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部屋にある本をただ羅列するだけの日々 ──『新選 100冊の本 岩波文庫より』紹介篇

 勤め先の出版社の事務所には、自社で刊行した書籍のほか、資料用の本や雑誌も備えている。
 先日、それらの整理と処分を行なった際に、1974年に発行された岩波文庫の販促用小冊子が発掘された。100冊の選書リストである。
 岩波文庫はそもそも古典的な作品が多いので、50年たとうが、100冊ほどにしぼってえらべばだいたい同じようなラインナップになるわけだが、以下には書名と紹介文書き出しの一文のみ(恣意的な例外あり)を機械的に掲げておく。
 紹介文は、目録のものとは異なり、短いエッセイ的な文章になっている(執筆者が誰かは不明)。また、この選書リストに対する思いを、選者もつとめた鶴見俊輔と大江健三郎が短文にして寄せている。
 「はしがき」によると、岩波書店創立35周年(1960年)に同様の100冊選書リストをつくっており、今回(1974年)、あらためて選者15人(詳細は下記)にそれぞれ100冊ずつあげてもらい、さらに討議をへて、100冊にしぼりこんだとのこと。「新選」と題されているのは、かような事情による。
 掲載されている順番にあげていくが、一見して不規則で脈絡のない並びは、《読みやすさ、各分野の組み合わせ等を配慮し、次第に思想の深みに至るように工夫してみた》とあるので、そのあたりも玩味していただきたい。

【選者】
内田義彦
大江健三郎
加藤周一
辻邦生
都留重人
鶴見俊輔
寺田透
中野好夫
林達夫
藤沢令夫
益田勝実
松田道雄
丸山真男
湯川秀樹
吉川幸次郎


1. プラトン(久保勉訳)『ソクラテスの弁明・クリトン』

 人の心を理性に目ざめさせ、その良心をよびさまし、同胞を有徳な、幸福な生活にはいらせることを自己の使命として多年青年のあいだで活動したソクラテスは、紀元前三九九年、新しい神を導入し、青年を腐敗させた人物として、アテナイ市民を代表する三人の告発者に訴えられ、死刑の宣告を受けて毒杯をあおいだ。

2. 森鷗外『山椒大夫・高瀬舟 他四篇』

 鷗外は明治大正文壇の最高峰として漱石と並ぶ存在である。

3. コナン・ドイル(菊池武一訳)『シャーロック・ホームズの冒険』

 文学のうちで、娯楽的な読みものに近いものとして推理小説がある。

4. ファラデー(矢島祐利訳)『ロウソクの科学』

 ロウソクという、もっとも身近な素材を用いて、原料、製法、光の歴史、燃えるということ、生成物質など、興味ある事柄を次から次へと述べ、単にロウソクの話だけに終らせず、およそ科学とは何であるか、ということを誰にでもわかるように説明している。

5. 中勘助『銀の匙』

 この小説を最初に認めたのは夏目漱石であった。

6. ポオ(中野好夫訳)『黒猫 他三篇』

 ポオは美の魔術師・錬金術師であるといわれる。

7. ジョン・リード(原光雄訳)『世界をゆるがした十日間』全二冊

 革命を人はどのように考えようとも、一九一七年のロシア革命が人類史上最大の事件の一つであり、ボリシェヴィキーの蹶起(けっき)が世界的重要性をもつ現象であることは、だれも否定できないことである。

8. 『方丈記』(山田孝雄校訂)

 鴨長明が生きた時代──鎌倉初期は、歴史的にも社会的にも古代から中世への大きな変動期であった。

9. 『新訂新訓 万葉集』(佐佐木信綱編)全二冊

 日本文学の古典の中でただ一冊を選べといわれたら、百人のうち九十九人までが万葉集を選ぶであろう。

10. チェーホフ(湯浅芳子訳)『桜の園』

 『かもめ』『ヴァーニャ伯父』『三人姉妹』とともにチェーホフの四大戯曲と呼ばれる『桜の園』は、一九〇三年モスクワ芸術座のために書かれた最後の作品である。

11. 『古代への情熱 ──シュリーマン自伝』(村田数之亮訳)

