『BAKU -真夜中の勇者-』scene:01


  『この「世界」と呼ぶ世界。そこに居て、ここに在るという意識。
 それが”1つ”しかないと、” どこ”で、誰が、言い切れるだろうか?』

scene:1 『”セカイ”と”ボク”』

砂まじりの風が僕の背中を軽く押す。そのふわっとした感覚に言葉というよりは呻き…、いや正直に言うならば、「ひぃ…ッ」と悲鳴をあげる。
目の前には砂塵を巻き上げ荒れ狂う風で作られた壁が立ちはだかり、遠くには何かあるようにも見えるが、その境界線すら定まらない。
そして、一歩、いや正確には二、三歩踏み出せばどこまで落下するのか分からない程の崖っぷち。
僕が立つここ辺りまでは比較的穏やかで、この崖から向こうは砂塵を含んだ風が吹き荒れ狂っている。

「ここはどこだ?」って疑問すら呑み込まれる程の、到底、<現実>とは思えぬ光景だ。
とは思えるも、目の前にある圧倒的な<死>の感覚には従順だ。
崖から落ちるという恐怖よりも、身も心もズタズタに引き裂かれて跡形も残さず連れ去られてしまうんじゃないか…と、目の前の風壁に背筋がゾッとする。

縮こまるような低姿勢で足の指に力を入れ、まるで大地に根を張るように踏ん張っている。
ならばそこから離れればいいだけだって話だが、そこはほら、怖いもの見たさってやつじゃん…?

「し、し、し…ぬぅぅぅ」

砂塵を巻き上げ、唸なりながら吹き荒れる暴風に、迫り来る恐怖に生まれたての仔ヤギの如し、僕。
恐怖を感じながらも、僕はその風に触れようと左手を伸ばす。
そして、震える拳で何もない宙を掴み、目の前に在る恐怖に屈した僕は、全身から力が抜けてしまい、腰が抜けたように崩れ落ちた。
ドサッと座り込んだ地面の砂の感触はまるでリアルで、この体中から吹き出る汗の嫌なベタつきもリアルである。

「ははは…は」って…、何故こんな時、人って笑うんだろうか?

 「ひははッ!」

「ぃひィッ!?」と、その…笑い声?とも覚束無い音に、まるで雷にでも打たれたかのように大げさに反応する。…もはや恐怖の虜である。
かろうじて笑い声だと認識出来たその声の主は、背後からでもない、目の前からでもない、と全身と眼球を回転させるが見つからない。

 「よッ!」

その声はさっきより少しばかり近くハッキリと聞き取れた。

空を見上げ仰け反り、踏ん張るように大地へと伸ばした片腕がズルリと滑ると同時に、ガクンとバランスを崩してしまう。
崖っぷちから向こうへと腕が宙へとぶら下がり、空とは真逆に地面を舐めるように倒れてしまった。

「ひぃぃぃやァァァああああ!!!?」

伏せるように寝そべった僕の、崖から少しハミ出した僕の頭。
上空から僕を見下ろしているであろう声の主から見える視界とリンクしているであろう僕の視界ー…。

ジャリッとした砂の嫌な感触が口一杯に広がり、下品にも思わず<弾丸(つば)>を連射する。
放たれた弾丸は音も無く落下していく…はずが、吹き荒れる風にその軌道を曲げられ、僕の右頬辺りを撃ち抜くようにその<湿った弾丸>がネトリと濡らすー…。
吹き上げてくる風が運ぶ砂が顔面を打ち、切り裂かれるようなその風の鋭さに思わず目をギュッと閉じたー…。

ひとしきり騒いだ後、僕は落ち着きを取り戻し(たフリをし)、何かいるであろう方向へと身体と視線を向けた。
「だ…だれーー、か…」…いるの?、って語尾は口がパクパクと空振りし言葉にはならない。 

 「こっちじゃもんよ!」

そこにいる見たこともない生き物の姿に僕は驚き、思わず<後ずさり>してしまった。
背後に迫る風壁に一瞬、ほんの僅かな抵抗を感じたような気がしたものの、「はッ…」と気付いた時にはもうー…。
僕を支えていた両腕は宙へと浮き、このバカ故に空っぽな頭だが、それでも脳味噌のもたらす重さで僕は後ろへと倒れるように半回転しー…。

ーーそして、砂塵吹き荒れる風の作り出す渦が、僕を身も心も全てズタズタに引き裂くような感覚に支配しながら、この<世界>から意識を刈り取っていくー…。 

 

