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愛とは奪うもの

《トキアンナイト 第14話》

 夕方近く、21歳ぐらいの彼女は、ルーズなワンピース姿でタクシーに向かって手を上げた。タクシー・ドライバーは、着崩れた彼女の膝元の卑猥な雰囲気に、目が留まった。行き先をタクシー・ドライバーに告げるなり彼女は、携帯で女友人と話し始めた。
「そう、財布ごと全部パクられちゃって! もう、カードとか全部止めたけど」
 彼女はタクシーの後部座席で太もももあらわに、携帯の向こうの友人に向かって彼女の現状を訴え続けている。
「今日は一銭もないから、彼氏のヘソクリの7万円を持って来ちゃって。そう、黙って。あとで、こっぴどく怒られるかもしれないけど」
“大変な、女だな” 
 と、タクシー・ドライバーは思った。彼女の訴えは続く。
「彼のヘソクリ、どこにあったと思う? 私の整理ダンスを整理してたら、私の下着の入っている、その奥に隠してあったの」
 程なくして、タクシーは目的地に到着した。
 料金を告げられた彼女は、彼氏の袋からお金を取り出した。
「すみません、大きいのしかないものですから」
 そういって、タクシー・ドライバーに、一万円札を差し出す。タクシー・ドライバーも事情をわかっている。
「事情は、聞くとはなしに聞こえてきましたら。それにしても、立派な財布ですね」
「給料」と書かれた彼氏のものと思われる茶封筒から、彼女はお金を取り出していた。
「やだー! 立派な財布だなんて」
「それにしても、彼女の下着の入っているところに隠すなんてね」
「そうですよね」
 そういうと彼女は元気にタクシーから降りて行った。
 次に乗ってきた男性客が、たまたま脱税の話から、ヘソクリの隠し場所の話になった。タクシー・ドライバーは、先の女性客の話をした。
「若い女房の下着に紛れ込ませて、男のヘソクリを隠すなんていうのは、昔からあった手ですね。時代は変わっても、人間の考えることは変わらないんですね」
 男性客の手荷物に、本屋の名前の入ったビニール袋があった。チラリと見えたその本のタイトルには「模範六法」と書かれていた。
“こっちは、隠し方も本格的なのかな……”
 と、タクシー・ドライバーは、ふと思った。

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