見出し画像

新しい恋

 20代なかばのカップルが夜半過ぎ、タクシーに乗り込んで来た。走り出してしばらくすると二人は、遅めの晩御飯の相談を始めた。
「ねえ、何にしようか」
 と、女が男に話しかける。男は、少し疲れた様子で、気のない返事を繰り返す。
「うん。そうだな……」
 二人の会話は、いつしか関西弁になっていた。
「オリンピックで、ええやろ」
「うん…」
 男は、相変わらず気のない返事。それに比べ女は、元気がありあまっている様子。
「この間の話しなあ……。どないしたらええ?」
「そうやなあ、うん」
 男は、結構、いい男なのだが。女の前では、どちらかとうと無気力とか、疲れている風を気取っている。ありがちな男の態度。どんなきっかけからだったかは、はっきりしないが、女はタクシードライバーに語りかけていた。しばらくしてタクシードライバーが、彼女に聞いた。
「関西の方ですか」
「そう、大阪。最近、東京に出てきてん」
「東京は、どうですか」
「なんか、みんな忙しそうで、急いでいて。疲れるわ」
「ええ? 大阪だって、東京と大して変わらないでしょう」
「そんなことない。東京よりも、もっと、のんびりしてるわ」
「そうですか。大阪の人でも、東京はあくせくしている感じですか」
「ねえ、四国は○×△、どう?」
 と、女が男に声をかけた。男は四国の出身らしい。声をかけられた男は、
「……」
 答えをうやむやにしたまま、静かになった。女がまた、ドライバーに声をかけた。
「うちら、まだ知り合って2ヶ月」
「いいですね、若いって。沢山恋愛をして、沢山経験を積んで。沢山、男を知って……」
 タクシー・ドライバーは、これといった意味もなく、よくありがちな答えを返した。
 しかし、女は、“我が意を得たり”とばかりに、
「そうですよね。私、沢山恋愛しなくちゃ」
 といって、女は男の方を見た。そして、
「沢山、恋愛して、いい?」 
 と、いたずらっぽい視線を、男へ向けた。
「……」
 男は、返事に詰まった。女は、そんな男の態度に対して得意気に、
「大丈夫!」
 と、いったんは男の機嫌を取っていたが、バックミラー越しにドライバーへ送った視線の瞳は、茶目っ気たっぷりに含み笑いを返していた。 
 程なくして車はスーパーの前に着いた。車から降りた女の左手は男の手をつかみ、右手はスーパーの買い物カゴをつかんだ。

創作活動が円滑になるように、取材費をサポートしていただければ、幸いです。