、検証するためのデータを持ち合わせていない。これについては読者からの情報を期待したい。

ボリュームインフレーションは、決してマイナスだけをばらまいたわけではない。2MB近くのテキストの中に長大な物語を詰め込んで一気に読ませる。その快感を与えられるのは、恐らくエロゲーだけである。そういうプラスも残していった。そのプラスの延長線上に、恐らく『巨乳ファンタジー』シリーズはある、とぼくは思っている。

ただ――。

シナリオ容量2MBになるお話のプロットをコントロールするのは、決して簡単なことではない。業界的にはオーバースキル状態になっているように感じる。業界のスキル的には1MBぐらいではないか、とぼくは思っている。

その現状で、どのように動くべきなのか。

具体的な答えがラウド・マイノリティではなく、サイレント・マジョリティの方にあるのは、間違いない。

というわけで。
実は4月1日にぼくの新刊が出ることになっている。

またかよ! まただよ!

高1ですが、異世界で城主はじめました8』である。

あと、

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最後に、最近の代表作『巨乳ファンタジー』シリーズ。中世ファンタジー世界で、主人公がさくさくと成り上がっていくサクセスものです。

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