 『イーリアス』はトロイア戦争を描いたギリシア最古の叙事詩である。

12. マルクス、エンゲルス(大内兵衛、向坂逸郎訳)『共産党宣言』

 一八四八年、二月革命前夜の激動するヨーロッパで、一冊の小冊子が刊行された。

13. 宮沢賢治(谷川徹三編)『童話集 風の又三郎 他十八篇』

 「雨ニモマケズ風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ……」、これは宮沢賢治の詩である。

14. デフォー(平井正穂訳)『ロビンソン・クルーソー』全二冊

 若き日にロビンソン・クルーソーという人間像にめぐりあい、その面影をいつまでも忘れえない人は実に多い。

15. ウィンパー(浦松佐美太郎訳)『アルプス登攀記』全二冊

 スイスとイタリアの国境線上にそびえる名峰マッターホルンは、その姿の美しさ、迫力、雄大な岸壁で知られるアルプスの象徴である。

16. 『フランクリン自伝』(松本慎一、西川正身訳)

 「フランクリンはアメリカにおける最初の偉大な経済学者である」とマルクスはいう。

17. 芥川竜之介『河童 他二篇』

 ユートピア小説というものは、理想社会の空想的描写を主としたもの、現実に対する諷刺を中心としたもの、その他のものと三つに分けられる。

18. 石川啄木『啄木歌集』

 鷗外・漱石・藤村などの偉大な存在にもかかわらず、一人の啄木がなかったならば日本近代文学には深く欠けるところがあったであろう。

19. ヴォルテール(吉村正一郎訳)『カンディード』

 「恥知らずどもを粉砕せよ」を標語に、狂信や教会の不寛容など、一切の迷蒙を徹頭徹尾追及し笑殺してやまなかったヴォルテールの典型的な諷刺小説。

20. ジョン・デューウィ(清水幾太郎、清水礼子訳)『哲学の改造』

 哲学の入門書は数多くあるが、本書は恐らくその最良のものの一つであろう。

21. 夏目漱石『吾輩は猫である』全二冊

 いやしくも本を読む人で、漱石の作品を一度も読んだことのない人はいないであろう。

22. 魯迅(竹内好訳)『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇 ── 吶喊 ──』

 権力に一切追従することをしなかった魯迅。

23. 『芭蕉俳句集』(中村俊定校注)

 旅に病で夢は枯野をかけ廻る──五十一歳を一期(いちご)として難波の客舎にまだ見ぬ西国を思いつつ世を去った芭蕉。

24. トマス・モア(平井正穂訳)『ユートピア』

 ユートピアとは「どこにもないところ」という意味である。

25. シェイクスピア(菅泰男訳)『オセロウ』

 ヴェニスの将軍オセロウは新しく娶(めと)った美しい妻デズデモウナとの愛に、みずからの情熱・信仰・理想のすべてを見いだすはずであった。

26. 『萩原朔太郎詩集』(三好達治選)

 「詩は神秘でも象徴でもない。詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである」。「私の真に歌おうとするのはあの艶めかしい一つの情緒──春の夜に聴く横笛の音──である。それは感覚でない、激情でない、興奮でない、ただ静かに霊魂の影を流れる雲の郷愁である。遠い遠い実在への涙ぐましいあこがれである」──と萩原朔太郎は自ら語っている。

27. ロマン・ローラン(豊島与志雄訳)『ジャン・クリストフ』全八冊

 ライン河畔の貧しい音楽一家に生まれたクリストフは、強烈な感受性と、にえたぎる生命力を生まれつきそなえていた。

28. 内村鑑三(鈴木俊郎訳)『余は如何にして基督信徒となりし乎』

 本書が明治二十八年、英文で出版されるや、ドイツ、フランス、オランダ、スウェーデンなどの国々で次々と訳され、全世界に広まった。

29. 梶井基次郎『檸檬・冬の日 他九篇』

 梶井基次郎は一九三二(昭和七)年、大阪で亡くなった。

30. 『ブッダのことば ──スッタニパータ ──』(中村元訳)

