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ひとの視界

職場の同僚が最近、妻と別れたという。

正式にまだ離婚してはいないのだけど、すでに別居し、今は仕事をこなしながら、彼ひとりで四人の子どもたちの面倒をすべてみているらしい。

理由は、妻が彼とは別の男性を好きになったから。

まずなにをさしおいても、子どもたちはどうするんだ、とたずねると、あなたに全員まかせたから、との返事だった。

「ぜったい許せない」

その話をきいた日の夕食時、私のパートナーはひさしぶりに強く顔をしかめていた。「別れるのはしかたないにしろ、子どもを放り出していくなんて。一番下の子なんて、まだ幼稚園でしょ?」

パートナーの親戚にもおなじように、子どもを父親に「押しつけ」再婚したひとがいる。その話をきいてからは年賀状を出すのもやめたようだ。

味もろくにしないだろう野菜炒めを噛み締めるパートナーに、なにも返事はできなかった。私も同僚の妻に対していい印象はさすがにもてないから、あいまいな相づちだけはかえしたけど、ふたりにはふたりにしかわからない事情があるのだろう。


ひとの視界なんて、案外せまい。


四人の子どものうち、一番上である中学生の長男は同僚の子どもではない。妻は前夫との子どもを連れて同僚と再婚したのだ。だから彼とは唯一血がつながっていない。

同僚はこの話になった時、もう分別のつく長男にだけは言ったらしい。どちらについていくかは、おまえの好きにしていいから、と。

長男の答えは、こうだった。

「お義父さんのそばにいる」

そうだから、というわけでもないだろうが、四人の子どもはすべて母親の方にはいかなかった。彼のもとから離れなかった。もちろん、これからどうなるかはわからない。

「さびしいっすね、やっぱり、って、いってました」

後日、別の同僚から、飲み会の席で彼がそうつぶやいていたと聞いた。ちなみにその別の同僚も離婚を経験している。

同僚は今日も普段通り仕事をこなしていた。帰ったらすぐ子どもたちに食事を作り、風呂にいれ、布団に寝かせるのだろう。そのあと、ようやく一息つき、ひとりビールでも飲むのだろうか。

私と彼を含めた何人かとは、一時期よく麻雀に興じた。うちでもやったことがある。席をゆずっていた時、隣でみていたらリューイーソーになりかけ、ふたりでひそかにどきどきしていたが、結局他の奴があっさりリーチであがり、がっかりしたものだった。

また、みんなで麻雀をやろうか。彼の背中をみながら、そんなことを思った。


「ぜったい許せない」


「さびしいっすね、やっぱり」


ひとの視界なんて、案外せまい。





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