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かっこのなかの世界

今年の冬の話。

職場にアンケート冊子が配られた。

アンケートのタイトルは「障がい者が働くことについて」。差出人は地元の医療系専門学校の学生さんだった。卒業論文を書くため調査したいという。

私の職場は、社会福祉法人が運営している就労継続支援事業A型の印刷部門だ。障がい者と健常者が、共にはたらいている。割合は6:4くらいか。

似たようなアンケート依頼は、これまでも何度かきた。ある程度の人数の障がい者が勤務している職場は、私の地元にはまだ多くないからだろう。設問もだいたいおなじような内容だった。

提出は任意だったし、仕事も混んでいたので、今回はパスしようか。迷いつつ用紙をひらいた。

設問1 あなたの性別をお答えください。
1.男性 2.女性 3.その他(                          )


( )内のスペースは、ここにおさまらないくらいに長くとられていた。

私はすぐ仕事の原稿類をかたづけ、データを保存したあと、アンケートを書きはじめた。今まででもっとも真剣に。今までの学生さんに悪いと思いつつ。

書きおわり、読みなおしてから、用紙を封筒におさめた。もう一度差出人である学生さんの名をたしかめた。女性だった。名前自体は。

でも名前、性別、外見、からだ、こころのつながりが宇宙の真実よりずっと複雑で、苦しく、切なく、悲しく、いとおしいものであることを、私たちはとうに知っている。

かっこのなかのスペースがいくらあってもたりないくらいに、そのなかに書かれる世界の果てはみえない。みえるはずなど、ない。

それでも、私たちはみるのだ。

少なくとも私はみる。いつまででも。

私は封筒にしっかり封をし、上司に提出した。

「はやいね」目をまるくした上司に、私ははあ、とあいまいな返事をして、席にもどった。

いただいたサポートは今後の創作、生活の糧として、大事に大切に使わせていただきます。よろしくお願いできれば、本当に幸いです。