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【振り返りレビュー】ミュージカル『ファントム』

2月末以降、政府の自粛要請により軒並み公演が中止に追い込まれている演劇界。制作スタッフやキャストの心情を想うと、いろいろとやり切れない気持ちでいっぱいだ。
そして、「劇場に足を運べない」ということが、こんなにも辛いことなのか…と日々実感している。
当初予定していたゲネプロ取材や観劇も飛んでしまった。
公演の記録を残したくても、残せない。
このぽっかり空いた時間(と心)、自分なりに“演劇”に対してできることはなんだろう?と考えて、
「そうだ、過去に書き残せなかった公演のレビューを今、振り返って書いてみよう」と思った。
観劇直後の新鮮な感触は削られているかもしれない。でも、今だからこそ、「演劇の記録を残す」ことに心を傾けてみたい。

■城田優が名作を鮮やかに塗り替えた『ファントム』


加藤和樹と城田優がW主演を務め、城田が演出も手掛けることで話題になったミュージカル『ファントム』。
2019年は宝塚歌劇団の雪組でも同作が上演され、奇しくも同じ年に異なる座組の『ファントム』を観劇することとなった。

ここでは、初日組のキャスト【ファントム(エリック):加藤和樹、クリスティーヌ・ダーエ:愛希れいか、フィリップ・シャンドン伯爵:廣瀬友祐】で行われた公演について述べていく。

 本作の最大の魅力といえば、何といっても作曲家モーリー・イェストンの、音楽の豊かさを存分に味わえる、甘美で強靭な楽曲たちだろう。
音楽を愛し、また音楽の神に愛されたエリック(ファントム)とクリスティーヌの出会い、そしてエリックと父親の“親子の葛藤と愛”を軸に、美しいメロディが物語をドラマティックに誘っていく。

パリ・オペラ座の地下深く、醜い顔を仮面で隠して闇の中に生きる青年・ファントム(エリック)を演じるのは、加藤和樹。

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加藤和樹は悲劇がよく似合う。
まず劇中で「死なない」ほうが珍しい。“悲劇俳優”と言っても過言ではないくらいだ。今回もその例にもれない役ではあるのだが、“陰”な役の中に、これまでになく様々な感情が発露する人物造形になっていたのが印象的だ。
歓びと戸惑い、嫉妬、怒り、絶望…。そのどれもが純粋すぎるが故の狂気と表裏一体になっており、彼の心の振幅と共に観る者の心も揺さぶられる。『ファントム』はベースとなる『オペラ座の怪人』よりも、エリックという一人の青年の人物像にフォーカスされた作品。エリックがどのような環境で育ち、現在の「彼」になっていったのかが丁寧に描かれる分、「得体の知れない怪人」像からは遠ざかる。エリックの持つ“歪さ”は決して対岸のものではなく、観る者自身が顧みる鑑のようでもあると感じさせられた。

オペラ歌手を目指す少女、クリスティーヌ・ダーエを演じる愛希れいかは、登場と共に周りをあたたかく照らす太陽のような輝きで周囲を魅了。初々しくフレッシュな少女像から慈愛に満ちた母性まで、一人の女性を幅広い表現力で魅せる。くるくると変わる表情には、つい目が追いかけてしまう。

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オペラ座の有力なパトロンであるフィリップ・シャンドン伯爵(廣瀬友祐)に歌声を見初められ、彼の紹介で憧れのオペラ座に訪れたクリスティーヌを待ち構えていたのは、新支配人のショレ(エハラマサヒロ)とその妻、カルロッタ(エリアンナ)。わかりやすいヒール像とコミカルな芝居で観客を笑いに包み込むこの夫妻は、劇中でもいいスパイス的な存在になっている。

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とくにプリマドンナでもあるカルロッタを演じるエリアンナの見事な歌唱と、どのシーンを撮ってもバチっと決まるフォトジェニックな姿態は本作の見どころでもある。様々なミュージカル作品に出演し、パワフルな歌声で魅了してきた彼女にぴったりの役どころだ。

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ある日、衣装係としてオペラ座で働くクリスティーヌの歌声を偶然耳にしたエリックは、彼女の歌声に亡き母の面影を見出し、彼女を一流の歌手への導くため、秘密のレッスンを行うようになる。ファントムは仮面を着けたまま、夜な夜な歌のレッスンを施し、やがてクリスティーヌは歌の才能を開花させていく――。

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ビストロで行われるコンテストに出場し、その美声を披露すると、周囲の称賛を得たクリスティーヌは、歌手として改めてオペラ座へ迎い入れられることになる。
コンテストを終え、フィリップがクリスティーヌに告白し、二人が心を通わせて踊る場面は作中でもとびきりロマンティックなシーンだ。ミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』を彷彿とさせるような演出も心憎い。愛希の弾けるような笑顔は、観ているこちら側にも恋のときめきと高揚感が伝染し、幸せな気分にさせてくれる。

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エリックの恋敵・フィリップを演じる廣瀬は、エリックが到底太刀打ちできないほどの大人の魅力に溢れた、色気のある紳士を好演。軽やかなステップやスマートな所作は手練れ感と余裕に満ちている。

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今回、劇中のナンバーを三重唱にアレンジするなど、エリック・クリスティーヌ・フィリップの三人の関係性がよりくっきり感じられるように演出されているところも注目したい。

カルロッタの陰謀でクリスティーヌのデビュー公演が散々なものになり、エリックの復讐が始まると、物語は一気に悲劇的な展開を迎える。

オペラ座の前支配人であるキャリエール(岡田浩暉)が、クリスティーヌにエリックの出生の秘密を打ち明ける場面は鮮烈な印象を残す。今回、ダンサーだったエリックの亡き母を、クリスティーヌ役の俳優が兼任しているのだが、宝塚時代でもダンスの名手だった愛希のキレのいい踊りが必見のシーンとなっている。この兼役は、俳優の持ち味やスキルを最大限に活かした演出家の功績のひとつだろう。

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物語のクライマックス、キャリエールとエリックが「父親と息子」として初めてちゃんと向き合い、互いの想いを伝えるシーンは、涙なしでは観ることができない名場面だ。エリックが自身の人生に意味を見入だすことができたとき、客席全体がカタルシスに包まれていくようだった。

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最後に、改めて演出面にも触れておきたい。
全編を通して、作品への(またミュージカルへの)愛情、そして「観に来たお客様を絶対にたのしませる」という気概を感じる演出が、舞台を愛する者として何よりもうれしく感じた。
城田自身がこれまで俳優として出演してきた作品から受けた影響も随所に見受けられ、演じる側でもあるからこその感性が発揮された舞台だった。
“演出過多”と感じる部分もあったが、この先演出家として経験を積んでいくなかで、きっといい意味で余分なものが削ぎ落とされていくことだろう。
今後の演出家・城田優の活動にも期待したい。

〔 撮影・文:古内かほ 〕

【公演概要】
ミュージカル『ファントム』
<東京>
2019年11月9日〜12月1日 TBS赤坂ACTシアター
<大阪>
2019年12月7日〜12月16日 梅田芸術劇場 メインホール
原作:ガストン・ルルー
脚本:アーサー・コピット
作詞・作曲:モーリー・イェストン
演出:城田 優
出演:加藤和樹/城田 優(W キャスト)、愛希れいか/木下晴香(W キャスト)、 廣瀬友祐/木村達成(W キャスト)、エリアンナ、エハラマサヒロ、佐藤 玲、神尾 佑、岡田浩暉  他

企画・制作:梅田芸術劇場
公式サイトhttps://www.umegei.com/phantom2019/

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