 ゴータマ・ブッダ(釈尊)という優れた人物が、西紀前四世紀ごろインドにいたという。

31. シェンキェヴィチ(河野与一訳)『クォヴァディス』全三冊

 ローマ皇帝ネロのキリスト教徒迫害を描いた歴史小説。

32. ニーチェ(氷上英廣訳)『ツァラトゥストラはこう言った』全二冊

 本書の中には、ニーチェの思想の一切があると考えられている。

33. 『中野重治詩集』(中野重治自選)

 詩人としての中野重治の出発は、同人誌『驢馬』(一九二六年四月創刊)によってであった。

34. 志賀直哉『暗夜行路』全二冊

 現代日本文学における志賀直哉の影響は文字通り他に例を見ないほど圧倒的である。

35. トーマス・マン(関泰祐、望月市恵訳)『魔の山』全四冊

 トーマス・マンは、彼の青春時代の作品『トニオ・クレエゲル』の中で、ひとを作家とするものは、人間的な、生き生きとした、平凡なものに対する市民的愛にほかならない、と述べた。

36. ルソー(今野一雄訳)『エミール』全三冊

 ヴォルテールと並んで、ルソーは十八世紀フランスにおける自由な精神のチャンピオンであった。

37. ゲーテ(相良守峯訳)『ファウスト』全二冊

 『ファウスト』はゲーテ畢生の大作である。

38. エッカーマン(山下肇訳)『ゲーテとの対話』全三冊

 一八二三年六月十日、エッカーマンは初めてゲーテを訪問した。

39. ファーブル(山田吉彦、林達夫訳)『昆虫記』全二十冊

 ファーブルの『昆虫記』の名を知らない人はいないだろう。

40. 『斎藤茂吉歌集』(山口茂吉、柴生田稔、佐藤佐太郎編)

 茂吉は処女歌集『赤光』によって、広く文壇を驚かせ、茂吉短歌の声価を決定づけた。

41. ハシェク(栗栖継訳)『兵士シュヴェイクの冒険』全四冊

 時は第一次世界大戦、オーストリー軍に徴兵されたチェコの人々の中に、それまで「白痴のため兵役免除」とされていたわがシュヴェイクがいた。

42. スタンダール(桑原武夫、生島遼一訳)『赤と黒』全二冊

 「赤」は軍服、「黒」は僧衣を象徴する。

43. 井原西鶴(東明雅校註)『好色五人女』

 『好色五人女』を現代的に言えば、「五つの恋の物語」とでも訳せようか。

44. 『人権宣言集』(高木八尺、末延三次、宮沢俊義編)

 「すべて人は生来ひとしく自由かつ独立しており……」、「すべて権力は人民に存し、したがって人民に由来する……」(一七七六年、アメリカ・ヴァジニア権利章典)。人権宣言とは、一定の既存の権力によって否定、弾圧された各種の権利・自由を人民が公然と主張したものである。

45. 島崎藤村『夜明け前』全四冊

 明治維新の大激変が到来した時、期待と混乱の渦に巻きこまれぬ者は一人として無かったであろうが、島崎藤村は、地方において維新の下積みとなって働いた人々を描こうと意図して、この大作に取り組んだ。

46. 『古今和歌集』(尾上八郎校訂)

 九〇五(延喜五)年、日本で最初の勅撰歌集『古今和歌集』(二十巻一一一一(1111)首)が成立した。

47. 本居宣長(村岡典嗣校訂)『玉勝間』全二冊

 宣長六十四歳、寛政五年(一七九三)の時から没年に至る九年間に書かれた随筆集である。

48. ガリレオ・ガリレイ(青木靖三訳)『天文対話』全二冊

 ガリレオ・ガリレイには、いろいろの伝説がある。

49. 『三国志(三国演義)』(小川環樹訳、金田純一郎共訳(六以後))全十冊

 『三国志』は『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』とならんで中国の四大奇書といわれている。