 『ドスン!』

チュンチュン、カァカァ、そしてカーテンの隙間から射し込む暖かさと冷ややかさに引き締まる空気。
枕を強く抱き締め、床に寝そべる僕。鈍い痛みが全身に響き渡る。
うっすらと開けた目でちらりとベッドを視界に入れる。どうやらそびえ立つあのベッドから<落下>したようだ。
(…なるほど、ね…)と、声と呼ぶにはささやかすぎる音量で、こびりついたヨダレの痕跡を拭いながら口をパクパク。
しばらく宙をボーッと見つめた後、目線を落とし、左手の人差し指と中指、あと親指を擦り合わせる。

さっき>のジャリっとした砂の感触が蘇る。
「…リアル…、だった…なー…」

そして落下する直前、僕を掴もうと崖から伸びる腕が見えたような、何か叫んでいる<何か>の姿が見えたような、…そんな気がした。

寝惚けているのか、まだ「夢の世界」の住人なのか。呆けていると、口の端からヨダレが垂れそうになるのを慌てて拭う。
「…ん」と、その拭った袖のひんやりとした冷たさに、ココこそがリアルだと確信。

枕を抱いたまま、僕は立ち上がる。ベッドへと今一度赴く。と言っても、二度寝しようとかそんなんじゃない。
四つん這いの姿勢でベッドへと上陸し、ギシギシと音を立てながら膝で立ち壁に手をつく。
そしてゆっくりと壁に唇を近づける。…これ以上は見ないでもらいたい。誰にでもある思春期の1ページだ。多分、そうだ。いや、きっとそうだ。

3年前まで隣に住んでいた3つ年上のお姉ちゃんが、平面だがそこにいる。
そして、これが毎朝恒例の儀式となってる行為の相手だーー。

僕はその平面の”彼女”へと唇を尖らせ近づける。

「”ロン姉ちゃん”…、おはーー」

 「ひははッ!」

朝の儀式を開始を告げる言葉を遮る不届きな<声>に、まるでビッグバンでも起こすかの如く、心の臓に激しく圧がかかり呼吸が止まる。

時空が凍りつく。僕の儀式は誰にも知られていけないものだーー。
時空が震えている。いや違う、震えてるのはーー。

ゆっくりと壁から唇を離し、ヨダレが糸を引いてるのが分かるがそこはもはや無視するしかなく、ガチガチに震えながら声の主を探そうと身体と眼球を動かす。

「…え?」

僕は固まる。沈黙。ひたすらに沈黙ーー。
誰も…、<何も>…、ココには居ないーー。
ヨダレがポカンと開き放しの口の端から顎を伝い落ちる。

身体のどこかにその雫が落ちたのか、その冷たさに我を取り戻す。
「…気のせい…だよ…な?」
ヨダレを拭いながら自分に言い聞かせるように呟いた。 

 「よッ!」

僕は大きく目を見開いた。そして眼球をフル回転させこの部屋に広がる空間を凝視する。
見渡す限りには何も変わりない光景に思わずベッドから跳び下り、バッと、ベッドの下を覗くように地に伏せる。

 「こっちじゃもんよ!」

その<声>に思い切り身体を捻り、勢い良く天井の方を見上げる。
「…だッ、誰れれ!?」
思わず舌を噛んでしまった僕の声は、目覚めたばかりの冷えたこの部屋に空しく響き渡る。
相変わらずの沈黙が支配する空間に、全身から滴る汗の流れ落ちる音さえ聞こえてきそうだ。
ゴキュ…と唾を飲み込むと、まるでその音が記憶の扉を開ける合言葉だったかのように、<落下>する直前の光景が脳内に映しだされる。

砂まじりの世界>で見たその<何か>の姿を、まるで風壁がモザイクを施すように邪魔をするが、朧げだが確かにそこに何かがいた事をリアルに感じて、背中にゾワッとしたものが走り回るーー。

そして、その<何か>が発したであろう声が、鳴り止まないビープ音のように纏わり付いて、脳内ループして離れない。

まるで、<呪い>のようにー…。

僕はカーテンの隙間から射し込む陽射しに目を細め、手を翳して遮ぎる。

「…な、なんて…目覚めの悪い朝だー…」

そう呟いて、僕はその呪いを吹き消すように、溜息を吐いたー…。

<scene:02へと続く>  →https://note.mu/kagelo67/n/nf2804578882f

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?