哀しい2つの理由と発見1つ

自信をなくすような出来事が続いているこの頃(そもそも自信が有るのか無いのかはさておき)。昨日はこんなことをつぶやきました。

大学院に行くような看護師はプライドが高くてやなヤツばっか…と思っている他職種もいるのだなぁと知った今日。看護師が大学院に行っても臨床で役に立たないとも。哀しいけど、そう思われるケースがあることを受け止めるしかないな。。。

今日は朝からずっと講義を聞くような感じだったので、いろいろと考えてしまいました。

上記のように言われて、私が哀しくなってしまった理由は大きく2つ。1つめは、私が大学院に進学して、今までどんなことを考えてやってきたのか等、その背景を何も知らないであろう人から言われたということです。プライドが高いのも否定しないし、嫌なヤツかもしれないけれど…。

発言した方とは一緒に仕事をした経験がなく、他職種なので私がどんなことをしているのか想像もつかないのかもしれません。知ったところで意味を見出してもらえないかもしれないけれど、でも、多少なりとも私が大切に思っていることをばっさりと切り捨てられるように言われたのは、ダメージが大きかったのです。

さらに深く考えると、私はきっと、この人にわかってほしい、理解してほしいという気持ちが強かったんですよね。だから、そう期待していたぶん、なおさらこの言葉に傷ついたんだろうと思います。

2つめは、看護職全体を否定されたように感じたことです。プライドとか、自己満足のために進学している人もいるかもしれないけれど(そもそも、大体のことは自己満足な気もするけれど、またちょっと次元の違う話になるのでおいといて)、きっと多くの看護職はそうじゃないはずです。

同期の看護師長さんにちらっとこの話をしたら、「プライドだけで来てたら、もうとっくに辞めてるわ~。ゼミのたびに散々怒られているし。私が大学院に来たのは、患者さんがハッピーになるためだよ~。こんなこと、その人に言ったらバカにされるかな。笑」と笑っておられました。

まじめに受け止めた私がめんどくさい人間なのかもしれないけど、やっぱり悔しかったんですよね。看護職という、職業をバカにしたように言われたのは。

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でも、ひとつ、ステキな発見がありました。2つめのような理由で悔しさを感じたということは、私、看護師になってきているのかもしれない、と思ったからです(免許などの話ではなく、アイデンティティの意味で)。
以前の私は「うん、まあそういう人もいるよね~」と、看護職を貶されることに腹立たしさを覚えることはほとんどなかったですから。

昨年の11月、A先生から言われた「かやちゃんは、どうしてそんなにナースである自分を認めてあげられないの?」「あなただけが、あなたのことを認めていないんだよ」という言葉は、今もずっと私の心の真ん中にあって。だからこそ、少しでもそこに触れてくるようなことがあると、敏感に反応してしまうのかもしれません。

私の中で核となる信念というか、強い気持ちがあれば、前述の師長さんのように笑い飛ばせるようになるのかなぁ。でも、やっぱり、わかってもらいたいなとも思うし…。

なかなか難しいけど、こうやって書くことで気持ちの整理ができました。長々と読んでくださった方、どうもありがとう(*^^*)

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いつもありがとうございます(*^-^*)
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樋口佳耶

エッセイ集

2018.3.24に作成しました。これまでのエッセイも少しずつこちらに追加していこうと思います。
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