50. トルストイ(米川正夫訳)『戦争と平和』全八冊

 いうまでもなくこれは世界文学史上最大の作品。

51. 『古事記』(倉野憲司校注)

 『古事記』は八世紀の初め、今から一三〇〇年近く前に記された我が国最古の書物である。

52. 『ヘロドトス 歴史』(松平千秋訳)全三冊

 ヘロドトスは「歴史の父」といわれている。

53. 『唐詩選』(前野直彬注解)全三冊

 中国の詩といえばすぐ唐詩を思い浮かべるほど唐詩は日本人に親しまれている。

54. ゴーゴリ(平井肇訳)『外套・鼻』

 若いころ司法官を目ざしてペテルブルグへ出たゴーゴリは、夢破れ、下級官吏になったり、女学校の先生になったりして苦労の生活を送った。

55. デカルト(落合太郎訳)『方法序説』

 一六三九年における『方法序説』の出現は、単に哲学史上の画期的な出来事であったばかりでなく、実に近代精神そのものの確立を告げ知らせたものであった。

56. 新井白石(羽仁五郎校訂)『折たく柴の記』

 新井白石の自叙伝である。

57. トク・ベルツ(菅沼竜太郎訳)『ベルツの日記』全四冊

 ベルツはドイツ人の医師、明治九年以来四十年間も日本に滞在した人である。

58. 野間宏『真空地帯』全二冊

 かつての日本軍隊は真空地帯にほかならなかった。

59. 陸奥宗光『蹇蹇録』

 「けんけんろく」と読む。

60. J.S.ミル(塩尻公明、木村健康訳)『自由論』

 ウォータールーにおいてナポレオンが敗退し、一八一五年のウィーン会議において、ヨーロッパの平和は恢復された。

61. モリエール(鈴木力衛訳)『タルチュフ』

 この芝居は別名を「ペテン師」といい、権力にとり入る偽善者を皮肉ったもので、ルイ十四世時代に書かれた。

62. バルザック(水野亮訳)『従兄ポンス』全二冊

 十九世紀フランスが生んだ文豪バルザックは、自作の小説を一括して「人間喜劇」と称したが、『従兄ポンス』は、その中でも特に傑作といわれる。

63. 『新約聖書 福音書』(塚本虎二訳)

 芥川龍之介は、最後の作品のなかで、キリストを万人がそこに自分自身を発見する「万人の鏡」になぞらえ、「わたしは四福音書の中にまざまざとわたしに呼びかけているキリストを感じている」という。

64. マックス・ウェーバー(梶山力、大塚久雄訳)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』全二冊

 ウェーバーはマルクスとならんで、社会科学の入門者の前に、いつも大きく聳(そび)え立っている人である。

65. 『源氏物語』(山岸徳平校注)全六冊

 美貌の皇子・光源氏を主人公とする王朝文学の華『源氏物語』の名を知らぬ日本人はあるまい。

66. フローベール(伊吹武彦訳)『ボヴァリー夫人』全二冊

 エンマ・ボヴァリーは夢のような人生を期待する女性である。

67. ソポクレス(藤沢令夫訳)『オイディプス王』

 ギリシア悲劇は今から約二五〇〇年前に興った。

68. カント(篠田英雄訳)『道徳形而上学原論』

 カントは、本書の前書きで、「この原論の主旨は、道徳の最高原理を探求してこれを確立することにほかならない」と延べ、そしてまず、日常生活に現われた道徳意識の分析から始める。

69. 『徒然草』(西尾実校注)

 あらゆる時代に極めてユニークな随筆集として読みつがれて来た徒然草は、後世のさまざまな文学のジャンルに大きな影響を与えた。

70. 『論語』(金谷治訳注)

 「子曰く、学びて時に習う、また説(よろこ)ばしからずや。有朋(とも)遠方より来る、また楽しからずや。人〔己を〕知らざるも慍(うら)みず、また君子ならずや」──『論語』巻頭の言葉である。

