見出し画像

花殺しについて

前提として私は花が大好きだ。
あの独特な女の嫌な部分をあらわしたような匂いも、精一杯生きてるぞ!という様子も、目に見える速さで生ききって終わるところまでも。
ずっと咲いていてほしいと思うのだけど、切り花だとなかなかそうもいかない。寿命がのびるあの薬をいれても長くて3週間くらいか。切られちゃってるんだもん、仕方ないよねと思いつつ、水を変えたり茎を切ったり「可愛いねえ」と声をかけたりしている。
それに比べて鉢植えの植物は土も根っこもあるので比較的長くそばにいてくれるし、終わりに向かっていく感じじゃなくてこれから進んでいくポジティブさが嬉しいと何年か前まで思っていた。

初めて一人暮らしを始めたとき、好きな花に囲まれて生活したら幸福度が爆上がると思ったのでベランダに鉢植えの植物を置いた。
モッコウバラ、ハゴロモジャスミン、月下美人。
とにかく大きいものがよかった。
多分私はさみしかったのだ。
ただでさえ狭いベランダはもうフルフルで、洗濯物を干すのも一苦労だった。でも植物で満たされてる感じが良かった。

お気に入りは月下美人で、普段はあまり可愛いと言えないサボテンなんだけどうまくいけば夏から秋にかけて一回ほど白い花が咲く。しかも夕方から咲き始めて次の日の朝にはしぼんでしまう。

幻じゃん!絶対咲かせたい!

そう思って購入した。
ネットや本で得た知識を最大限に使って月下美人を育てたところ、すくすく育って花の蕾ができた。
夏の夜、ひとりベランダにてかなりの達成感。
これだと明日咲く。わくわくした。

しかし私は明後日から長期ロケがあって花が咲くのは見届けられてもその後のお世話がしばらくできない、水をあまりあげなくていい植物とはいえ戻ってきて枯れてたり病気になってたりしたら心が耐えられない。1週間くらい放っておいても大丈夫なのかしら、むむ。

かなり悩んだけど当時の恋人を頼ることにした。

水は土が乾いたらたっぷりあげるの、そう、であげすぎると根腐れするからあんまりあげすぎると良くないの。夏の直射日光は葉っぱが痛むから室内が嬉しい、ごめんお願いします明日持ってくね。

次の日、夕方頃ロケの準備をしながらベランダの方を見ると花が開いていた。おわ〜!
心の準備をしていたもののかなりワタワタした。
だって一年に一度なんだもの、すごいことじゃない!
急いで写真を撮り、強い独特な香りを楽しんだ。
いい香りなんだけどずっと嗅いでると具合悪くなってしまいそうな感じ。ユリレベル。
急いで荷物をまとめて家を出る。
旅行鞄と大きな月下美人の鉢を抱いて歩くと小学生の夏休み前みたいだなーと思った。
そう思って気を紛らわそうとしたけどめちゃくちゃ重かったので諦めてタクシーをとめた。

すみませーんと言いながら旅行鞄を足元に、月下美人を膝に置く。閉め切った車内に月下美人の強い匂いが充満して、なんだか申し訳ない気持ちになる。

タクシーの運転手さんが月下美人に反応してくれた。「初めて咲いてるのを見た」と喜んでくれて嬉しかった。匂いが強すぎるので飲食店の贈り物には向いてないことを教えてくれた。へー、確かに。

彼は花に興味がある人ではなかったけど、珍しい植物だということで月下美人を喜んで迎えてくれた。
長期ロケが無事終わった後も月下美人は彼の家にあった。持ち帰るのが億劫なのと、彼の家に行く頻度を考えるとまあいっかとなってしまって。

彼とは次の年の春に突然別れた。
出かけ先で別れて、そこから会っていない。
服とか歯ブラシとかそういう荷物が送られてきたけど月下美人は返ってこなかった。
気になって取りに行くよと連絡を入れたもののいつまでも既読がつかず、月下美人がどうなっているのかあの春から分からない。
自分のことを花殺しだと思った。
それから私は鉢植えの花を買っていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?