71. モンテーニュ(原二郎訳)『エセー』全六冊

 試す、吟味するというフランス語の動詞エセイエから生まれたこの言葉を書物の題名として用いたのはモンテーニュが最初である。

72. アリストテレス(高田三郎訳)『ニコマコス倫理学』全二冊

 アリストテレスは、その師プラトンとともに、西洋哲学史の源流に位置を占める哲学者である。

73. ゴーリキー(中村白葉訳)『どん底』

 「明けてもくれても牢屋は暗い……逃げはしたいが、えい、やれ! 鎖が切れぬ。」舞台に溢れるこの合唱が、全体のモティーフである。

74. 小林多喜二『蟹工船、一九二八・三・一五』

 北洋漁業に活躍する「蟹工船」。これは日本資本主義の暗い部分、矛盾の煮つめられた「場」の象徴である。一九二八年。これは日本の政治権力が思想の自由を人民から奪いとろうとした──日本共産党への大弾圧──「時」の象徴である。

75. メルヴィル(阿部知二訳)『白鯨』

 一八五一年に発表されたアメリカ文学の代表傑作。海の男エイハブ船長が、その乗組員とともに、太平洋の怪物・白鯨モゥビ・ディクを追って船をめぐらし、ついにこれと凄惨な戦いを展開する。

76. 『マルクス 資本論』(エンゲルス編、向坂逸郎訳)全九冊

 マルクスが娘たちの質問に面白半分に答えたものが残っている。書かれたのは一八六〇年代の初め。それによると、好きな色は「赤」。好きな標語は「すべては疑いうる」となっている。

77. 『歎異抄』(金子大栄校訂)

 親鸞は八歳にして両親を失い九歳にして出家、天台の奥義を学び自力本位の修行に勤めた。

78. ポアンカレ(吉田洋一訳)『科学と方法』

 ポアンカレは、専門の数学、物理学や天文学に第一級の業績を残したフランスの科学者。

79. ドストエーフスキイ(米川正夫訳)『悪霊』全四冊

 一八六九年の秋、農科大学の学生活動家イワノフが、所属組織「人民の制裁」から密告者の烙印をおされ、処刑、惨殺される。『無神論者』あるいは『偉大な罪人の生涯』の構想をあたためていたドストエーフスキイは、このいわゆるネチャーエフ事件に大きく動かされて、『悪霊』にとりかかる。

80. レーニン(宇高基輔訳)『国家と革命』

 一九一七年十月、レーニンの的確なる指導のもとに社会主義国家ソ連が誕生した。『国家と革命』が書かれたのは、そのわずか一、二ヵ月前であった。

81. ホメーロス(呉茂一訳)『イーリアス』全三冊

 世界文学はここに端を発す、といわれる。

82. 『旧約聖書 詩篇』(関根正雄訳)

 “ヤハウェよ。深い淵からわたしはあなたを呼ぶ 主よ、ねがわくはわが声を聞き、あなたの耳をわが歎願の叫びに傾け給え”
 『詩篇』は、古代ユダヤ人の神への訴え、感謝、讃美のうた。

83. カフカ(辻瑆訳)『審判』

 カフカという姓は、チェコ語で「からす」の一種を意味しているという。

84. 毛沢東(松村一人、竹内実訳)『実践論・矛盾論』

 中国共産党が八六〇〇マイルの長征ののち、たどり着いた地は、中国北西部の地、延安であった。

85. 泉鏡花『高野聖・眉かくしの霊』

 「高野聖」が発表されたのは明治三十三年、作者二十八歳の時であった。

86. セルバンテス(永田寛定訳)『ドン・キホーテ』正篇全三冊

 十七世紀が明け初めたヨーロッパの北と南で計らずも生まれ出た二つの名作『ハムレット』と『ドン・キホーテ』は、いずれも人類の文学となって今日並び立つ。

87. 西田幾多郎『善の研究』

 『善の研究』は明治四十四年に出版された。これにより初めて独創的な哲学体系が日本に生まれた、といわれている。

88. 世阿弥(野上豊一郎、西尾実校訂)『風姿花伝(花伝書)』

 能楽の聖典ともいうべき『風姿花伝』(花伝書)七篇は、世阿弥(一三六三-一四四三?)が「盛りの極め」に亡父・観阿弥の教訓を筆録、「廿余年が間、目に触れ、耳に聞き置きしまま、その風を承けて、道のため、家のため、これを作」したかれの最初の能楽論である。

89. 『般若心経・金剛般若経』(中村元、紀野一義訳註)

 仏教の根本思想は「空の理法」を悟ることにあるといわれている。

90. 永井荷風『濹東綺譚』

 満洲事変から二・二六事件、やがて日中戦争へと移行してゆく昭和十二年、木村荘八の插絵を付して『朝日新聞』に連載された作品。

91. プーシキン(池田健太郎訳)『オネーギン』

 一八三七年二月八日、近衛士官ダンテスとの決闘にたおれたプーシキンは、二日後、ついにその三七年の生涯を閉じた。

92. 中江兆民(桑原武夫、島田虔次訳・校注)『三酔人経綸問答』

 大の酒ずき、学識・奇説をもって知られる南海先生のもとに、或る日、洒落た風采の哲学者洋学博士、和風・壮士風の豪傑君という二人の客が訪れた。次第に酔を発した三人は談論風発、大いに天下国家を論じる。

93. 『新古今和歌集』(佐佐木信綱校訂)

 八代集のさいごを飾る『新古今和歌集』(二十巻一九七八首)には、王朝末期のすべての心情が投入されている。政権は遠く東国鎌倉にうつったが、文化の担い手は京都にあるという誇りと、かつての栄光の時代につくられた『古今和歌集』を超えようという意欲とが結晶して一二〇五(元久二)年に成立した。


94. 樋口一葉『にごりえ・たけくらべ』

 「大音寺前のあの店で、すずしい瞳で人を迎え、透きとおるような声で語っていた一葉……」。彼女はその数々の名作の舞台となった東京下町で荒物屋を開いていたことがあった。平田禿木のこの追想の言葉は、僅か二十五歳で世を去った一葉の美しい面影を彷彿とさせるものがあろう。

95. ショーロホフ(横田瑞穂訳)『静かなドン』全八冊

 一九一七年の十月革命、それにつづく国内戦を題材にした文学は、ソヴェトには数多くある。『静かなドン』もその一つ。

96. ダーウィン(島地威雄訳)『ビーグル号航海記』

 軍艦ビーグル号がイギリスを出帆したのは一八三一年のこと、当時二十三歳の若き博物学者ダーウィンは喜びにあふれ、「私の第二の人生がまさにこと時から始まる」と感激のことばを日記に綴った。

97. 『枕草子』(池田亀鑑校訂)

 『枕草子』は平安時代の随筆であるが、摂関政治華やかな宮廷世界の雰囲気を精緻に描写している。とりあげられた世界は殆んどすべて人生の一齣にすぎないが、今日でもなお生き生きと我々の胸に迫ってくる何ものかを秘めている。

98. リルケ(望月市恵訳)『マルテの手記』

 ドイツの詩を新しく切り拓いたリルケ。その特質を最も明快に示した作品である。ここには悲歌の苦悩とソネットの喜び、この二つが綾なしている。

99. ソルジェニーツィン(染谷茂訳)『イワン・デニーソヴィチの一日』

 「一日がすぎた。暗い影のちっともない、さいわいといっていい一日だった。こんな日が彼の刑期の鐘(はじめ)から鐘(おわり)まで三千六百五十三日あった。閏年のお蔭で──三日おまけがついたのだ……」
 ラーゲリでの全生活を、平凡なコルホーズ農民シューホフの一日に托し、芸術作品として昇華させたソルジェニーツィンの第一作、もはや消すことのできない現代のロシア年代記である。

100. 福沢諭吉『文明論之概略』

 歴史は「未開」から「文明」へと直線的に進歩していゆくものであるという考え方、これは十八世紀ヨーロッパに生まれた「文明史」の考え方である。福沢は近代日本の最大の啓蒙家としてこの思想をうけ入れ、日本と西洋の文明の様態を論じた。

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